第95話 「境界戦
守る戦いは、
攻める戦いより難しい。
なぜなら、
失うものがあるからだ。
《オルビタ》観測ドームの照明が、静かに赤色へ変わった。
警報は鳴っていない。
だが、誰もが分かっていた。
本接触が始まった。
モニターの外縁宙域に、三つの歪みが現れる。
点ではない。
細い裂け目のような線。
それがゆっくりと広がり始めている。
「……来た。」
チサが、低く言った。
管制席から報告が飛ぶ。
「……位相歪曲……三地点同時発生。」
「……拡張速度……上昇中。」
ヒナタは、境界モニターの前に立つ。
胸の奥の“鍵”が、静かに震えていた。
「……押してきてる。」
ヒナタが呟く。
レイは、目を閉じていた。
位相の流れを、身体で感じている。
「……三つじゃない。」
レイが、静かに言う。
チサが、振り向く。
「……何?」
レイは、モニターを指す。
「……面です。」
三つの裂け目の間に、薄い膜のような歪みが広がっている。
それは点の侵入ではない。
空間そのものを押し広げる圧力だった。
管制の声が、緊張を帯びる。
「……境界密度……低下。」
「……このままでは……突破されます。」
ヒナタは、一歩前へ出る。
「……まだ。」
チサが、腕を組む。
「……押し返すんだろ。」
ヒナタは、頷いた。
「……境界は……壊されるものじゃない。」
「……押されると……広がるだけ。」
レイが、すぐに理解する。
「……だから……押し返す。」
ヒナタは、モニターに手を当てる。
それは装置ではない。
ただのガラスだ。
だが、鍵が鳴る。
「……ここは……通さない。」
歪みが、一瞬止まる。
管制席がざわめく。
「……拡張速度……減少!」
チサが、すぐに叫ぶ。
「……今だ!」
輸送艇が、外縁宙域へ突入する。
小型推進機が唸り、三つの裂け目の中央へ向かう。
外は、静かな宇宙だ。
だが空間は、確かに押し広げられている。
「……重い。」
チサが呟く。
重力ではない。
空間密度そのものが増している。
レイが、ゆっくり目を開く。
「……ここ。」
ヒナタが、操縦席へ身を乗り出す。
「……中心?」
レイは、頷く。
「……面の支点。」
チサが、笑う。
「……そこ叩けば……止まるか。」
輸送艇が、歪みの中心へ突入する。
その瞬間、宇宙が揺れた。
モニターが、一斉に白く染まる。
第三勢力の“意味”が、直接流れ込む。
《……抵抗……確認……》
《……境界防衛……確認……》
ヒナタは、叫ぶ。
「……押し返す!」
鍵が、強く鳴る。
歪みが、明確に縮む。
三つの裂け目が、ゆっくり閉じ始める。
管制が、叫ぶ。
「……境界密度……回復!」
チサが、操縦桿を押し込む。
「……もう一押しだ!」
レイが、静かに言う。
「……来ます。」
次の瞬間、歪みの奥から巨大な影が現れた。
これまでの接触とは違う。
形を持った存在。
ヒナタが、息を呑む。
「……あれが……」
レイが、低く言う。
「……第三勢力の……本体です。」
宇宙が、再び大きく歪む。
境界戦は、
まだ終わっていなかった。
本接触は、三点侵入という形で始まった。
だがその正体は、境界そのものを押し広げる“面の侵攻”。
ヒナタたちは中心点を見抜き、押し返すことで侵入を止め始める。
境界防衛は成功しつつあった。
しかしその瞬間、歪みの奥から新しい存在が現れる。
それはこれまでの接触とは違う、明確な形を持ったもの。
第三勢力の本体。
境界戦は、ここから本当の戦闘へ変わる。




