71. 暴走の制御装置と、再戦への道標
「では、フォルナ公爵は、イグニス・コアに向かって右側の上腕の穴を狙ってください。私は左側を担当します」
「わかりました。貴方の指示に従います。合図をお願いします」
フォルナ公爵からの返答を受け取ると、マレット伯爵は一度、深く目を閉じ、張り詰めた緊張を吐き出すように深呼吸をした。そして、鋭く目を見開いて、両手を前に突き出す。
「では、いきましょう!」
マレット伯爵の力強い合図とともに、フォルナ公爵とマレット伯爵の熟練した火魔法が同時に炸裂した。イグニス・コアの左右の上腕に空いている穴に、一瞬で火が灯る。
最初は煤けるように赤く燃えていた炎が、やがて淀みなく温度を上げ、確実な熱量を示す橙色に変わっていく。二人の制御の息が合い、両方の炎が黄色に近づいたまさにその時、イグニス・コアの前面が、鈍い轟音とともに重苦しい金属音を立てて押し開いた。
露出したイグニス・コアの内部は、マレット伯爵の予想通り、冷却され赤黒く凝固したマグマでびっしりと詰まっていた。
「フォルナ公爵! ハッチが開きました! 内部のマグマを焼き溶かしてください!」
「はいっ! わかりました!」
二人の呼吸は完璧に合い、火魔法の目標が、イグニス・コアの開口部に集中した。
分厚く赤黒い凝固したマグマが、二人の強力な火魔法によって容赦なく焼き付けられる。表面からじわりと熱を帯びたマグマは、溶かされながらゆっくりと真っ赤になっていった。
焼き溶けた溶岩の中から、ついに、丸く金属的な光沢を放つものが姿を現した。表面には複雑な魔術回路が刻まれた、まさに制御装置の心臓と呼ぶべきものだった。
「核が見えましたっ!」
マレット伯爵が歓喜の声を上げた、その瞬間だった。いち早く、イグニス・コアの異変に気づいたのは、キウイだった。
「……っ、強い魔力反応を感知しましたっ! 皆様、必ずこの場に留まって、決して動かないで! 私の指示に従って……どうか私を信じてください!」
キウイは両腕を広げて皆を庇うように一歩前に出ると、状況を掌握しようとするかのように、緊迫した声を張り上げた。その直後、イグニス・コアの巨大な頭部が突然、警戒の赤色に光った。場を切り裂くような重苦しい警告音が鳴り響くと同時に、イグニス・コアの頭部が、ぎちぎちと音を立てて押し開く。その中から、禍々しいいくつもの砲口のような物がぬるりと姿を現した。その明らかな攻撃反応に、私は不安と恐怖から、握ったままのルリの手を力強く握りしめた。
「……結界魔法展開っ! 攻撃が来ますっ……どうかご安心を、この私が必ずお守りしますからっ!」
砲口から灼熱の輝きを放つ何かが、凄まじい勢いで発射された。それよりも早く、目の前にキウイの結界魔法が、絶対的な光の壁のように展開される。結界は、直撃したその真っ赤な弾を完全に手前で食い止め、光の粒子に変えて消失させた。その絶対的な防御に、私はキウイがいてくれることの頼もしさを痛切に感じた。
「ぐぅ……っ、これは、マグマの弾……ですね……っ」
キウイが奥歯を噛み締め、苦しそうな声を出しながら、結界魔法に力を込める。結界の光の壁が、着弾のたびに激しく明滅し、悲鳴のような軋みを上げる。その間にも、イグニス・コアの砲口は、休む間もなく、まるで意思を持っているかのように、マグマ弾を猛然とこちらに撃ち込んできた。
「ああ……っ、ハッチが!」
マレット伯爵が焦燥に満ちた声で叫ぶ。見ると、二人の職人の連携によって開かれたはずのメンテナンスハッチが、無情にもゆっくりと閉まってゆくところだった。
ハッチが閉じきると同時に、けたたましく鳴り響いていた警告音が鳴り止み、頭部から出ていた砲口もゆっくりと格納されていった。残されたのは、元通り予備燃料のマグマを絶えず放出し続けるイグニス・コアと、重苦しい熱気に包まれた沈黙だけだった。
「……もう、攻撃は来ないようですね」
守護の役目を終えたキウイが、静かに結界魔法を解除しながら沈黙を打ち破った。
「状況を分析するに、おそらく、剥き出しになった核に火魔法を当てたことで……イグニス・コアへの悪意ある攻撃と認識され、迎撃モードが発動したのだと思われます。そして、自己防衛のため、核を守るメンテナンスハッチが自動で閉じてしまったのですね。……マレット伯爵様、念の為、もう一度設計書を見せてください」
キウイは改めて設計書を隅々まで眺め、やがて静かに首を横に振る。
「……やはり駄目ですね。迎撃モードのみを無効化する方法があればと思ったのですが、術式の基礎に深く組み込まれてしまっているため、それを停止することは、イグニス・コアの全機能の停止と同義です」
キウイはその重い事実を、あくまで冷静に淡々と説明した。
「イグニス・コアは、当時の複数の職人が、それぞれの適性を活かして術式を構築したようです。一度停止させたら、再起動させるには、当時の職人たちと同様以上の適性と、高度な機械設計の知識がある者たちを集める必要があります。それまで、この国のマグマは完全に制御を失ってしまうため……現状では、あまり現実的な手段ではありませんね」
キウイは結論を述べ終えると、設計書を閉じ、マレット伯爵に返した。そうして深く息を吐くと、顎に手を当て、次の可能性を探るように説明を続ける。
「そして、迎撃モードのマグマ弾……この国のマグマは純粋な魔力の塊なので、私の結界魔法と、わずかに……ほんの少しだけ、相性が悪いです。もちろん、この私なら防げないことはないのですが、持続的な戦闘となると、より効率的な迎撃手段があれば助かるところです……ふむ」
キウイは「わずかに相性が悪い」と言ったが、直前まで結界でマグマ弾から私たちを守ってくれていたキウイの、あの苦しそうな表情を思い出すと、その「わずかに」という言葉には大きな違和感を覚えた。実際の相性の悪さは相当なものだろうと、私は感じた。
キウイはしばらくの間、深く考えを巡らせるように、顎に手を当てたまま目を閉じた。場に重い静寂が流れる。その沈黙を破って、キウイが何かを閃いたように、鋭く目を見開いた。
「ルリ様、『的あて』ですっ。あれがこの状況に最も適合します。今こそ私たちの、結婚式の余興の練習の成果を披露する時です」
「むむ……? ……ああ、あれね! 水をとばすやつ! たしかに、あれならつかえそうだね!」
ルリとキウイだけが即座に状況を理解し、納得のいった様子で顔を見合わせた。ルリは無邪気な期待に目を輝かせ、キウイの瞳には鋭いひらめきの光が宿っていた。その熱狂に、私たちは完全に会話から置いていかれていた。
「結婚式の余興って、水槽結界のことよね?」
結婚式でキウイとルリが披露したのは、大ホールにキウイが構築した結界の中をルリの水魔法で満たした、壮大な水槽結界のパフォーマンスだ。少なくとも、私が見たその余興に「的あて」の要素はなかった筈だ。
私が二人の話についていけず疑問をぶつけると、キウイがわずかに口角をあげ、得意げな顔で応えた。
「ええ、仰る通り、最終的に採用したのは水槽結界でした。しかし、それはルリ様と私が検討し、幾度もの高度な検証を重ねた結果、数ある中から選ばれた一つの最適解に過ぎません。私とルリ様は、余興の内容を考える中で、多岐にわたる連携を模索したのですよ。『的あて』も、その中の一つです」
キウイはそこまで言うと、マレット伯爵の方を向いて、確認の言葉を発した。
「マレット伯爵様、今からマグマ弾迎撃のためにルリ様の水魔法を活用します。ただし、空間を冷やすほどの規模ではありません。そうであれば、イグニス・コアの前で水魔法を使っても問題ありませんね?」
「え、ええ……その筈よ」
マレット伯爵は、ルリの水魔法がイグニス・コアの核を凝固させた原因だと誤解していた経緯がある。そのためキウイは、過去の誤解を解消し、作戦への信頼を構築するため、わざわざ明示的に確認をしたようだった。
「そして最後に、閉じてしまうメンテナンスハッチの問題ですが……イグニス・コアの構造から判断するに、サクラ様の『時止めの魔法』を使えば、その開放状態を維持するのは容易いです」
その言葉に、私は戸惑った。フィオーレ王国の宮廷魔術師として長年仕えてきたキウイが、王国の象徴とも言える時魔法の基本的な制約を知らないはずがない。動く物に「時止めの魔法」をかけるのは困難だ。
「キウイも知ってるでしょう? 動くものに対して『時止めの魔法』はかけられないわ……。『時緩めの魔法』で動きを遅くして、時間を稼ぐ程度ならできそうだけど……」
私がそう言うと、キウイは迷いなく首を横に振った。
「いいえ、『時止めの魔法』で問題ありません。サクラ様、メンテナンスハッチ……核を守る扉のみに、魔法を適用するのです。イグニス・コアは全体で見れば生き物のように動いていますが、扉という部品単体は、ただの金属です。そして金属素材は、サクラ様の時魔法と非常に相性がよいのです。魔力消費も少ないので、「瘴気」の結界魔法の持続に影響が出ることもないでしょう。この理論に基づけば、ハッチを開放状態に維持するのは容易いのではないですか?」
「あ……たしかに……! それならできそうよ。キウイ、そんなことを思いつくなんて、すごいわ!」
私がキウイにそんな言葉をかけると、キウイはいつもの涼やかな顔を維持しながらも、静かな満足感を示すように、わずかに口元を緩めた。
「さあ、再戦です。参りましょう」
キウイが静かに、しかし確信に満ちた声で宣言する。
全てのピースは揃った。そうして私たちは、今度こそ確かな勝利を信じ、イグニス・コアに再度挑むことになった。
なにげにキウイがガチの戦闘で活躍するのを書くのは初めてですね。頼もしい!




