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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者: ぞ
第四章 ドワーフの国

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66. 厄災を生む悪戯の冷気

 ―― カン カン カン


 重く響く金槌の音が、その日もビュラン伯爵の鍛冶場に、熱気とともに満ちていた。


 ああ、腹立たしい。

 ここしばらくの間、ビュランの胸の内は、絶えず苛立ちの熱に灼かれていた。


 きっかけは、フィオーレ王国製の『刻凍ナイフ』を初めて見た時の、ごく僅かな憤りだった。それが徐々に胸のうちに広まり、やがて、全身を蝕む毒のように、消えない怒りの炎へと変わっていった。

 錆びない魔法がかかっているという、そのナイフ。それを視界に入れるたびに、ビュランの胸には新たな焦燥が生まれた。


 ビュランは、金槌を振るのが好きではなかった。彼女が心から愛しているのは、可愛らしい模様の彫刻や、愛らしい小物の金物細工、そのような物を創り出すことだ。

 だが、この国で自由な商売をするには伯爵の爵位が必要であり、それを持つ者には義務が伴った。

 ビュランは望まない鍛冶場の経営をこなし、そこで得た運営資金の余剰分で、細々と趣味の金物細工などを売りに出すしかなかった。理想を追うためには、不本意な義務による資金調達が不可欠だ。そのために、今日もビュランは、振りたくない金槌を振り続けた。


 最近、他の爵位を持った連中が、義務を放棄し鍛冶仕事をしていないことが、ビュランの苛立ちを一層募らせた。

 この私が、こんなに、苦労を重ねて、この場に立っているというのに。

 苦しい肺にどうにか空気を押し込み、震える腕にいつもの何倍もの力を込めて動かす。

 「空気が悪い」などと、言い訳でしかない。私はこうして、今も金槌を振っている!

 ああ、なんと腹立たしい!

 そのすべての怒りを、ビュランは振り下ろす金槌に込めた。


 ビュランは火魔法を慎重に操り、炉の温度を寸分の狂いもなく一定に保つ。

 望んだ仕事ではないが、長年の経験に裏打ちされた、いつも通りの慣れた作業だ。失敗する可能性など、あり得ない筈だった。


 そう、あり得ない話だ――

 何らかの原因で、周囲の温度が突然変わりでもしない限りにおいては。


「ふふふ……美味しい怒りの感情、もっと、もっとくださいな……」


 その甘美な声はビュランの意識には届かない。

 「その者」が悪戯に出した冷気は、炉の温度を、最適温度域から極めてわずかに下げたにすぎない。

 だが、微細な温度管理が命である繊細な鍛冶において、その極微な変化は、決定的な失敗に導くには十分だった。


 初めにビュランが気づいた決定的な違和感は、音だった。

 金槌を打ち込んだ瞬間の、金属の反発音。いつも響くはずの、粘り強い手応えと音が、ほんのわずか、乾いて脆いものへと変質していた。

 この違和感は、見た目に決してわからない。適正温度を外れた金属だけが発するその微細なサインを、鍛冶師ビュランの耳と腕は、職人の本能として正確に捉えていた。


 違和感を覚えたが、ビュランにはどうすることもできなかった。ビュランはそのまま、不本意な鍛冶仕事を終える。

 そして、炉から取り出した赤く熱を帯びた長剣を、念入りに見つめた。

 表面的な見た目には、何一つ問題がない。だが、ビュランの心の奥底には、その鉄から発される悲鳴のような、声にならない「叫び」が、猛烈に木霊していた。


―― これは、折れる。


 冷却の後、この剣は使われるまでもなく、その脆い内部から真っ二つに折れるだろう。それは、抗いがたい確信めいた予感だった。


 ああ、腹立たしい!

 この私の炉の温度の制御は完璧だったはずだ。失敗などあり得ないのに、一体何故、どうして、こんなことに。

 苛立ちからくる激しい頭痛に、ビュランは思わず頭を抑え、視線を彷徨わせる。そして、ふと、机の上に刺さったままの、『刻凍ナイフ』がビュランの目に入った。


 そうだ、思い返せば、このナイフを手に入れてから全てが狂っている。

 あのナイフからぼんやりと立ち上がる、不気味な魔力の気配。この不調の根本的な原因は、これに違いない。

 冷静な思考力さえあれば、そのナイフが鍛冶の失敗と全く無関係であることは明白だった。だが、理性を奪う何かに誘導されるように、ビュランの心は、フィオーレ王国への根拠のない怒りに、一瞬で塗りつぶされていく。


「あ、ああ、ああ……憎い、憎い……っ! フィオーレのあいつら、ああああああっ!!!!」


 ビュランの絶叫にも似た怒りに呼応するように、鍛冶場から里を蝕む『瘴気』が噴き出した。

 噴き出した『瘴気』とともに、「その者」の悪戯による冷気も増幅し、国中へと広がっていく。それは、元凶の「その者」すら予測していなかった、国を破滅へと導こうとする、災厄の始まりだった。


「ふふふ……美味しい……なんて美味しいの……っ! ねえ、もっと……」


 目の前で広がるその光景を、「その者」は、甘く歪んだ恍惚な笑みで見つめていた。






ドワーフの国編、二日目の開始です。

後半戦です。引き続きよろしくお願いします。


各章の終わりにあらすじと人物紹介を追加してみました。

あいつ誰だっけ?って思ったら見返してみてください。

Twitter告知で使ってる告知画像を貼ってあるので、サクラとルリの姿が見れます。依頼して描いていただいたやつなのですが、めちゃかわいいです! 見たことない人はぜひ見てみてください。

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