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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第三章 結婚式

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49. キウイの告白

「……っ、キウイさんっ!」


 先を行くキウイの背中に、チェリーは必死に声をかけた。キウイは振り向くことなく足を止める。


「あの、私……っ」

「チェリーさん、もういいです。忘れてください」

「えっ……?」


 キウイの突き放すような言葉に、チェリーは頭が真っ白になった。何を言おうとしていたのか、全てが吹き飛んでしまう。


「ずっと……好きだったんです、チェリーさんのこと」


 そうしてキウイはチェリーに背を向けたまま、ぽつりぽつりと語り始めた。


「本当に……いつからかは覚えていないぐらい、ずっとです。ただ、遠くから眺めていて、笑顔が素敵だなあって、ずっと想っていました。チェリーさんはサクラ様の専属メイドで、私は宮廷魔術師で……。同じ城内で働いていても、話す機会なんてありませんでしたから、長い間、ただ見つめているだけの片思いでした」


 キウイのその告白を聞いて、チェリーは息をのんだ。チェリーにとっては、キウイがルリの専属メイドとして仕えるようになるまで、特に意識していない、数多の使用人の一人だった。キウイにとっての自分はそうではなかったという事実を知り、チェリーの心臓は大きく脈打ち、その奥から熱いものが込み上げてくるような感覚に襲われた。


「でも、サクラ様がルリ様を連れてきて、ルリ様の専属メイドを誰にするかという話が出た時、私、これが最初で最後のチャンスだって思ったんです。もちろん、ルリ様自身にも興味がありました。でも、それ以上に、あなたと近づけるかもしれない……その、わずかな可能性に、私は縋りつきました。葵様にもっともらしい理由を並べて提案して、土下座までして……できることは全部やりました」


 チェリーは、キウイがルリの専属メイドに拘っていた本当の理由を初めて知った。ずっと、人魚のルリという特殊な存在に惹かれているのだとばかり思っていた。


「そこからも、必死でした。葵様からの条件は宮廷魔術師とメイドの兼任でしたので、宮廷魔術師の仕事を完璧に続けながら、メイドの仕事もちゃんとこなさないと、苦労して手に入れたあなたの側にいる権利を、剥奪されてしまいますから。メイドの仕事は慣れないことばかりで、本当に苦労しました。チェリーさん、あなたが私の仕事ぶりのことを、かなり甘く葵様に報告してくださっていたの、知っていました。……感謝しています」


 キウイの言葉を聞くたびに、チェリーの胸の奥から広がる熱が、どんどん膨らんでいく。葵から、もしキウイがメイドの仕事をこなせないようなら報告するようにと、頼まれていたのは事実だった。だが、不器用ながらも努力するキウイの姿をそばで見ていたからこそ、内心は常に心配はしていつつも、葵には問題ないと報告していたのだった。


「元々は、近くにいるだけでよかったんです。でも、サクラ様とルリ様の結婚式を見て、あんなふうに愛し合う関係もいいなって、憧れてしまったんだと思います。それと、今日、チェリーさんの笑顔に見とれていたら、チェリーさんが私にどきどきしているのを感じてしまって……。恋愛に発展するなら、今しかないかもと、焦ってしまいました」


 その言葉に、チェリーは今日の昼間の光景を思い返していた。思い起こせば、あの時のキウイの様子はどこか切羽詰まっていて、何かに焦っているようにも見えた。その時の気持ちを知って、チェリーの胸はきゅっと締め付けられるように痛んだ。


「結果、見事に目算を誤りました。拒否はされませんでしたけど、半ば無理やりでしたし……。本当に、判断を間違えました。色々と振り回してすみません。一人で考えて、少し冷静になれたんです。これ以上あなたを惑わせたくないから……葵様に話して、ルリ様の専属メイドをやめさせていただきます。チェリーさん、今まで色々教えていただいて、ありがとうございました」


 そこまで言い切って、キウイはゆっくりとチェリーの方を振り向いた。振り返ったキウイの目に入ったチェリーは、大粒の涙を零していた。


「私なんかのことで、心を乱してすみません。ほら、チェリーさんには、笑顔がお似合いですよ」


 キウイは悲しそうな微笑みを浮かべながら、チェリーの涙を拭おうと手を伸ばした。その瞬間、チェリーが勢いよく、キウイの手を掴む。その目には、勝手に一人で結論を出してしまったキウイへの怒りの感情が込められていた。


「……っ、そう思うなら、なぜ、キウイさんがっ。私を、笑顔にっ、してくれないんですかっ……!」


 その言葉に、キウイは呆然とチェリーを見つめる。


「チェリーさん……?」


 そのままチェリーは、キウイの身体を勢いよく引き寄せて、ぎゅうっと抱きしめた。キウイの肩に顔をうずめながら、嗚咽混じりの声で、自分の想いを口にする。


「私っ、全然キウイさんの気持ちに、気づいてなくて、ごめんなさいっ……。でも、イヤじゃなくて……っ。キウイさんと、一緒が、いいんですっ。こんなに、私の頭の中、キウイさんで、いっぱいにしておいて……、いなくなるなんてっ、卑怯です、ずるいですっ。責任とってくださいよぉっ」


 キウイの肩が、チェリーの涙で濡れてゆく。


「チェリーさん、自分が何を言ってるのか、わかっているんですか」

「わかってますっ」

「チェリーさんは私に、恋仲になってほしいと、そう言ってるんですよ? 本当に、理解できていますか」

「そうです、それで合ってますっ」

「私は、素直じゃないんです。チェリーさんをきっとイライラさせますよ」

「そんなの、とっくの前から、よーく知ってますっ!」

「束縛も強いんです。チェリーさんが綺麗な人と喋っていると、嫉妬してしまいますよ」

「大丈夫ですっ」

「本職は魔術師ですし、危険な仕事に出向いたりもしますよ」

「き、気をつけては……ほしいですっ」


 キウイがチェリーの肩にそっと手を置き、身体を優しく引き離す。チェリーのワインレッドの目は、迷うことなく、キウイを真っ直ぐ見つめ返していた。


「じゃあ、最後の確認です。嫌なら、拒否してください」


 昼間と同じ言葉を、キウイは少し震える声で告げ、チェリーの顎に指をかけた。チェリーは今度は迷うことなく、ゆっくりと目を閉じた。

 次にチェリーが感じたのは、確かなキウイの温もりと、柔らかい唇の感触だった。心臓がとくんと跳ねたが、その感覚は、とても心地がよかった。




「お二人とも、お騒がせして申し訳ありません。この度、チェリーさんは私のものになりました。これからは、私がサクラ様にお貸してるということになりますので。そこのところ、どうぞよろしくお願いいたします」


 目を真っ赤に腫らしたチェリーと、どこか得意げなキウイ。戻ってきた二人の様子を見て、私は話し合いが丸く収まったことを瞬時に理解し、心底安堵した。


「ちょ、ちょっと、キウイさん……! サクラ様に不敬ですよ!」

「でも、本当のことですし……」


 私の寝支度を整えながら、キウイに小言を言うチェリー。そんな彼女に、キウイはいつも通り飄々とした態度で返していた。


「もう、心配したんだから……!」


 二人のやり取りを見て、私は思わず目頭が熱くなるのを感じた。昨日までは当たり前だったこの光景が、今はひどく懐かしく感じられた。


「わたしもチェリーからキウイを借りてるの?」

「キウイさんは別に、わっ私のものでは、ないです!」


 ルリの言葉に、チェリーが慌てて否定する。その様子を見たキウイが、ここぞとばかりに、芝居がかった声で話し始めた。


「ああ、ルリ様……。チェリーさんは、私のことは要らないそうです。どうか、誰のものでもない私のことを、馬車馬のように使ってくださいませ……」

「キウイ、かわいそうに……。わたし、キウイのこと、たいせつにするよ!」

「ちょっとルリ様まで! 悪意のある捉え方をするのはやめてください!」


 賑やかで和やかな、いつもの騒々しい時間が返ってきた。その居心地の良さに、私は心から嬉しい気持ちになった。


「ところで、チェリーとキウイは、ケッコンするの?」

「けっこん……!」


 ルリのストレートな質問に、チェリーは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる。反して、キウイはどこか涼しげな顔をしていた。


「ルリ様、こういうのは、段階を楽しむものなのです。進行してしまっては戻れない、不可逆なものですから。今は、結婚も、婚約すらしていない、なんなら付き合っているのに、敬語だし、呼び捨てにすらしない……。そういう初々しい距離感を楽しむ段階なのです」


 キウイはまるで講義をするかのように、自身の恋愛観を熱く語った。


「ふうん? わたしは、ずっと、サクラとつがいになりたかったけどなあ? ニンゲンはなんか、ちがうのかなーと思ってただけで……」

「へっ!? そうなの!?」

「えっ、サクラはわたしと、ケッコンしたくなかったの!?」


 私はルリのことを恋愛相手として意識始めたのは、婚約してからで、それまでは友達という認識だった。だから、ルリも同じように思っていたのだと、勝手に決めつけていた。しかしルリは出会った頃からずっと、私のことを「つがい」として意識していたらしい。その事実に、私は驚きの声を出した。私の言葉を聞いて、ルリは眉を下げて悲しそうな顔になり、キウイに助けを求めた。


「キウイ……サクラは、わたしのこと、いらなかったんだって……」

「ああ、ルリ様、私たち、一緒ですね……。心中をお察しいたします」


 キウイが芝居がかった声で相槌を打つと、ルリもそれに乗っかるように、ますます悲しそうな顔になる。


「ちょっと、ちがう、違うのよ!」


 私が必死になって否定すると、悪戯っ子のように笑うルリと目が合った。


「ふふっ……でも、だいじょうぶだよ! わたし、いま、しあわせだからっ!」

「もう……」


 私が呆れたようにそう言うと、ルリは嬉しそうに私に抱きついた。そんな私たちを、キウイはどこか羨ましそうな目で見ていた。


「チェリーさん、私、ちょうど肌恋しいのですけれど……」


 キウイの言葉に、チェリーは顔を赤くして慌てたように返事をする。


「今は、仕事中、です! キウイさん!」

「ですよねぇ……」


 少し残念そうに肩を落とすキウイに、チェリーがそっと近づき、何かを耳打ちした。そのチェリーの顔は真っ赤だったが、キウイはその言葉を聞いて、なにやら上機嫌に口角を上げていた。「そういうのは二人きりの場で」……なんて言ったのだろうか。


 真面目なチェリーと、お調子者のキウイ。そして、私とルリ。待ち望んでいた日常が戻ってきたのだと実感した私とルリは、顔を見合わせて、心から笑い合った。

チェリーとキウイ編、丸くおさまりました。長くかかってしまいすみません。この二人のことも、優しく見守っていただけると幸いです。末永く爆発してほしいですね!

次回、もう一話だけ、チェリーとキウイのオマケ話があります。お付き合いください。


47話〜49話執筆の小話を、noteにまとめました。無料記事です。

キウイのことなどについて語っているので、興味があればご覧ください。

絵師さんに描いてもらったサクラとルリの画像もあったりします(Twitter告知では使っていたのですが、よく考えたらなろうでは公開したことがありませんでした……)

https://note.com/zozozozozo/n/n831b56192ab8

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