44. 皆で辿り着く真髄
―― 過去も未来も全て『現在』であると、そう理解するのだ
私は部屋でチェリーが入れてくれた紅茶を飲みながら、ローズ母様から教えられた『時魔法の真髄』に辿り着くための方法を考えていた。その謎めいた言葉は、頭の中で何度反芻しても、意味を理解できることはなかった。
過去は過ぎ去ったもので、未来はこれから行く先だ。それが、今過ごしている「現在」である……まったく別のものを並べられて、同じ物であると言われても、さっぱりわからない。
「サクラ、どうしたの? 元気ない?」
ルリが心配そうに顔を覗き込んでくる。気がつけば、紅茶の準備を終えて待機していたチェリーとキウイも、私の方に注目していた。
―― キウイなどに相談してもいいぞ。きっといい意見が聞けるだろう
なるべく私一人で解決できれば、皆に無駄な心労をかけずに済むと思っていた。だが、このままの方が逆に心労をかけてしまいそうだ。そう思った私は、ローズ母様の言葉に従って、皆に協力を頼むことにした。
私は覗き込んでくるルリの目をまっすぐ見つめながら、静かに語り始める。
「……人魚ってね、人間に比べてとても寿命が長いの」
「え? そうなの?」
ルリはその事実に気づいていなかったようで、驚いて首を傾げた。チェリーとキウイはルリの家族たちの会話などから薄々勘づいていたのだろう、神妙な面持ちになっている。
「ルリ……普通の人間は、オニキスさんやパールさんのように、千年を超えて生きることはできないのよ。せいぜい百年ぐらいなの」
「そっか……」
ルリは目線を落とし、表情を少しだけ暗くする。私はそんなルリの不安を打ち消すように、明るい声を出した。
「でも私、その運命に甘んじるつもりはないの。安心してちょうだい、ルリ」
そう言うと、私は優しくルリを抱きしめた。
「ローズ母様は、時魔法によって悠久の時を生きているの。もう千年以上生きているそうよ。私、ローズ母様にそのことについて聞いてきたの」
「ローズ様と刻凍の回廊庭園でお話ししていたのは、そのことだったのですね」
チェリーの言葉に、私は静かに頷いた。
「でも、簡単な話ではなくて、私の中でまだ理解できていない部分があるの……。これは、特にキウイに一緒に考えてほしいんだけど、聞いてくれるかしら」
そう切り出して、私は、刻凍の回廊庭園でローズ母様から聞いた内容を掻い摘んで皆に説明した。時の精霊『クロノス』がローズ母様に『時護りの秘術』をかけていること、その対価にローズ母様は時の魔力を提供していること。その核心となる部分を丁寧に伝えた。
「なるほど、情報ありがとうございます。長年ローズ様を見ておりますが、まさかあの身体にかけられた魔法が時の精霊によるものだとは思いもしませんでした。通常の『時止め』の魔法と違うようだとは感じていたのですが……」
私の話を聞き終わったキウイは、顎に手を当て、静かに目を閉じて深く考え始めた。
「そして、過去も未来も全て『現在』である……ですか。まるで謎解きのようですね」
「むー……なんだろう……むずかしいね……」
ルリも手を組んで、眉間に皺を寄せながら唸っている。
「そもそも時の精霊クロノスに与えるための、時属性の魔力って……何なの? ルリは海から魔力を回復しているけど、私たち人間はどうやって魔力を回復しているの?」
人魚の里で、パールさんやオニキスさんたちに「人間は海水から魔力の補充ができないのね」と驚かれた時のことを思い出す。私にとって魔力とは、いつの間にか回復しているもので、そもそも私たちの身体がどうやって魔力を回復しているのか、詳しいところを知らない。
私の問いに対して、キウイは解説を始めた。
「まず、我々人間は魔力生命体ではありませんので、空気や食事など、摂取しているものから雑多に魔力を回復します。様々なものを魔力の源とできる代わりに、自分の身体に合った魔力に変換する必要があるため、その回復速度は大変緩やかです。身体が食事の栄養を消化してエネルギーとするように、ゆっくりと魔力を回復します」
私はルリに魔力を吸われたあと、いつも緩やかに身体の中の魔力が回復するのを思い出した。
キウイは、ルリの方を見て続けた。
「対して、ルリ様や精霊のような魔力生命体の場合は、それぞれの個体に合った魔力しか体内に取り込むことができません。ルリ様なら、海の魔力のみを身体に取り込むことができます。その代わり、身体が魔力そのものなので、瞬時に回復できるのです」
キウイの言葉に、ルリは首を傾げた。
「わたし、サクラから魔力をもらったりしてるよ?」
たしかに、「魔力生命体はそれぞれの個体に合った魔力しか取り込めない」のであれば、ルリは海の魔力しか取り込めないはずだ。だがルリは、私からの魔力提供を頻繁に受けている。
「ルリ様の中のサクラ様の魔力は、かなり特殊な状態です。異物を受け入れているような状態ですね。粘膜接触により強制的に注入したのと……あとは、ルリ様とサクラ様の相性がよかったので、受け入れられている状態と認識しています」
「相性がいい……ふふっ、なんだか嬉しいわ」
キウイのその言葉に、私は思わず笑みがこぼれた。ルリと私の間の愛情を感じたようで、胸が温かくなった。
「それで、精霊クロノスに与える時属性の魔力が何なのか、という質問の答えですが……すみません、私も解答を持っていません。そもそも、時魔法を使える人間自体が限られているのもあり……私の記憶の限りでは、時属性の精霊に関する情報は一切見たことがありません」
「そんな、キウイでも何もわからないのね……」
魔法に関する人一倍の知識を持つキウイが「一切見たことがない」と断言するのは、かなり珍しいことだった。
「時に関連する何か……ではあるのでしょうね。そもそも時魔法に許されている権能は、流れ行く時の速度を、速めるか、遅めるか……その選択でしかありません。過去に戻したり、時間軸の別の点に飛ばすなどは、できないのです。その前提の元で……過去も未来も全て『現在』である……ふむ……」
キウイは目を閉じ、しばらくの間、深く考え込んだ。部屋には静寂が流れる。
「閃きそうで……閃きませんね。難しいです……」
目をゆっくりと開いたキウイは、肩を竦めてみせた。
「なんか、キウイ、たのしそう?」
そんな様子のキウイを見て、ルリが首を傾げながら言った。
「すみません、サクラ様の大事な問題とはわかってはいるのですが……率直に言って、かなり心躍るような……難解な謎解きです。これだから宮廷魔術師はやめられません」
私が心を悩ませていたこの難解な問題を、キウイはまるで面白い玩具のように語った。その様子を見て、なんだか難しく考えすぎていたような、肩の荷が少し下りたような感覚がして、嬉しくなった。
「時魔法に関して、もう一度文献を漁り直してみます。何かあればお伝えしますね、サクラ様」
「ええ……ありがとう、キウイ。本当に助かるわ。一人で考えていると心が折れそうだったの」
私がそう言うと、ルリがそっと私の側に寄ってきた。
「サクラ、わたしもいるよ! でもわたしは、かんがえるのは、にがてだから……ぎゅ〜してあげる!」
「もう、ルリったら……」
ルリの温かい抱擁に、私は心が満たされていくのを感じた。こうして、私は一人で抱えていた問題を、皆で分かち合うことにしたのだった。
実は、普通の時魔法は「時止め」「時早め」「時緩め」の3種類しかありません。時を戻したりとか、ありそうでないです。バランス調整難しそうだったので……
※ムーンライトノベルズで、この日の夜のエピソードを公開中です




