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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者: ぞ
第三章 結婚式

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43. 時護りの秘術

 フィオーレ城の中心、宮廷魔術師による強固な結界が張られたその場所では、時が凍りついたかのように、葉が落ちることも、花が枯れることも、決してない。フィオーレ王家の血を引く者しか扉を開けることが許されていない、国で一番厳重な場所。「刻凍の回廊庭園」――それが、その場所の名前だった。


 昔ルリと逢瀬を繰り返していたその場所で、私は、ローズ母様と向き合っていた。

 「時止めの身体を手に入れたい」――そう切り出した私に対して、ローズ母様はこの場所を手配した。誰にも、親衛隊長である葵母様にすら耳に入れないように、二人きりで会話をしたい。刻凍の回廊庭園を使うということは、ローズ母様によるそういう意思表示であった。

 この場には、私とローズ母様を除いて誰もいない。本来は国同士の極秘会談に使われるような庭であり、その護りは国一番に強固であった。その場所の特殊さが、自分が望むことがいかに大変であるか、物語っているかのような気がした。


「毎日の食事では顔を合わせるが……二人きりで話すというのは久しいな、サクラ」

「そうですね、ローズ母様。このような場をわざわざ用意していただいてありがとうございます」


 私は、部屋に入る直前にチェリーから受け取ったティーセットを使って、慣れた手つきで二人分の紅茶を淹れる。給仕のメイドは庭に入れない。なので、自分で用意するほかなかった。


「ありがとう。ずいぶん慣れているのだな」

「ここで……ルリと、よくお茶をしていましたから」

「ああ、なるほど。たしかにそうだったな」


 婚約前、ルリと会うのは決まってこの庭園だった。誰にも気づかれないように、親友である人魚とこっそり会うのが、当時の私の唯一の楽しみだった。中央の池に呼びかけるとルリがひょっこり顔を出していたのだ。紅茶の飲み比べが好きだと嘘をついて、チェリーに二人分のティーセットを用意してもらっていたのが、今となっては懐かしい。


 ゆっくりと紅茶を一口だけ飲んでから、私はローズ母様に話を切り出した。


「……パールさんと、旧知の仲だったと聞きました」

「パールから聞いたのだな。ああ、そうだ。とても……本当に、とても懐かしい顔だった」


 ローズ母様はパールさんの名を出すと、昔を懐かしむように目を細めた。その表情に、私は、パールさんの話は本当だったのだと、信じるほかなかった。


「パールさんは、ローズ母様と最後に会ったのは、千年以上前と言っていました。ローズ母様の年齢……今まで、はぐらかされるばかりで教えてもらえなかったのですけれど、千を超えているということですよね?」


 今までローズ母様の詳細な年齢を聞かされたことはなく、ただ使用人たちの噂でかなりの高齢ということを知っていただけだった。私がその秘匿された事実に触れると、ローズ母様は困ったように微笑んで肩をすくめた。


「悪いな。実年齢を言うと、人外の者であるかのように見られるのが慣れないのだ。サクラの言う通り、私はもう千年を超えて生きている。細かい年齢は数えていないからわからない。生まれ年から計算することはできるが……」


 ローズ母様は隠すことなく事実を教えてくれた。私は今日この場を設けてもらった核心を口にするため、真っ直ぐにローズ母様を見つめた。


「私も……ルリと同じ時を生きるために、悠久の時を得たいのです。どうすれば、ローズ母様のように『時止め』の身体を得ることができるのですか?」


 私が食い気味に尋ねたのに対して、ローズ母様は真っ直ぐに私を見つめ、ただ短く言葉を放った。


「『時魔法の真髄』に辿りつけ、サクラ」

「時魔法の……真髄……?」


 私はローズ母様の言葉が理解できず、ただ同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。

 そんな私を見て、ローズ母様は言葉を続けた。


「……この身体にかかっているのは、厳密には『時止め』の魔法ではない」

「えっ……?」


 その事実は、私にとって大きな衝撃だった。ずっとローズ母様は「時止め」の身体だと思っていたからだ。


「時を止めてしまったら、脳も、あらゆる細胞活動も停止する。そうすれば、こうやってサクラと話すこともできない。だが今の私は、会話もできるし、食事もできる。私の心臓は絶えず脈打っているし、全身を血液が巡っている。『時止め』の魔法では、こうはいかない」


 ローズ母様の言うことは、改めて言われてみれば腑に落ちた。私は人魚の里で戦った巨大な鮫の魔物「アビス・ゲイザー」の最期を思い出す。「時止め」の魔法にかかり、魔力回復ができなくなったのをきっかけに、弱点を守る結界が維持できなくなって絶命したのだ。

 だがローズ母様は、時が止まった状態でも、食事をすれば体力も魔力も回復しているようだった。


「これは我々には扱えない領域の、高度な魔法……『時護りの秘術』だ。その秘術は、時の流れを由来とするあらゆる負の影響のみを、時から護ってくれる。身体の衰え、細胞の劣化……そういった事象のみから、この身体は解放されているのだ」


 普段私たちが使っている「時止め」の魔法と違うものであるのは理解できた。だが、「我々には扱えない」というローズ母様の言葉が気にかかる。


「私たちに使えないものなのであれば……ローズ母様はどうやってその秘術を使っているのですか?」

「私が使っているのではない……私にその魔法をかけているのは、時の最上位精霊である『クロノス』だ」

「精霊……クロノス……」


 「精霊」というのは、キウイがルリの正体を「魔力生命体」だと説明してくれた時に、例として聞いことがある。しかし詳しいことは何も知らなかった。

 そこまで言ったあと、ローズ母様は少し目線を下げて、寂しそうな顔をした。


「実を言うと今の私は、この悠久の時を生きる……生きなければならない身体から、解放されたいのだ。最愛の……葵と、同じ時を生きるために」


 その言葉に私は胸が締め付けられるようだった。

 私がルリと同じ時を生きたいと願うように、ローズ母様もまた、葵母様と同じ時を生きることを乞い願っていることを、初めて知ったからだ。


「そもそもローズ母様はどうして、その……『時護り』の身体を手に入れたのですか?」


 私がそれを聞くと、ローズ母様はぽつりぽつりと語り始めた。


「……昔話をしよう。ある日、幼い頃の私は、船から落ちて溺れた。それを気まぐれで助けてくれたのがパールだ」


 ローズ母様の顔は、昔を懐かしむように、優しく微笑んでいた。


「私たちはそれをきっかけに、よき友になった。……ああ、誤解しないでくれよ? 愛した、愛されたの関係ではない。パールはただの友だ。私が生涯愛したのは、葵ただ一人だよ。ここをちゃんと伝えておかないと、昔の恋人とか……そういうのは、家庭不和に繋がるからな」


 「ははっ」と笑いながらそう言うローズ母様の様子から、パールさんが実は初恋の相手で……なんてことはないのだと、私は理解した。本当に、ただの友達だったのだろう。


「当時のパールは、愛する存在たちが皆、自分を置いて消えてゆくのに絶望していた。私は友として、どうにか心を癒やしたいと考えた」


 今のパールさんはオニキスさんという最愛の伴侶と連れ添っている。だが、ローズ母様と出会った頃のパールさんは、まだオニキスさんを知らなかったと聞く。その時点で千年を超えて生きるパールさんが、どれほどの孤独を抱えていたかを考えると、胸が締め付けられた。


「私は自慢の時魔法を使って何かできないか考えた。文献をあさり、様々な実験をして……私が『時魔法の真髄』に辿り着いた時、精霊クロノスの声が聞こえた」


 そう言ってローズ母様は、ゆっくりと目を閉じた。その脳裏では、当時の様子を鮮やかに思い返しているのだろうか。


「精霊は、ルリと同じ魔力生命体……キウイから聞いたことがあるだろう。魔力が提供されないと消失してしまう。クロノスもまた同じで、クロノスは消失してしまうことをとても恐れていた」


 以前のルリとの会話で、ルリは身体が消えることに特に恐怖は抱いていないようだった。だが、クロノスはそうではなかったようだ。


「クロノスは、取引を持ちかけてきた。私は『時魔法の真髄』を知ったことで無限の時の魔力を生み出すことができるようになった。クロノスは糧とするためにその魔力が欲しい。私はパールと同じ時を生きられる身体が欲しい。私は魔力をクロノスに提供して、その恩恵としてクロノスに『時護り』の身体を与えてもらうことになった」


 ローズ母様の言葉を、私は一つずつ頭の中で整理をしていく。そして、ようやくローズ母様が『時護り』の身体を手に入れている仕組みを理解した。それは、精霊クロノスに魔力を捧げた対価として与えられたものだったのだ。


「私はパールに同じ時を生きられる身体を得たと伝え、喜びあった。永く暮らしているうちに、私は国を守るために、パールは海を守るために、それぞれがそれぞれの場所で使命を全うすることになった。そうして、自然と会えなくなってしまったが……。それでもこの世界のどこかに、同じ時を生きる友がいるというのは、確かな心の支えだったのだ」


 そこまで言って、ローズ母様は微笑みながら、少し目線を下げた。


「私は長く独り身だった。国を守るのに問題なかったし、同じ時を過ごせないのに、伴侶を得る気にもなれなかった。なのに、今になって私は……それでもいいと言ってくれる最愛の伴侶、葵を得た」


 そう言って葵母様に想いを馳せるローズ母様の表情は、とても愛情深いものだった。


「先日パールに再会して……今のパールにはよき伴侶がいるようだから、もう私は必要なさそうだと思った。私も葵と同じ時を過ごしていいのではないかと、そう思ったのだ。パールも文句は言うまい」


 そう言いながら、ローズ母様は肩を竦めてみせた。


「唯一の問題は、私から魔力の提供を受けないと、クロノスはいずれ消失してしまうということだ。クロノスもまた、私と千年連れ添う友なのだ。クロノスが消失を望まない以上、それは避けたい。葵は私と同じ時が生きられないのを承知した上で連れ添ってくれている。葵と同じ時を生きたいというのは……ただの、私の我儘なのだ」


 ローズ母様は、再び私を真っ直ぐに見つめた。


「だからサクラ、お前が『時魔法の真髄』に辿り着き、クロノスに時の魔力を提供してくれるなら、私の望みはすべて満たされるし、お前の望みも満たされる。これはいい取引なのだ」


 ローズ母様は『時護り』の身体から解放されたい。私は、『時護り』の身体を得たい。そしてクロノスは、誰でもいいから消失しないために糧となる魔力を提供してほしい。

 つまり私がクロノスに魔力提供をする役を担えば、その場の全員の望みが解決するのだった。


「『時魔法の真髄』とは……何なのですか」


 そこに辿り着けばいいというのはわかった。だが、肝心のそれを、私は理解できないでいた。


「それは、自分で辿り着かねばならない……魂の奥底でそれを理解した時に、初めてクロノスに捧げるための無限の魔力が得られるのだ。仮初めの知識を与えても、質の悪い魔力しか得られないそうだ。……だが、ヒントを与えることはできる」


 一呼吸置いて、ローズ母様は告げた。


「過去も未来も全て『現在』であると、そう理解するのだ。お前ならできると信じている、サクラ」


 ローズ母様は真っ直ぐ私を見つめてそう言った。

 過去も未来も全て現在……ローズ母様から告げられたその言葉を反芻しても、私にはさっぱり理解できなかった。

 それでも、私はやり遂げなければならない。この謎を紐解いて、ルリとの永遠の未来を手に入れるために。


「ローズ母様、わざわざこの庭園で話をしたのは……」

「ああ……ただ、葵に聞かれたくなかったからだ。葵は私と一緒の時を歩むのは諦めている。変に期待を持たせたくないのだ……。それ以外の理由はない。キウイなどに相談してもいいぞ。きっといい意見が聞けるだろう」


 そうして、私はルリとの永遠の未来を手に入れるための、難解な謎解きに臨むことになったのだった。

刻凍の回廊庭園……みなさん果たして覚えていたでしょうか。「4. ケッカイ? あの、ちょっと通りにくいやつ?」で出てきたやつです。当初の予定だと、プロローグのルリとの会話シーンでもっと刻凍の回廊庭園の様子を詳細に描写する予定だったのですが、あまりにノイズだったので泣く泣く大幅カットし、気合を入れて設定を作ったのに今までろくに出せずにいたのです……。再登場させられてちょっと嬉しいです。


ローズ母様の秘密が明らかになりました。「時魔法の真髄」とは、一体何なのでしょうか。これからゆっくりと、書いていけたらと思います。

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