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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第三章 結婚式

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41.5. 《幕間》オニキスの家出

「むー……? なんか、オニキス母さまが来るみたい」


 結婚式から数日後、ルリがいつものように部屋にある海水の水場に手を翳したまま、不思議そうに呟いた。


「オニキスさんから連絡がきたの?」


 ルリが水場から魔法で思念を飛ばして、人魚の里に住む家族たちと連絡を取り合っているのは、もはや日常の光景だった。


「そうなの。いま、連絡がきて……」

「それでは、ドレスの用意をお願いしないとね。パールさんもご一緒かしら?」


 ルリの両親、オニキスさんとパールさんはとても仲が良く、いつも二人で一緒にいる。なので、今回も当然二人で来るものと思った。


「それが、一人みたいなの……」


 ルリが少し不安そうにそう言うと、私の胸に小さな波紋が広がった。


「そうなの? 珍しいわね……。ひとまず、一人分のドレスをチェリーにお願いするわね」


 珍しく一人で行動しているオニキスさん。そして、ルリの心配そうな様子に、私は嫌な予感を感じずにはいられなかった。




「しばらく、置いてほしい……」


 ほどなくしてそう呟きながら現れたオニキスさんは、無表情なのはいつものことだが、その瞳の奥には、はっきりと影が差していた。オニキスさんは水場から上がると尾を脚に変化させ、手配しておいたドレスをチェリーに着つけてもらった。


「どうしたの、オニキス母さま?」

「パールを怒らせた」

「ええっ!?」


 あまりに衝撃の告白に、ルリが素っ頓狂な声を上げた。


「わたし、パール母さまが怒るの、みたことないよ……」

「たまにある……百年に一回くらい……」

「百年に一回の、だいじけんってこと……?」


 ルリの表情が、どんどん神妙なものになっていく。

 ドレスの着付けが終わり、オニキスさんはソファにちょこんと腰掛けた。相変わらず無表情ではあったが、どこか覇気がなく、いつものオニキスさんからは想像がつかないほど、肩を小さく縮めていた。


「オニキス母さま、なにをしたの……?」

「屋敷の飾り付けに夢中になりすぎて……寝床まで埋めてしまった」


 ルリの問いかけに、オニキスさんはぽつりとそう答えた。

 オニキスさんとパールさんの住まいである「屋敷」に行った時、パールさんが「飾りの全てはオニキスさんの趣味だ」と言っていたのを思い出す。屋敷が洒落た飾り付けでいっぱいだったことを思い起こすと、十分にあり得る話だと思った。


「ああー……まあ、ねるのは、だいじだもんねぇ……?」


 ルリはそう言いうものの、何だか納得いかない顔をしている。確かに、百年に一度の「だいじけん」にしては理由が小さすぎるように感じた。

 私は部屋に流れる気まずい雰囲気を払拭しようと、明るい声を出す。


「とりあえず、外の空気でも吸いながらお話ししますか?」


 肩を落として小さくなっているオニキスさんを、私たちはひとまず外に連れ出すことにした。




 私たちは、城下町とは反対側の、川沿いの道を歩き始めた。昔、ルリと海へデートに行ったときに通った、人通りの少ない道だ。オニキスさんの話を落ち着いて聞くのにいいと思ったのだ。

 川の水面が、太陽を受けてきらきらと輝いている。水の流れる音が心地よく耳に響いた。


「……ねえ、オニキス母さま? なにか、べつのことで、なやんでる?」


 ルリが歩きながら、オニキスさんの顔を覗き込むように尋ねた。オニキスさんは一瞬、言葉に詰まったようだったが、やがて、わずかに口角を緩ませた。


「……ルリには敵わない」


 オニキスさんは歩みを止め、川の水面を眺めながらそっと呟いた。


「……ローズに嫉妬した」

「ローズ母様に?」


 その意外な言葉に、私は思わず驚きの声を上げた。


「……パールとはもう千年以上連れ添っている。私が一番長くパールと一緒にいると自負していた」


 オニキスさんは、そう言って少し視線を落とした。以前アメジストさんが、「母さまたちほど長寿な人魚は珍しい」と言っていたことを思い出す。千年以上もの長い年月を共に過ごしていれば、誰よりも長くパールさんと一緒にいると、そう信じ込んでしまうのは当然だろう。


「そこに……私の知らないパールを知っているローズが現れた」


 私は、先日の城の温室で聞いたパールさんの言葉を思い出す。「ローズと私が最後に会ったのはオニキスと出会う前」と、そう言っていた。

 まさか、自分が出会う前のパールさんを知る存在がいるなんて、オニキスさんは思いもしなかったのだろう。


「……私は独りで生まれた」


 オニキスさんが静かに放ったその言葉を、私はすぐに理解することができなかった。


「えっ……? 産んでくれたお母様は……」

「人魚は卵生だからそういうことが稀にある。殻を破った時、周りには誰もいなかった」


 人間の赤ちゃんは独りで生まれてくるなんてあり得ない。産まれた時には必ず産みの母が側にいる。

 独りで生まれ、誰にも守られず孤独に生きる……そんな想像もつかない寂しさが、私の胸を締め付けた。


「独りで、おそらく十年ほど生きた。その時の私は言葉も知らぬ野生児だった」


 オニキスさんは、まるで他人事のように淡々と語った。しかしその言葉の裏にある、想像を絶する孤独と辛さが、私には痛いほど伝わってきた。教えてくれる親がいないのだから、言葉を知らないのは当然だろう。


「そうして……パールと出会った」


 そう言ったオニキスさんは、昔を懐かしむように、少し表情を柔らかくしていた。


「パールは私に言葉と愛を教えてくれた。パールにとって私は子のようなものだから、つがいになりたいと言ってもなかなか聞き入れてくれなかった。百年ほど生きたところで、ようやくつがいになれた」


 その時まで孤独な人生を歩んだオニキスさんにとって、パールさんとの出会いは、まさに世界を救う光だったのだろう。パールさんが広大な海でオニキスさんを見つけてくれて、そして愛してくれて本当に良かったと、心からそう思った。


「千年生きて、私の人生は殆どパールと共にいた。だが、これほど永く生きて尚、まだパールの人生の半分以上に私はいない。……それがたまに寂しくなる」


 たとえこれから何年生きても、パールさんの人生全てをオニキスさんが埋めることは、永遠に不可能だ。過去は変えることができないのだから。

 どうしようもないその事実を、オニキスさんは歯痒い思いを滲ませながら語った。


「私の知らないパールを知っているローズが気になって……気を紛らわせるために屋敷を飾り付けして、寝床まで埋めてしまった」

「パールさんが、怒ったのは……」

「うじうじするなと……そう言われた」


 パールさんが怒ったのは、飾り付けにより寝床が使えなくなったことではなく、それほどまでに、オニキスさんが、思い詰めてしまっていること。パールさんはきっと、そんなオニキスさんを、愛ゆえに深く心配しているのだと、私はようやく理解した。


「もー。オニキス母さまは、むずかしく、かんがえすぎだよ」


 ルリが、オニキスさんをそっと抱きしめた。その優しさで、オニキスさんの沈んだ心を溶かしてゆくようだった。


「気になるなら、聞けばいいじゃん。一人でそうやってるから、パール母さま、おこるんじゃない?」


 しかしオニキスさんは暗い表情のまま、静かに首を横に振る。


「私が知らないパールを知るのが……怖い」


 過去を知れば、愛を疑ってしまうかもしれない。そんな不安に、オニキスさんは怯えているようだった。


「でもそれも、オニキス母さまが愛する、パール母さまでしょう?」


 ルリはオニキスさんを抱きしめているのをそっと離し、ぴょこんと私の側にやってきた。そして、私の手をぎゅっと握る。


「……わたしは、わたしが知らないサクラを知ったら、うれしくなっちゃうよ! だって、あたらしいサクラを、また好きになれるもん!」


 ルリは陽だまりのような笑顔でそういった。そのあまりに純粋な愛の言葉に、私の心臓は止まりかけた。

 ああ、ルリは私に、こんなにも真っ直ぐな愛をくれるんだ。そう思うと、胸の奥から温かい気持ちがこみ上げてきた。


「それに、過去に何があっても、パール母さまはオニキス母さまを、千年以上、たった一人の伴侶にえらんでるんだよ……それって、とっても、すてきじゃない?」


 そのルリの言葉は、オニキスさんの心の奥深くに突き刺さったようだった。オニキスさんは、はっとした表情で、しばらくの間呆然としていた。


「……やはり、ルリには敵わない」


 そう、いつもより少しだけ優しい顔をして呟いたオニキスさんの表情は、もう、迷いなく澄み渡っていた。




「むむ……なんか……仲直り、したみたい!」


 「パールと改めて話をしてみる」と言ってオニキスさんが帰っていった次の日の朝、ルリはまた、水場に手を翳してオニキスさんと連絡を取っていた。


「そう……よかったわね、本当に」

「ねー! だれがどう見てもラブラブなのに、じぶんは気づいてないんだから!」


 そう呆れたように笑うルリの笑顔からは、安堵の気持ちが漏れ出ていた。


「ふふっ……千年も一緒にいるって、どんな感じなのかしら」

「んー? どうなんだろうねー? でも……」


 ルリはそう言うと、私のことをぎゅっと抱きしめた。


「千年もいっしょにいなくても、わたしとサクラは、おなじくらい、ラブラブだよ〜!」

「もう……」


 「ルリには敵わない」……オニキスさんが言っていた台詞を、私も胸中で繰り返したのだった。

オニキスさんの話でした。

当初は「黒だし、とりあえず寡黙なキャラにしとくか……」ぐらいの感じだったのですが、最終的にとてもいいキャラに仕上がってくれました。


明日はアヤメとスフェーンの話です。スフェーンさんの話をだいぶお待たせしてしまいました。


※ムーンライトノベルズに、オニキスさんとパールさんの話(話数は39.5話)を公開中です

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