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人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜  作者:
第二章 人魚の里

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34. 絶望に差す一筋の希望の光

「私はここで里へ影響が出ないように、アビス・ゲイザーの放つ波を打ち消す。オニキス母さま、パール母さま、アビス・ゲイザー本体は任せました」


 アメジストさんはそう言って、守りの体勢になった。

 まるでその言葉に呼応するように、あたり一帯の海水が震えだす。先ほどと同じような衝撃波が来る予兆だった。


「……っ!」


 アメジストさんが片手をあげると、水魔法が発動し、迫りくる衝撃波を相殺する。こうやって、先ほども私のことを助けてくれたのだと理解した。その繊細でいて力強い光景に、私は息をのむしかできなかった。


「ルリ、水魔法が使えないサクラを守ってあげるんだよ」

「……うん、わかった。アメジスト姉さまも、気をつけて! サクラ、私からぜったいに、はなれないでね」


 ルリが私の手を掴み、自分の腰に回して、私の身体を引き寄せた。促されるままにぴとりとくっつくと、ルリの温かい体温を感じて、張り詰めていた心がふっと軽くなるのを感じた。私がルリの腰にしっかり抱きついたのを確認して、ルリは泳ぎ始めた。




 ルリは、時折襲ってくる波の衝撃を、最低限の水魔法で器用に打ち消しながら進んでいく。視線を周囲にやると、オニキスさんや、パールさんも、同じように水魔法を操っていた。水魔法を手足のように自在に操る様子に、私はただ感心するしかなかった。


(これは……私、完全にお荷物だわ)


 私はそもそも水魔法が使えないし、唯一使える時魔法も魔力切れで使うことができない。こうしてルリに密着していなければ、この強い水圧ですぐに流されてしまうだろう。その事実に、私はただ歯痒く唇を噛み締めるしかなかった。今の私は文字通り「荷物」でしかない。

 アメジストさんと一緒に残ったほうがよかったかも、と思うが、それはそれでアメジストさんの邪魔になる予感しかなかった。私という存在自体、マイナスにしかならないのである。


「サクラ! サクラはいっしょにいるだけで、わたしは元気になるんだから……とっても、役に立ってるんだからね!」


 不意にルリが、太陽のように笑ってそんなことを言った。私の考えなんてお見通しみたいだ。


「ふふ……そうね、ごめんなさい。少し弱気になってたみたい」


 ルリの腰に回している腕に思わずぎゅっと力を込める。私の気持ちが伝わったのか、ルリは私の頭を大きな掌で優しく撫ででくれた。




 ()()は、最初は、ぼんやりとした黒い靄のように見えた。だんだんと近づくにつれ、その巨大さがわかってくると、心臓が凍りつくような恐怖に襲われた。


「アビス・ゲイザー……おおきすぎない!?」


 その大きさを正確に把握できた時、ルリは叫んだ。

 一般的な鮫からは想像もできない、鯨の五倍はあろうかという巨体が、目の前に立ちはだかっていた。まだ睡眠から完全に覚醒していないのか、その動きはとてもゆっくりだ。しかし、海中を漂う巨大な山脈のようなその巨体がほんのわずかに動くだけで、周囲の海水がとてつもない力で押し流され、衝撃波となって私たちに襲いかかる。まだ、たまにしか動かないので助かっている。あれが本気で暴れ出したら、この一帯は崩壊してしまうだろう。


「オニキス、また、眠らせられるかしらぁ?」


 パールさんが言う前から、オニキスさんは既に目を閉じて、魔力を練り上げるのに集中していた。しかしすぐにその閉じていた目を開き、小さく首を横に振った。


「……無理だ」


 オニキスさんが吐き捨てるように、短い否定の言葉を放った。その表情はいつものように感情がなかったが、少し苛立っているようにも感じた。


「なんなの、この、イヤな魔力……。ねてるだれかに、起きてってささやいてるような……、そんな力をかんじるよ……!」


 ルリも焦って言う。周囲に漂う負の魔力。その魔力は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とでも言うのだろうか。


「眠りを阻害する強い意思。この負の魔力の中では、眠らせられん」

「何よそれぇ……。ずるいわぁ……!」


 オニキスさんの言葉に、パールさんが悔しそうに表情を歪める。いつも穏やかなその顔に、はっきりと焦りの色が浮かんでいるのがわかった。


「ルリ……あいつに時止めの魔法をかけられる?」


 時止めの魔法をかけることができたら、魔力の補充を阻害して、アビス・ゲイザーの弱点である核を守る結界を破壊することができる。その望みにかけてルリに聞いた。しかし私は、ルリの返答聞く前から、その渋い表情と、ほんの少しだけ揺れる瞳を見て、なんとなく答えを察してしまっていた。ルリのこれほどまでに難しい表情は、あの寄生花と戦っている時にすら見ることはなかった。


「……ざんねんだけど、むりだねぇ……。おおきすぎるよ。魔力がたりない。時魔法をつかうためのサクラの魔力は、サクラからもらった分しかなくて、海水からだと回復できないから……。ちょっとの時間でいいなら、かけることはできると思う。でもきっと、すぐ解けちゃう。ケッカイがこわれるまで、たえられない」

「……っ」


 ルリの言葉に、私はただ息をのむ。その巨体を前にしては、ルリの魔法のセンスでもどうにもすることができない。頭の中が真っ白になるのを感じた。


 ありとあらゆる可能性は閉ざされ、皆が絶望に沈んだ、その時。


「サクラお姉様、ルリお姉様!」


 背後から聞こえた、聞き慣れた声。一筋の光が差し込んだかのように、はっとして振り返った。

 そこにいたのは、アヤメと、なぜだか親しげに密着しているスフェーンさんだった。


「アヤメ!?」

「スフェーン姉さま!?」


 私とルリは、思わず叫んだ。目の前にいる二人から漂う親密な雰囲気に、驚きを隠せない。つい先程まで私に拒絶の言葉を放っていたスフェーンさんが、まるで憑き物が落ちたように穏やかな顔をしている。いろいろな疑問が頭を駆け巡るが、今はそれを聞いている場合ではない。それは後で問いただそうと決意する。


「アヤメ、どうしてここに?」

「里にいたら、とてつもない気配を感じたので、来たんです……! スフェーンが波から守ってくれました」


 いつも人の名を呼ぶ時は必ず「様」をつけるアヤメが、親しげに「スフェーン」と呼び捨てにしているのが気になって仕方がないが……今はそれどころではなかった。


「サクラ、私、あなたに酷いことを……。でも、謝るのは、後にするしかなさそうね」


 スフェーンさんは、アビス・ゲイザーの巨体を見あげながら言った。

 実際、絶望的な状態は変わってはいなかった。アヤメも時属性魔法が使えるが、私と同じように魔力は有限だ。ルリ一人で魔力が足りないという状況が、二人になったところで解決するとは思えなかった。しかし不思議と恐怖心は薄れていた。アヤメがそばにいるだけで、なぜだかとても頼もしく感じたのだ。


「あいつに、時止めの魔法をかけたら、たおせるかもしれないんだけど……。魔力がぜんぜんたりなくて……!」


 ルリの言葉に加えて、現状を簡単にアヤメとスフェーンさんに伝えた。改めて話しながら、絶望的な状況だと再確認した。スフェーンさんの顔も、みるみるうちに青く染まってゆく。

 しかしアヤメだけはただひとり、アビス・ゲイザーを真っ直ぐに見つめていた。そして、皆の絶望を打ち消すような、希望の言葉を口にした。


「……あの巨大な鮫を、時止めの状態にして、それを維持したらいいんですのね? 私、できるかもしれません」


 その言葉に、皆の表情が明るくなった。


「ええっ!? アヤメ、すごい! どうやるの?」

「先ほどスフェーンに、付与魔法を見せてもらいました。付与魔法は、一度付与さえできたら、周りの魔力……海水の魔力を使って、維持することができます。時止めの魔法を『付与』したら……時止めの状態を維持、できると思います」


 アヤメは少し不安そうながらも、はっきりとした口調で、自分の頭の中にあることを説明してくれた。


「理屈は通ってるわ。でも、付与魔法は、付与したい魔法に加えて、付与魔法そのものの適性もないと使えないのよ。私は時魔法が使えないから、時魔法の付与はできないわ。アヤメ、あなた、時魔法と付与魔法の両方の適性があるの?」


 スフェーンさんがアヤメに問いかける。


「アヤメが使えるのは、時魔法と火魔法よね……」


 私の知っている限り、アヤメが使えるのは、ローズ母様から与えられた適性である、時魔法と、わずかな火魔法だけだった。しかし、アヤメは、驚くことを口にした。


「私が時魔法と火魔法を使えるのは、ローズ母様の力を与えられているからです。これは……信じてもらうしかないのですけれど、私は今、ローズ母様と同じように、スフェーンとも、心……魂で繋がっているのを、はっきりと感じているのです。今の私なら、スフェーンに与えられた力で、付与魔法が使えるはずです。私を……信じていただけますか?」


 皆がアヤメの言うことを理解するのに時間がかかり、一瞬の沈黙が流れた。それを打ち破ったのは、オニキスさんだった。


「アヤメ、できるんだな?」

「ええ、やって見せます。必ず」


 オニキスさんの言葉に、アヤメは微塵も揺るがない瞳で真っ直ぐに見つめ返した。その小さな身体から、とてつもない強い意思を感じた。


「なら、信用する。任せた」


 オニキスさんは疑うことなく、アヤメを信頼してくれた。

 こうして、私たちは、一筋の希望をアヤメに託すことになった。

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