32. 愛の鼓動
私の魔力を空っぽになるまで吸い取ったルリは、真っ白だった顔にうっすら赤みが戻っていた。
「サクラ、ありがとう〜! だいすきだよっ」
「もう、調子がいいんだから……」
そう言って元気になったルリは、ぎゅうっと私に抱きついてくる。先ほどまで弱々しかったルリを思い出し、温かな体温と、いつも通りの天真爛漫な声に、私は安堵のため息を漏らした。
「わっ! サクラの魔力をもらうのに夢中できづいてなかったけど、またイヤな魔力がいっぱいになってる……?」
ルリが動きを止めて、遠くを警戒するように見つめた。
「あれ、でも、もう出るのは止まったみたい」
ルリの見つめる先には、一人の人魚の背中から、もう一人がそっと腕を回して、優しく抱きしめる姿が見えた。
「あれは、アヤメと、スフェーンさん……?」
「そうみたい。アヤメがスフェーン姉さまを助けてくれたのかな」
そんなことを話していると、アヤメとスフェーンさんは連れ立ってどこかへ行ってしまった。
「これで、解決……なの?」
「いや、まだ……みたい。これは……」
ルリはさらに遠くを見つめた。私には何も見えなかったし、感じることもできなかった。しかし、ルリの表情がだんだんと険しくなっていくのを見て、ただならぬ事態だと悟る。
「なんか、すごく大きい……なにかが、目覚めかけてる。わたしだけじゃダメそう。オニキス母さまに出てもらわないと、むりだね……。サクラ、ついてきて」
そう言ってルリは、私の手を引いて、再び屋敷へと向かった。
アヤメがスフェーンに案内された先には、貝でできた小さな家があった。光る小瓶やガラス細工がささやかに飾られていて、温かみがある洒落た雰囲気だった。
「ここ、私の家」
スフェーンが少し照れくさそうに、俯きながら言った。
「お招きいただきありがとうございます。お邪魔します」
中には、色とりどりの貝殻やガラス瓶、それにいろんな道具が綺麗に並べられていて、まるで工房みたいだと、アヤメは思った。
「わあ……これは飾りの材料でしょうか」
並べられた貝殻やガラス瓶に触れないように気をつけながら、アヤメは物珍しそうに顔を近づけて眺めた。
「物を作るのがお好きなのですか?」
「ええ、まあ……。里を綺麗に飾ると、母さまたちが喜ぶから」
アヤメがきらきらとした目でスフェーンの方を向いて尋ねると、スフェーンは恥ずかしそうにそっぽを向いたまま答えた。そのぶっきらぼうな様子からも愛らしさを感じ、アヤメは目を細めた。
「では、里の飾りはスフェーン様が?」
「ええ、殆ど、私の作品よ」
「そうだったのですね。ずっと、温かくて、素敵な飾りだなって思ってたんです」
アヤメが純粋でまっすぐな言葉で褒めるので、スフェーンは胸の奥のあたりがむず痒くなるのを感じた。
「そんな風に褒めてくれたの、あなたが初めてだわ。……ふふ、ありがとう」
スフェーンはそっぽを向いたままだったが、少しだけ表情が緩んだのを、アヤメは感じた。
「そうなんですか? こんなに綺麗なのに……」
「みんな、里の飾りは、当たり前にあるもののように思っているから……。そんな風に、心を込めて褒めてくれるなんて、嬉しいわ」
スフェーンは照れたようにはにかんでお礼を言った。その表情が、ふと陰る。
「私は、そんなに魔法技術に優れているわけじゃないから、こうやって細々と飾りを作るぐらいしかできないのよ。オニキス母さまやルリみたいに、空間魔法が使えたら便利でしょうけど」
「そんな、付与魔法だって、素敵な魔法です!」
まっすぐな目でアヤメがそう言うと、スフェーンは照れたように微笑んだ。
「ふふ、ありがとう」
スフェーンは微笑みながらそう言うと、アヤメの髪を優しく撫でた。
「付与魔法について興味があるんだったわね。と言っても、適性がないと使えないのだけれど。アヤメは、どうかしら……。イメージは、自分の力を切り離して、貸し与える感じ。こんな風にね」
スフェーンが指先に魔力を集中させると、小さな光の粒が生まれ、きらきらと輝いた。それは、まるで夜空に輝く星のようだった。その光を、ステンドグラスのような飾りがついた小瓶の中に入れる。きゅっと蓋を締めると、光る小瓶が完成した。
「わあ、綺麗です……!」
アヤメは、きらきらした目で瓶を覗き込んだ。瓶の飾りが中の光に照らされて、色とりどりの光を放つ。その光がアヤメの白い瞳に映り込み、色鮮やかきらめいた。その輝きがあまりに綺麗で、スフェーンは思わず息をのんだ。
「ありがとうございます、スフェーン様」
そう目を細めて言うアヤメと、もう少しだけ親しくなりたい。スフェーンはそんな風に思った。
「……様は、要らないわ」
「では、スフェーン……さん、と?」
「何も要らない。スフェーンと、名前で呼んで」
スフェーンが吸い込まれそうなほどまっすぐな瞳でアヤメを見つめながら、その頬にそっと触れた。スフェーンの細い指先から感じる温かさに、アヤメは自分の鼓動の音が大きくなっていくのを感じた。
「ええと、……スフェーン、ありがとうございます」
何度か呼んだ名前なのに、敬称を外しただけで、とても特別なことのように思えてしまう。そのことにとても気恥ずかしさを感じて、アヤメは頬が火照らせながら、照れたように微笑んだ。
「……ふふっ、私、人を呼び捨てにしたの、人生で初めてです」
「あら、アヤメの初めてをもらえるなんて、光栄だわ」
二人は見つめ合って、微笑みあった。
「ねえ、アヤメ。私、あなたよりずっと……ずうっと、長い時間を生きてきたのだけれど。こんなに胸が高鳴るの、初めてなの」
スフェーンはアヤメの手を取り、自分の胸へと押しやった。その手から、スフェーンの温かな体温とともに、驚くほど激しい心臓の鼓動が伝わってきて、自分だけがどきどきしているのではないと実感し、アヤメは不思議な安堵を覚えた。
「そうですね、私も……、スフェーン……といると、心臓が、ドキドキしてしまって……。でも、なんだか、あなたと出会うのが運命だったみたいな、不思議とそんな風に、思うんです」
そのまま自然と手の指を絡ませながら、アヤメもスフェーンの言葉にに応える。二人の気持ちが重なっていくのが嬉して、アヤメは胸がいっぱいになった。
「奇遇ね、私もよ……。これは、運命だと……そう思うの」
スフェーンは、その細い指で、アヤメの真珠のように白い髪を梳いた。
「アヤメの髪は、綺麗ね……月明かりみたい」
髪を梳いた手を、そのままアヤメの腕に這わせ、手を取る。
「髪の一本、指の先まで……あなたの全てが、愛おしいわ」
アヤメは、色とりどりにきらめくスフェーンの瞳に、吸い込まれそうな感覚になった。
「スフェーン……。あなたの瞳も、とても綺麗です。ほら、ランプの光が反射して、色とりどりに光っています。肌も、真珠みたいに、とても綺麗で……」
アヤメの指が、スフェーンの下のまつ毛に少し触れて、そのまま頬を撫でていく。そしてそのまま、スフェーンのふっくらとした赤い唇に、確かめるようにそっと触れた。
「ここが、気になるかしら?」
スフェーンが目を細めて、アヤメをからかう。
「ふふっ、気にならないといえば、嘘になります……」
アヤメは照れながらも、微笑んでそう応えた。
「いいのよ、ほら」
スフェーンが愛おしそうに目を細めたあと、静かに目を閉じる。アヤメは、その閉じた瞳の奥に、自分へのまっすぐな気持ちを感じとった。
スフェーンが欲しい。胸の奥から沸き上がる熱い思いに突き動かされるように、アヤメはそっと唇を重ねた。
その瞬間、アヤメは身体の芯が熱くなるのを感じた。まるで、スフェーンと魂で繋がっているかのような、そんな感覚に陥った。そしてそれは、とても心地の良い感覚だった。
ちょっと、展開が早く感じたらすみません。もう少しゆっくり進展させたかったのではあるのですが……。ともあれ、アヤメとスフェーンさんカップル誕生です。




