【12】魔法をちゃんと発動させてみる
少し私から距離を取り、アルフ兄は掌を上に向け片手を出した。
「エルが持ってる属性の初級魔法を放つから見ててね。まずは、ファイアーボール」
『ファイアーボール』と言葉を発すると、掌の上にバスケットボール大の炎の球が現れた。
炎の球は、近寄ると轟轟と音が聞こえそうなほどの勢いで、円形状に燃え盛っている。
真顔でその魔法名を言うの恥ずかしくないのかな?と思いつつも、掌の上に浮かんでいる炎の球に素直に感激する。
「おおっ!凄いです」
私の言葉にアルフ兄はニッと笑い的に向かって放つ。的はバシュと音をたて的は砕け散った。
「次は、ウインドカッター」
風で出来ているソフトボール大の円月輪のような物が、いくつか掌から浮かび上がった。
一つ一つが『風』なのに刃物のような鋭さを感じさせる。
「わぁ」
「最後に、ライトニングボール」
野球ボール位の大きさの球が、掌から宙にいくつか浮かんだ。どれも大量の稲妻をギュッと凝縮させたような見た目で、バチバチッと音を立てている。
アルフ兄は魔法を次々発動させ、それぞれ全ての魔法を見事に的に当てた。
いつの間にか室内訓練所にいた魔導師団員や訓練生が遠巻きに見物している。
訓練生達も「おぉー」と声を上げていた。
私も表情には出ないが、興奮MAX状態だ。
「凄いです。カッコいい」
兄の中では『カッコいい』は予想外の言葉だったようで少し頬を赤く染めたが、私の表情を見て何か思うことがあったようで、私の顔をマジマジと見ながらクスクスと笑い始めた。
「驚いているんだなってことと、今の言葉は嘘じゃないってことは何となく分かるよ。でも表情変わらなすぎだよねぇ」
ドキッ!として顔が引き攣った。
私が前と違うってことに何となく気づいてるのか・・・そりゃそうだよね、元のエルファミアなら兄のカッコいい姿見たらきっと輝くような笑顔になるはずだし。
アルフ兄と私、お互いの腹を探り合うかのように視線を合わせる。
何となく先に逸らしたら負けのような気がして、眼に力を込める。と、同時に自然と眉にも力が入る。
きっとガン飛ばしてるような見た目だ。
そして額に変な汗が薄らと浮かんできた。
「ククッ、エルは面白いなぁ。そんなエルも好きだよ」
やっぱりアルフ兄は、何か思う所があるのは確かみたいだ。
「さ、今度はエルの番だよ」
一瞬何が私の番?と思ったが、今は魔法を教わってる途中であった。
「魔法は仕組みを理解する事も大事だけど、想像力も大事なんだ。エルの場合は理解をすっ飛ばして、完全に想像からの発動だったよね。なかなか想像だけで発動する人も珍しいんだよ」
理解か・・・面倒くさそうだ。
「まず炎の球体を想像して、掌の上に出してみよう。発動の際に魔法名を発すると、より具現化しやすいよ」
まさかあの恥ずかしい名前を口に出さないといけないのか。
「名前って、あの、ファ、ファイアー、ボ、ボールとか言ってたやつですか?」
ファンタジー小説では良く目にする魔法名だが、活字を読むだけなら恥ずかしくない。
でもそれを声に出すと途端に恥ずかしい。
前世の日常では一切口から出てこない言葉だ、馴染みがないから余計に気恥しくなる。
しかもギャラリーが多いし。
きっと少し顔が赤くなっているに違いない。
「そう、でもその名前は絶対って訳じゃないから無言で発動する人もいるよ。ただ魔法名をしっかり声に出して言葉にした方がより威力は高くなる」
「なるほど」
言霊みたいなもんかな?
「名前は何でも、ちゃんと発動された魔法がファイアーボールなら問題ないってこと」
フムフムと頷きながら、ファイアーボール以外の名前で行こうと心の中で勝手に決定した。
さっきアルフ兄も言っていたが、要は炎の球だ。普通に火の球とかで良さそうだ。
よし、一度頷いて兄を見る。
掌を前に出して想像した。
「炎球」
自分の中で決めた名前を発したと同時に、掌に魔力が瞬時に集まり見事に発動した。
「「ん?」」
見物してる周りも「え?」とか「は?」とザワついたのが分かった。
私も兄も思わず掌に浮かんだそれに、顔を近づける。
掌の上に浮かんでいるのは確かに火の球だ。
だが「ちっさ!」思わず叫ばずに居られない程の小ささだ。
兄も想定だったのか目を見開き、無言で小さな火の球を凝視している。
ビー玉サイズのファイアーボールである。
ギャラリーから少しクスクスと笑う声が聞こえた。ビー玉サイズを馬鹿にされたようだ。
「えっと、見た目ちゃんとはファイアーボールだね・・・ちょっと小さいけど問題なさそうだ」
ちょっと?ちょっとじゃないよね。
小さすぎは問題ではないのだろうか。
「と、とりあえず的に向かって放ってみようか。しっかり的を狙ってね」
兄の言葉に一度頷いてから、的の方角に向いた。
小さい火の球を的に向かって、狙いを定めデコピンでもするように中指で弾き飛ばす。
前世で読んだファンタジー小説に出てくる魔法は、どれも『魔法は派手にぶっぱなす』というイメージだったが、私の魔法は全く違った様子だ。
指で弾いて勢い良く飛んでいった火の球は見事にバシュッと音をたてて的に当たった・・・え?当たったよね?!
あれ?と思い瞬時にアルフ兄を見た。
アルフ兄も同じ事を思ったらしく、こちらを見た。
ギャラリーも「外したのか?」「当たったのか?」とコソコソと話している。
アルフ兄と揃って無言で的まで駆け寄って、当たったはずの的をアルフ兄が手に取り、二人で覗きこんだ。
的には、中心から少し外れた場所だが当たってはいる。
当たっているが・・・何だこれ。
普通はさっきのアルフレッドの魔法のように、的に当たると弾けたり、的が砕け散ったりするのが一般的だ。
私の当てた的は、何故かライフルで撃ち抜いたように穴が開いている。
アルフ兄は驚愕の表情で固まり、ギャラリーは静かになった。
私いつからスナイパーになった?
・・・いや、それはそれでありだな。前世でスナイパーに憧れたことあったし。と内心ニヤッとした。
気を取り直して、風と雷も『風月輪』『雷球』と名付けて発動したが、どちらも火と同じくビー玉サイズでライフル仕様だった。
風の球の時には、まだ少し驚いていたアルフ兄も、雷の球の頃には全く動じなくなった。
ずっと驚愕の表情だったギャラリーは見終わると、兄妹揃って凄いなー!とまたザワつき始めた。
ザワついてないで、とっとと訓練しろや
心の中で叱咤した。
そう言えば、と思い出し「はい」といきなりアルフ兄に向かって挙手した。
「な、何?急に」さすがに動揺したようだ。
「アルフ兄様、身体強化を覚えたいのですが、私でも出来ますか?」
あぁ、そんなこと。と言いたげな顔になり、少し息を吐いた。
「身体強化は自分の魔力操作がしっかり出来る人なら誰でもすぐ覚えられるよ」
すぐ出来るんだ?!
「強化したい場所、例えば脚を強化したい時は、脚に魔力を巡らせるんだ。エルは魔力を全身に巡らすことは出来たんだよね?」
首を縦に振り、頷いた。
「なら簡単さ。全身に巡らすんじゃなく、脚だけに魔力を集中せる感覚だよ」
「なるほど」
早速、感覚を覚えて筋肉を育てるためにマスターしなければ。
アルフ兄と話していたら、訓練所の入口から「おーい」と何やら聞き覚えのある声がし、入口の方を向くと、今朝ぶりのアデレ兄がこちらに手を振っていた。
「あーアデレ、遠征ご苦労さま」
アルフ兄が手を振り返しながら、労いの言葉をかけた。
「アデレ兄様、ご無事で何よりです」
ペコりと頭を下げた。
私の言葉の直後にアデレ兄は固まった。
アルフ兄はプッ!吹き出した。
あ、ご無事で何よりって8歳の子供が言う言葉じゃないよね
言ってから失敗したことに気づいた。
訓練所でアデレ兄が合流したので、結界付近の捜索結果の話を聞いていると、ギネス師団長が訓練所に入って来るのを目にしたアルフ兄が声をかけた。
「ギネス師団長、報告終わりましたか?」
「えぇ、どうやら何もなかったようですね。感知した団員の話ではかなり強い反応だと聞いたのですが」
ギネス師団長は片眉を上げ、首を傾げる。
「みたいですね、いま僕もアデレから聞いたけど・・・暫くは警戒した方が良さそうだなぁ」
「ですね。当分の間は日々定期的に偵察部隊を出すのが良いかもしれませんね。きっとジェイルズ総師団長も同じ考えかと」
この世界の魔物や魔獣のことは、まだ詳しく分からないけど、何だか厄介そうな案件ね
「ところで、エルファミア嬢の魔法訓練の進み具合いはどうなりましたか?」
唐突に話題が変わった。
瞬時にアルフ兄の眼光が鋭くなり、ニヤッと口角を上げる。
「ふふふっ、ギネス師団長やっぱり気になるよね?きっと見たら驚くよ!?」
ビー玉サイズだしね、そりゃ驚くよ
「え!アルフ様のそのお顔!物凄く気になります!が・・・あまり遅くなってもいけませんしね」
気がつけば、だいぶ陽が傾いてきている。
そして小腹も空いている。
おやつの時間はとうに過ぎているようだ。
「あ、そうだね。そろそろ邸に戻らないと」
「エルファミア嬢、明日もお待ちしておりますよ」
ギネス師団長がニッコリと微笑んだ。
「え、あ、はい、明日もよろしくお願い致します」
だからその微笑みが怖いって