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銀河鋼神アルスマグナ  作者: 謎埴輪
第一章:双子星に眠る陰謀
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6.侮辱の代償

すみません、遅くなりました。

 海賊たちからのオープン回線での侮辱。

 それを聞いたシンは、笑っていた。そしてこちらもオープン回線を開き、侮辱に対して返答する。


「はっはっはっは。いやあ懐かしい言葉じゃあないか」


 シンの、では無くプレイヤー(造物主)の記憶の中には、人機連加入当時の記憶が残っている。

 それはまだ人機連が発足して間もない頃の記憶であり、メンバーも自分を含めて三人だけだった頃の話だ。

 ゲームシステムによってサポートされてないため複雑な操作を強制され、推進剤の都合上機体の小型化は進まず、それでいて内部構造に余裕がなく強力な機関をつめない。さらに関節や伝達系があるため、航宙戦闘機に比べてどうしても物理装甲を厚くできない。

 そんな数多くの欠陥を抱えたまま、戦って負け、反省し研究し最適化し訓練し、また戦って負ける。人機連の歴史は、その繰り返しによる、欠陥克服の歴史であった。

 もちろん実際の戦闘の記憶はない。だが、当時プレイヤー(創造主)が、寝ても冷めても人型機動兵器のことばかり考え、繰り返し繰り返しリプレイを見続け、博士(はくし)ゅんやまぐっさんとディスカッションを重ねた記憶は、しっかりと刻まれている。

 そして負け続けた当時、PvPで対戦相手から『勝ち星タンク』などと馬鹿にされた記憶もあるし、そいつらを一人一人上回っていく過程も全て覚えている。

 つまり馬鹿にされることなど慣れているのだ。加えていえば、もっとひどい言葉で罵られたことなど、数えるのも馬鹿らしくなるくらいある。

 だが。


「だが殺す」


 シンはにこやかな笑顔で吐き捨てる。慣れていることと、それを許すかどうかというのは、別問題なのだ。

 レーダーサイトを頼りに最初の生贄を探すと、突出していた三隻の戦闘艇のうち、さらに一隻が先頭を追い抜いて突出してくることを確認した。最初に先頭だった艦は、なぜか軌道が乱れ、その修正のために少し減速し、そのため二隻目に追い抜かれたようだ。ひとまず便宜上、今先頭の戦闘艇を一番艦、追い抜かれた艇を二番艦、最後の艇を三番艦、後に控える軽巡を旗艦と呼称することにした。

 ならばとばかりに最初の生贄(標的)を一番艦に定めたシンは、近づいてくる戦闘艇に向けて方向転換し、一気に加速を始めた。



 シンの言葉に驚いたのは海賊たちのほうだった。

 今までならここまで不利な状況だと、相手は恐怖で縮こまるか、自棄を起こして突撃してくるかのどちらかしか経験していない。

 だが今回の相手は、数的な不利をものともせず、侮辱も笑って受け流し、それでいて上機嫌な声色で殺意に満ちた言葉を放つ始末。

 しかも縮こまるどころか、人型兵器(お人形)は猛スピードで加速して、こちらに迫ってくるではないか。自棄を起こしたのではない。何らかの明確な意思を持った、迷いのない行動だと感じられる。

 その様子に、鈍感な彼らでさえ、なにか底冷えするような恐怖を感じてしまった。


「なら望みどおり殺してやるぁ!!」


 一瞬でも相手に呑まれそうになった心を、持ち前の頭の悪さで振り切り、シンの言うところの一番艦がビーム砲を撃ち放つ。


「……くそっ! ちょこまかと!」


 だがあたらない。

 いつの間にか機体を寝かせ、頭から突っ込むようにして加速する相手は、ビーム砲の光条をするりするりと避けてしまう。

 冷静に見れば、姿勢制御スラスターの数が違うことに気づけたかもしれない。しかも背面に装備された三層二連の大型スラスターが、それだけ別の生物のようにせわしなく動いているのも、見えたかもしれない。

 だが最小限の動きでビームを避けるその動きが、海賊たちからそんな余裕を奪い去っていった。


「狙いが甘いトリガーが早い腕が悪い!」


 機体を寝かせたまま、機体の全身に装備されたスラスターを微妙な操作で駆使して、リロード即射撃を繰り返す一番艦へと、マグナイザーが迫っていく。

 機体を水平に寝かせたこの状態は、実は航宙戦闘機よりも『細い』。その上リロード即射撃(一定のリズム)で撃たれるビームを避けるなど、初心者向けのリズムゲーよりも難易度は低い。

 しかも避けるたびに、微妙に膝を曲げ肘を曲げ肩を捻りして、ランダムな加速減速まで回避行動に入れている。

 さらに正面衝突軌道(ノーズトゥノーズ)で、高速で接近中とあらば、火器管制システム(FCS)による補正など追いつく道理はない。

 だから当らないのだ。そして互いの距離だけが、急速に縮まっていく。

 ならばと、海賊たちが次に取ったのは、対航宙戦闘機用のビームバルカンである。有効射程にはもう少し近づく必要はあるが、これならば連射力も申し分なく、全力で撃ち込めばいつかはあたるだろう。一度でダメなら交差の後を後詰に任せ、ターンして別の方向から十字砲火を浴びせればいい。

 だが海賊たちは一つ忘れていることがあった。

 シンが何を狙っていたのかを。


「……3……2……1……今っ!!」


 シンが叫ぶと同時に、回避中に敵艦から見て仰向けになっていたマグナイザーは、背面方向の全スラスターを駆使し、進行方向に対し垂直方向の加速をかける。

 それとほぼ同時に脚を振り上げ、さらに途中から上体を捻り、それらの慣性のみで機体に捻りを加えた縦回転を生み出す。

 無論そこは無重力の支配する宇宙空間である。慣性に任せたままでは、不恰好に回転しながら敵艦から離れていくところだが、機体が九十度回転した辺りから、今度は敵艦方向へ加速。二百七十度ほどの縦回転と、百八十度の捻り回転を終えたところで、敵艦へ直上から襲い掛かった。

 軌道だけを見れば、正にそれは伸身後方宙返り半回転捻りそのものである。

 そしてパイロットの意図通り、海賊戦闘艇一番艦を地面に見立て、マグナイザーが勢い良く着地。着地の衝撃を下半身と逆噴射で和らげつつ、うずくまるような姿勢でビームライフルを構えた。

 この一連の動作に驚いたのは戦闘艇の海賊たちである。なにせ敵機である人型兵器(お人形)が、バルカンの射程に入る直前で、彼等の視界から消えたのだ。

 そして何が起きたかを察する前に、彼らを縦方向の大きな衝撃が襲う。同時に艦内に鳴り響くのは、シールド同士が触れ合い干渉を起こしたときにでる接触警報。人類の叡智シールドとフェルトコートをもってしても、衝撃のすべてまでは殺してくれないのだ。

 最後に彼等が認識したのは、なおも開きっぱなしのオープン回線から響く、処刑の合図だった。


「この距離ならシールドも意味ないな!!」


 こうしてまさかと思うひまもなく、海賊戦闘艇隊一番艦のブリッジは、ライフルより放たれたビームによって艦体ごと撃ち抜かれた。


「次っ!!」


 一隻目は撃破したが、戦闘もシンのターンはまだ終わらない。戦闘艇が爆発するまでの僅かな時間を利用して、最初の生贄(地面)を蹴って一気に加速。海賊艦隊二番艦の進行方向に対し、大体垂直に飛び上がる。

 次の標的は二番艦。自身の魂の形といっても差し支えない、マグナイザーを侮辱した相手である。

 軌道予測は済んでいる。もし二番艦が進路を変えなかった場合、ちょうどぎりぎりで鼻先を掠める軌道を取って、シンは敵艦の進路上へと飛び込んだ。


「うわあっ!!」


 あえて開きっぱなしにしていたオープン回線から、海賊どもの悲鳴が聞こえてくる。

 このままでは衝突の危機だから、悲鳴もやむなしではある。宇宙船同士の衝突は、致命的なダメージにこそならないものの、その衝撃は内部機構(※乗組員含む)に無視できないダメージを引き起こす。マグナイザーのような、格闘戦(殴り合い)まで想定した変態機とは、決して一緒にしてはいけないのである。

 だから敵艦は回避行動を取る。減速し、シンから見て下方向へ。何も不思議なことはない。衝突回避のため進行方向をなるべく逆方向にするのは、船が水の上にしか居なかったころから採られていた、当たり前の取り決めで最適解だからだ。

 だがことこの状況に限ってのみ言えば、それは最悪の選択だった。なぜなら、敵に対して一番広い甲板部を晒しているのだから。


「馬鹿野郎!! 避けんな!!」


 通信機から海賊の怒鳴り声が聞こえてくる。

 だがもう遅い。マグナイザーから放たれたビームが、敵艦の右舷ビーム砲へ直撃。誘爆を起こして、戦闘艇に制御不能の加速を与える。


「二隻目もらった!!」


 装弾数六発と経戦能力を犠牲にして、威力と連射力をかなり乱暴に両立させた、A装備用のビームライフルが再度光を放つ。

 撃ち放たれた光条は、無秩序かつ無軌道なスピンを始めつつあった、敵戦闘艇へと突き刺さる。

 そして一瞬の後、海賊戦闘艇隊二番艦は、派手な爆発を残して宇宙の塵となった。


「最後!! ……って逃げるな!!」


 戦闘艇隊最後の三隻目は、いつの間にかその身を翻し、逃走に入っていた。

 そのあまりの逃げっぷりに、思わずシンがツッコミを入れてしまうほど、いっそ清々しいほど見事な逃走だった。

 即座に狙撃モードを起動。ターゲットサイトを最大望遠にして狙ってみるものの、確実に当てられる確信は持てない。これが経戦能力と火力のバランスを取ったB装備用ライフルなら撃ってみるのも悪くないが、残り三発を撃ちきると胸部のプラズマバルカンくらいしか装備がなくなることを思うと、無駄撃ちも避けたい。


「まったく、機を見るに……あ……」


 やむなく狙撃モードを解除して、これから始まる地味な追走劇を思い、ため息をつこうとした刹那であった。

 マグナイザーの頭上を二条の、一瞬遅れて一条の光条が走り、三条目が逃走中の敵戦闘艇を貫く。

 艦尾(ケツ)から艦首()へ、ちょうど串でも刺したかのようにまっすぐ撃ちぬかれた戦闘艇は、機関を一撃で消し飛ばされたからか、誘爆することもなく高速で漂う大型デブリと化した。


「追いついたぞシン! これは何だ!」


 専用回線越しに聞こえるミリアの声に機体を振り向かせると、シンが『W』と呼んだ航宙戦闘機、アルスティオンWの姿があった。

 機首部は左右に分かれ、機体そのものは薄い楔を思わせるフォルムをしながらも、主翼の代わりにX型に突き出した四門の大型砲が良く目立つ。

 外見のイメージとしては、モアイが輪っかを吐く名作横シューの自機と、死の星の名を冠する要塞に、光の剣を携えた主人公が爆弾抱えてカチコミをかけた映画の戦闘機を混ぜ、アレコレ取ったりつけたりしてフォルムを整えたものといえば、固まりやすいだろうか。

 先程の砲撃は、このアルスティオンWから放たれたものに間違いはないのだが。


「ミリア? 大じょ」

「泣いてない! ビックリしただけだ!」


 見ればミリアの目じりには涙が浮かんでいた。

 思わずといった様子で心配したシンだったが、最後まで言わせずに言葉をかぶせてくる彼女の様子に、地雷と判断して触れるのはやめておく。

 多くは聞かない。だが彼女に何が起きたのか、シンは容易に察することはできた。


「あー……マグナイザーと同じくらい遠いからな、Wは」


 つまりあのジェットコースターを、シンと同様十秒弱体験したのだ。

 知っていたならともかく、初見なら驚くのも無理はないだろう。


「けど戦闘機乗りがジェットコースター苦手ってどうよ?」

「知ってたら驚かないっ! そんなことよりもっ!」


 ヘルメットのおかげでぬぐえないままの涙を見られるのは、やはり恥ずかしいのだろう。モニター越しでも判るほどに顔を赤らめ、恥ずかしさをごまかすためか、ミリアは明らかに話題を逸らすため、自機を示すため下を指差した。


「この機体はなんだ! 何でこんなものを積もうと思った!」


 おそらくは機体に積まれた、四門の大型ビームキャノンのことを言っているのだろう。

 確かにこんな高火力の武装を、航宙戦闘機に積むなど間違っている。常識から外れている。まさに牛刀割鶏である。そんなことはシンだって重々理解している。

 だが、この機体にこの仕様(・・・・)は必要なのだ。とはいえそんなことを語ってみても、一笑に伏されるのがオチだ。


「まあまあ、まだ旗艦が残ってるから。とりあえず後で。な?」


 だからひとまずごまかす事にして、「む……」と唸って押し黙ったミリアを尻目に、改めてレーダーサイトを確認する。

 敵軽巡洋艦は現在も接近中。随分ゆっくりとした動きだと思ったが、どうも加速は随分控えめのようだ。なにか事情があるのか、それを推測するには材料が足りない。


 さて、どうするか。


 シンは心の中だけでつぶやいた。

 現状でもうまくやれば、敵旗艦を沈めることは可能だろう。だがマグヌム・オプス(背後の母艦)に被害を出さないようにという条件がつけば、少々状況は厳しくなる。

 もちろん状況を打破する方法には心当たりがある。そういう意味では、ミリアが『W』を選んだことは、むしろ僥倖であるといっていい。

 だがそれを簡単に出してもいいものかというと、どうしても迷ってしまう。

 彼女が信用できるかというと、信用はできる。だが個人が信用できることと、その個人が所属する連合宇宙軍とやら(組織)が信用できるかは、また別の問題である。

 加えていえば、バンディットというものは、なるべく手の内をさらさないものだ。もちろんシンにとっては、ゲーム内での世界観(フレーバー)に過ぎないのだが。

 なお時間はそれなりにあるが、何時までも迷っていられるほど悠長な状況でもない。


「ふぅ。『抱え墜ち』は、ゴメンだしな」


 シンはため息を一つつき、一つの決断を下した。


「ミリア、切り札を使う。すまないが……」


 意を決して口を開く。まだ少し迷いを引きずっているのだろう。言葉尻が曖昧になるのを止められない。

 問いかけに返ってきたのは、意図した最善ではなく、表情を曇らせたミリアの言葉だった。


「シン。内密にというなら、約束はできない」


 彼女の言葉は、想定の中では次善であった。

 否。軍属であるミリアの立場を考えれば、恐らくこれが最善の答えのはずだ。

 そのことに思い至り、シンは諦めの混じった苦笑を浮かべた。


「ああ、あちこちに言いふらさないなら、それでいい」


 それだけミリアに答えると、シンはマグナイザーの位置調整のため、スラスターの操作を始めた。

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