24.人生が変わる音
まだです!まだいきてます!という冗談が使いづらい世の中ですがぼくはげんきです
どうぞよろしくお願いします。
突然ホロモニタに大写しになった、神経質そうな男の姿。
状況から照らし合わせれば、手元だけに表示させるはずの映像を、ホロモニタに回してしまったのだろう。何もこんな時に……といえそうなほどに、アドリアーノのミスは間が悪かった。
「貴様何者だ。なぜそこに……『武装ステーション』にいる!?」
そしてそこに映った男のことも知らないようだ。
その証拠に、強い不快感を込めて誰何の声を上げた。
「クククッ……。これはまた失礼をした。ワタシはインペイル=ヴァーグラント、栄えあるインペイル自由軍の、偉大なる総督だ」
モニタに映る男の言葉に、アウラは首をかしげた。
彼女自身、宇宙の軍事事情というものに明るいわけではないが、それでもインペイル自由軍など、聞いたことがなかったからだ。
とはいえ、わからないなりに一つだけわかることがある。
この男から二度聞いた「失礼」という言葉。それがものすごく軽いということ。それはつまり、父に対して失礼を働いたことを、失礼だなどとかけらも思っていないということだ。
では、そんな無礼を向けられた父親が、何をしているかと目を向けると。
「……インペイル……自由軍、だと?」
絶句していた。
よほど目の前の光景がショックなのだろうが、そのショックの度合いがアウラにはわからない。
何かあったことは間違いないのだろうが、何が起きたのかいまいちわからないので、父親が絶句することもわからない。
「その通りだ国王。今貴君の切り札は、私の手の中にある、ということだよ」
ヴァーグラントと名乗った男はそういって、ニヤリと口元だけを歪め、凄みを利かせた笑みを浮かべる。
対するアドリアーノの顔は驚愕に染まり、顔をべっとりと覆うほどに噴出した冷や汗は、顎を伝って今にも雫になりそうなほど。
ここに来てようやく、アウラにも状況が理解できた。要はなんちゃらと名乗る者達が、父が虎の子――なぜなりうるかは相変わらず不明だが――である、武装ステーションを乗っ取ったのだろう。
なるほど大事だ。どこの誰とも知らないなんちゃらという集団に、極秘に開発された新兵器を奪われたのだから。
だがそんな風に状況がわかっても、彼女は不思議と落ち着いていた。自分がなぜ落ち着いているのか、それを自己分析できるほどに。
……。
結論はすぐに出た。
〝怖くない〟のだ。モニタ越しゆえ迫力が伝わりづらいというのもあるが、何よりこの何とかという男は怖くない。
バンディッツネストで出会ったラブロフ支部長は怖かった。顔はもちろんだが、なんというか迫力がすごく、歴戦のツワモノという感じがした。
ミリアはかっこよかった。そしてかつ綺麗だった。凛とした立ち振る舞いは、まさしく質実剛健たる軍人という感じがした。
シンは……シンはなんというかその……怖さとは無縁に見えた。艦長席でだらけていたり、艦長席でだらしなく居眠りしていたり、艦長席でだらけているところをミリアに怒られたり……。ちょっとかっこよさとも無縁な感じがした。だがなんというか、得体が知れないというか……。あまり色々言っても彼に悪いのでこのくらいで勘弁しておこう。
それらに比べれば、モニタの中の男――確かインペイルといったか――はなんと言うか、貫目が足りず底が浅い。まるでFPSの大会で時折出てくる、ビッグマウスを叩いて自らを鼓舞するタイプのプレイヤーのような、精一杯強がっているような残念感がひどいのだ。
もっとも、こうやって自己分析に思考を割けること自体、今起きていることの重大さを理解し切れていないことも、しっかりとわかってはいるのだが。
「……貴様……いつの間に……。いつからそこに……?」
そしてそんな自己分析の最中にも、容赦なく時間は経過している。つまり感情を荒げる父と、余裕の笑みを崩さないインペイルという男の言い合いは続いているのだ。
もっとも感情を荒げるといっても、アドリアーノの口調はいたって静かなものだ。このあたりはさすがというべきか、彼の外交官としての経験の賜物だろう。
「いつから? 答えてやってもいいが……果たして答えていいものかな?」
インペイルの挑発的な物言いが、ホロモニタから部屋に響く。
次の瞬間、アウラは国王のいた方から、何か言いようのない圧力を感じて視線を移す。
するとそこには、今にも脳の血管が切れそうなほどに青筋を立て、今正に振り上げた拳を振るわんとする父の姿があった。
「貴様っ!! ふざけているのかっ!! いいからさっさと答えろっ!!」
振り下ろされた拳は机を打って大きな音を立て、大きく開かれた口からは開いた大きさにふさわしい、正に怒号と呼ぶにふさわしい叫びが放たれる。
思い返せば感情が高ぶっても、怒鳴るようなことはしなかったアドリアーノだ。彼の口から吐き出された怒号は、アウラの身をすくませるには十分すぎるほどだった。
「ならば答えてやろう。要塞砲区画の組み立て辺りからだよ国王陛下。作業員に扮して少しずつだ。少々時間がかかったが、試射の前に制圧を終わらせられたよ」
インペイルの回答に、アドリアーノは絶句した。
なぜそこまで驚いているのかは、次の台詞が恐らく全てを物語っていた。
「……バカな。極秘の計画、の……はず……」
その驚愕を、その絶句を見たインペイルは、さらに興が乗ったと言いたげに、口元のゆがみをさらに強くする。
「情報などどこからでも漏れるものだよアドリアーノ=デュート=フォーティカ=エクスタリア国王陛下。だが……気にするのはそこでいいのかな?」
もはや挑発とも取れるような口ぶりに、アドリアーノは眉をひそめる。
そしてインペイルから吐き出された言葉は、ある種予想外で、しかしこれ以上ないほどに定番ともいえる言葉だった。
「要求だよ陛下。あの武装ステーションのテストを行ってやるのだ。報酬はUMCをほんの十トンほど、支払期限はエクスタリア標準時で百六十八時間以内だ」
モニタから流れてきた言葉に、アドリアーノもアウラも絶句するしかなかった。
当然だろう。一国の虎の子を勝手に占拠して、その上でさらにUMCをよこせなどと。厚顔無恥にもほどがあるというものだ。
さらに言えば、要求してきた量に問題があった。
「馬鹿を言うなっ!! UMC十トンだと!? それだけあれば、エクスタリアⅠを一年か動作せられるではないかっ!!」
そう。入植後からまだ二百年程度でしかないエクスタリアでさえ、一年動かせるほどの反物質を得られるほどの量なのだ。
だがそれは全て、先人たちが血のにじむような努力の果てに、反物質の生成効率を高め、反物質反応炉のエネルギー効率を高めた結果である。
そんな血と汗の結晶とも言えるモノをよこせと、恥も臆面もなく言い放つのだ。厚顔無恥にもほどがあるといえよう。
アドリアーノがいきり立つのも当然なのだが、意外にもインペイルはその怒りを愉快そうな笑顔で受け止めた。
「ハハハ。不満かな? もちろん断ってくれてもかまわんとも。だが断るならば当然、その報いを……。ん? もう少しかかるだと?」
しかしなぜか、その傲慢とも取れる笑いが、途中でいぶかしげな顔へと変わった。
その視線はモニタの外に向いており、こちらから視線がはずされていた。おそらくは、同じブリッジにいる誰かから、指摘を受けたのだろう。
「失礼、手違いがあったようだ。少々待ってもらうのだが……ただ待たせるというのも芸がないな」
インペイルは顎に手を当て、深刻そうに顔をしかめて見せた。
傍目からみれば何かを考えているように見えるが、アウラにはピンときた。これはフリだ。その証拠に、頬の緩みは止められていない。
だがここは自分が出しゃばる場ではない。先程から何度も口をついてでかかる罵倒を、必死で抑え続けるしかできないでいた。だから……。
「話の種だ、もう一つ要求を追加しよう。行政府の鼻先で浮いているあの馬鹿げた機体。あれもつけてもらおうか?」
こんな風にあまり看過したくない要求がなされても。
「ふざけるな!! アレはエクスタリアのものだ!! 勝手なことを言うなっ!!」
そんな要求に執務机を殴りつけ、父親がぶち切れたとしても。
それでも口を出すことはしない。なぜなら恐らく今、アウラはここにいることを認識されていない。
インペイルと交渉を――現時点では煽られているだけともいえるが――行っているのは父であり、こういうときに横から口を挟むのは、あまりよろしくないと教わっているからだ。
だから、父親の怒号を聞いて、怒りに眉根がピクリと動いたとしても、ここはぐっと我慢の子なのだ。
もちろん後で問い詰めるのは確定だ。インペイルとやらもそうだが、なぜシンのものであるはずのアルスマグナを、まるで自分のもののように語っているのか。
「勝手だと? ハハハ! 陛下にだけは言われたくないな。どうせ中身は捨てるつもりだったのだろう?」
「な……」
派手に笑うインペイルの言葉に、アドリアーノは絶句を返した。
エクスタリア国王としては、明らかに赤点の反応である。外交官とは時に、親の仇とすらにこやかにアフタヌーンティーを嗜めるくらいの面の皮の厚さが必要で、もちろん彼もそれは有している。いや有しているはずだった。
隙をつかれたのだ。激高させられるだけさせられて、僅かに見せた心の隙を。
「……言いよどんだな?」
当然、そんな隙を見逃してもらえるほど、画面の中の男は甘くはない。
口元に粘つくような笑みを浮かべたインペイルの指摘の声は、大好物でも見つけたかのように、静かにしかし強い喜色をはらんだ。
「そ……そんなはずがあるかっ!! 彼は娘の命を!!」
「その『彼』とやらは邪魔だろう? 何せあまりよくないことを知っている。こちらの〝計画書〟にあった反対派実力者抹殺をだ」
「……っ!!」
反論をさえぎって画面越しに出された指摘に、アドリアーノは絶句した。元々怒りにしかめられていた顔が、今度は苦渋にしかめられる。
即座に否定できればよかったのだ。それがインペイルを小馬鹿にしたような口調ならばなおいい。
それができずに言いよどんだということは、すなわち「中身は捨てる」事を否定する機会を奪われたということになる。そしてその隙を、インペイルが攻撃するのは、まさしく自明の理であるといえる。
そして事実はどうあれ、ここでアドリアーノが反論し切れなければ、またインペイルが例えば更なる証拠を出したならば、パイロット――すなわちシン――抹殺の意思を持っていることが確定させられてしまう。
「外遊艦の艦長は軍でもそれなりの実力者だったのだろう? それを王女誘拐狂言の片手間に抹殺……。さすがは威嚇砲の試射と訓練に、連合の周遊艦隊を使うなんて考えるだけは、あるな。おかげで我々は、威嚇砲の訓練ができてありがたかったがな」
そう。事実はどうあれ、だ。
そして証拠は今出された。ここでアドリアーノがそれを覆せるだけの反論を行えなければ、彼は三つの罪を背負うことになる。
一つ目は王女の狂言誘拐。
二つ目は外遊艦ブリッジスタッフの虐殺。
三つ目は連合宇宙軍周遊艦隊撃滅。
この三つの罪を指示した黒幕としての罪である。
理不尽だと思うだろうか。理不尽なのは間違いない。だがえてして政治の世界というものは、程度の差こそあれこんなものである。
無論ここから具体的に罪に問うならば、証拠だのなんだのが必要になるから、これだけでアドリアーノが詰むようなことはないのだが。
そしてその反論は……。
「お父様!!」
なされなかった。否、なされるだけの時間は、国王には与えられなかった。
横合いから言葉で殴りつけてきたのは誰か? そんなこと論じるまでもない。ここで言葉を発することができるのは、三人しかいない。
そう、アウローラだ。
「今のやり取りは、一体どういうことなのですか?」
一旦間をおいて落ち着かせたからか、続く声は荒げられていない。声量もさほど大きくない。だがそこには確かに、強い感情があった。困惑と、嫌悪と、怒りと、何より深い悲しみ。そんなものがない交ぜになった、混沌としたしかし、しっかりとマイナスに振り切った感情が。
そんな感情を感じ取ったのか、アドリアーノは声も出せずに固まったままだ。
「おや? アウローラ姫もそこにいらっしゃったのですか? それは……むぅ」
当然そんなおいしい状況でインペイルが黙っているはずもないのだが、なぜか困ったように言いよどんでしまった。しかもなにやら唸っている。
「今のやり取り、聞いていた、のだろうな。知らないままなら、もっともっと……末永く強請れたのに」
残念ながら言いよどんだ理由は、鬼畜レベルの最悪な理由だった。
ホロモニタから吐き出された最悪に、父娘ともども状況を忘れて絶句するほどだ。
それでもこの一連の騒動が片付いた後、エクスタリアがゆすられ続けるという、最悪より厳しい地獄は避けられたのだ。よかったというべきか。
「さっきも言った通り、断ってくれてもかまわんのだよ? もとよりエクスタリア国王ごときに決められる話でもないだろう? それに……」
そこでインペイルは一度視線を逸らし、小さく頷いたように見えた。
アドリアーノはそれに気づいて怪訝そうに眉根を寄せるが、アウローラは気づかず絶句したままだった。
「当然断るようなら、ペナルティだ。ありがちな話だろう?」
このやり取り一番ともいえるいい笑顔で、インペイルは片目を瞑って見せた。
本人は茶目っ気たっぷりのウィンクのつもりなのだろうが、神経質そうな見た目が災いしてまったく似合っておらず、どちらかというと少々気持ち悪い印象を与える。
「ペナルティ、だと? それは……」
嫌な予感を感じて食い下がろうとするアドリアーノだったが、それはインペイルが指を鳴らした音にかき消される。恐らくリアルタイム加工で、この音だけ大きくしてあるのだろう。
「すぐにわかるとも。もっとも貴様らが無能なら、どうかはわからんがな」
そんな言葉を残して、ホロモニタは【No Signal】へと表示を変える。
残された父娘はというと、嵐のような展開に疲れ果てたのか、意図せず同じタイミングで大きくため息をついた。こういうところの息があっているのは、やはり親子だということなのだろうか。
文字通り息のあったため息が終わると、執務室には静寂が訪れた。
「お父様。インペイルの話が本当なら、シン様はまだ行政府にいらっしゃるのでしょう?」
果たして、意を決して口を開いたのは、娘のほうだった。
そして父の答えも待たず、彼女は表情を引き締めて立ち上がる。その目から、なにやら言いようのない迫力を感じ取り、アドリアーノは思わず目を逸らした。
「……それは……」
ようやく吐き出された言葉は、なんとも歯切れの悪い言葉だけだった。
間違いなく気おされている。自分の半分の年にも満たない小娘に、しかも生まれたときから知っている愛娘に。
そんな情けない父親のことなど意にも介さず、アウラはタラッパに目配せをする。するとメタルボディのメイドは、いつものように扉に手をかけて、自らの主人へとその道を開いた。
「タラッパ。私の宇宙服は、ありますね?」
執務室の扉をくぐるアウラからの問いに、タラッパは小さく頭を下げる。
それは主人に対する礼であり、同時に呟きにも似た問いかけに対する、首肯でもあった。
そのまま廊下へ出たアウラが、タラッパが定位置についたことを確認し、深呼吸を一つ。
この一歩を踏み出したなら恐らく、自分の人生は決定的に変わる。そして父とは別の方向へ行く。そんな確信にも予感を感じて。
「まずはシン様の下へ参りましょう」
タラッパへ背中越しにつげ、意を決して最初の一歩目を踏み出した、そのときだった。
『緊急警報!! 大型隕石接近!! 現在軌道上にて迎撃態勢準備中!! 繰り返します!! 大型隕石……』
突如、けたたましいアラートとともに、緊急放送が館内に鳴り響く。
それは、新たな人生の門出にしてはなんとも物騒で、新たなる道を歩き出す旅立ちの鐘としては、なんとも騒々しいものだった。




