余話 第三話 義光鮭の為に最上を大きくする
錯乱状態から脱した義光は鹿介に頼み込み鮭料理のレシピを送って貰う事にした。鹿介も最上家の嫡男が錯乱しては大変なので宥めるために必死であった。その為うろ覚えの知識で料理のレシピを開発する羽目になった。
「思いついた物はとりあえず作ってみたが、調味料が無いのは困るよなあ。いずれは開発したいものだが」
そうぼやきつつも約三十種のレシピを作り義光に渡した。それを受け取った義光の惨状は氏家をして目を覆う物であったと言う。
当然の事ながらその醜態が父親の義守にバレないわけがなく義守は義光を廃嫡するべきと考えるようになったのは当然の事であった。しかし問題もあった。義光の後は未だ年の離れた弟しかおらず元服も迎えていない者を後継者にするのは無理があると家臣たちは考えたのであった。特に重臣の氏家守棟の父である氏家定直は強硬に反対し両者の仲を取り持とうとした。
「御両所が争えば伊達がどう思うか、天文の乱で伊達は親子で争いこの最上を始めとし、蘆名や相馬が伊達の支配より脱することが出来たのです。ですがここで争いが起きれば伊達は必ずやかつての力を取り戻そうと考えるは必定、最上は伊達の下風に立たされますぞ!御両所はそれで良いのですか!」
病身を押して説く定直に義守も折れ、家督を義光に譲り出家する事となった。定直はそれを見届けてこの世を去るのであった。
「殿、父は殿が必ずや最上をさらに強くすると信じておったのです、その思いに応えて下され」
氏家守棟は家督を継いだ義光に
「うむ、判った。周辺を束ね最上の力をさらに強うしようぞ」
勇ましい事を言っていたが内心では富強になれば好きなだけ鮭が食べられるとの不純な考えからでありそれを口にしないのは流石にまずいとの判断からであった。
義光は本心を隠して領地の拡大を図るのであった。
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義光は勢力拡大を推し進めていた。順調な道のりではなく最上氏庶流の天童、上山等が従わずそれらを調略を用いて切り崩し、滅ぼしていった。
「殿、庄内に手を付ける時が来ましたな」
氏家守棟が義光に話しかける。
「うむ、庄内の小野寺を叩き庄内を抑えるとしようぞ」
「まずは真室の鮭延城に依る鮭延秀綱を攻めねばなりませぬな」
「なに!鮭?」
「は、鮭延氏は元は佐々木の流れで鯰江の支流だとか、大宝寺に追われ鮭川の傍に鮭延城を築きそれから鮭延を名乗っておるそうです」
「成程、それはぜひとも我が手に加えねばなるまい」
内心では鮭川というからには鮭が沢山取れるのだろうと考えてよだれが止まらない義光であった。
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鮭延城 鮭延秀綱
秀綱は困惑していた。
最近勢力を伸ばしている最上がついに庄内に手を突っ込んできた。身内との争いを制した彼らに主君である小野寺はどう出るのか。正直あまり当てには出来ないと秀綱は思っている。そもそも父の代に大宝寺の侵攻を受けたとき碌に助けることも出来なかったため自分たちはこの地に追われ、あまつさえ自分は人質として大宝寺の小姓を務めさせられていたのだ。漸く帰る事が出来やっと領地が軌道に乗ったのにここにきて最上に攻められるとは。
ところが兵を送って攻めてくるどころか使者を送ってきて臣従しないかと打診してきた。条件も本領安堵どころか小野寺攻めに働けば加増も約束すると言う大盤振舞、これには首をひねるしかなかった。まさか最上の当主が鮭大好きな為自分への好感度がMAXだったなんて考えもしなかった秀綱は自分を買ってくれているのだと誤解し、最上へ着くことにしたのであった。
それを聞いた義光はいたく喜び、当座の褒美に太刀を送った。それに気を良くした秀綱はこの後、小野寺氏や大宝寺氏との戦にて勇戦するのであった。
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鮭延秀綱を従えた義光はうれしくて顔がにやけてしょうがなかった。これを家臣たちに見られたらまた{鮭狂い}と言われてしまうため人前では何食わぬ顔をしていたが人気が無くなるとどうしても顔が崩れてしまう。
(これで鮭川の鮭が我が手に、くくく、これからだ、まだ見ぬ鮭が俺を待っている。益々励まねばならぬな)
彼は届いた鮭を伊達に嫁いだ妹の元にも送ってやった。彼女に鮭のすばらしさを伝えるために。
「兄上が便りをくれるのはよいことじゃ、いつかの様に輝宗様が兄上と戦う様な事にはさせぬように返事をしなくてはな。じゃがいつも引き出物に鮭が入っているのはなぜじゃ?好物じゃと手紙に書いたのかのう?」
彼女が兄の鮭狂いに気が付くのはまだ先の様である。





