第十二幕 商売拡大と新たな仕事
筑前国 博多
「流石にこの九州随一の湊を持つ町ですな、この賑わい堺にも負けませぬ」
「そう言っていただけるとはこの神屋嬉うございます」
鹿介達は再度結ばれた芸豊和談の結果静謐になった豊前を経て筑前国の博多に来ている。案内をしてくれるのは博多の商人神屋紹策でいやに慇懃な人である、大店の店主と言うものは腹に一物持っていたとしてもそれを表に出すことなく温顔を絶やさない、まさにそれを地で行ってるな。
大友と毛利との戦いの時には街を焼かれたりしたのに直ぐに復興したらしく建物は皆木の香りも新しい。
博多の街を案内された後、屋敷に招かれて茶の接待を受ける、まだ茶の形式は利休以前なので唐物を用いた華やかな物だった。終わった後俺は今回訪問した目的の物を披露した。
「早速ですが此れ等はいかがですか?」
「これは凄いですな、これを商うおつもりなので?」
目の前に出されているのは干し椎茸に蜂蜜・清酒そして漆喰と浅黒い塊だ。
「なるほど、噂通りに凄いものですな、してその塊は何ですかな?」
「これは鉄ですよ」
「何と、そういえば山中殿の出身地は出雲でしたな、ならば納得です」
何か勘違いしているがこの鉄は出雲などで行われているたたら製鉄による物ではない。
たたら製鉄は大量の木炭が必要になるのでいかに日本が森林資源が豊富で回復力があっても大量に生産するのは困難なのだ、実際に禿山になってしまい、下流で被害が出て揉めた話もある位で、現在は場所を転々と移動しながら作っている。材料も砂鉄を集めるのが大変なのだがこの日本には鉄鉱山が少ないから仕方がないのだ、もちろんうちは違うけどな。
商談は無事成立しこれらの品を定期的に販売することになった。ちなみに美祢の尼子領内にも椎茸栽培所や蜂蜜作りの拠点は作っているので堺等に販売する分が減ることは無い。酒の方もこちらで作っているが安芸国の西条が酒処として有名だった記憶があるからあそこで作った方がうまい酒が出来る可能性があるので現在毛利と交渉中である。うまい酒が出来るにはいい水が居るからどこででも作れるものではないのだ。
商談が無事に成立し、帰途に就く事にした。
「うまく行きましたね」
「博多商人は堺に対抗心があるからな、堺にあって自分たちに無いものがあるのは我慢がならないのさ」
新十郎の問いに答えると、なるほどと頷いた。
「それよりも俺に付いていていいのか? 尼子家に仕えた方がいいのではないのか?」
「兄上の処の方が面白いですよ、尼子家の方は立原の叔父貴がうまくやってくれていますし」
「そう言うのならいいが……」
船で博多から長門国へ向かいながら今回の成果について話し合う。
「博多の商人たちはこちらに付いたと見ていいのでしょうか?」
「そうは思わんな、あの神屋にせよ豊後にかなりの利権を抱えているはずだ、そうそう離れはしないさ」
「それを承知で取引を?」
「そうだ、あの商品はおそらく大友に流れるだろうな、あれほどの対価を払えるのはあそこくらいだろうからな、そうして金を巻き上げるのさ」
「大友の蔵を空にする作戦ですか、えげつないですな」
「だから贅沢品を中心にしたのさ」
大友も出所がこちらだという事は判っているだろうが、堺で評判の品々が手に入るのだ、精々大枚をはたいてもらうとしよう。
☆
長門国 美祢
尼子領の外れの方に作られたそれは領内の街道から外れた所にあり容易には近づけないようになっていた。近隣の村々でもあの場所は危険な場所であり入ると命がないと言われ樵や猟師さえ近寄らない場所になっていた。
何度か腕自慢の猟師や恐れを知らない樵たちが分け入ったが帰って来なかったり遥かに離れた場所で見つかり、その時の事は何も覚えておらず、人々は天狗の里に入った罰が当たったのだろうと噂して恐れた。
実際に幾人かは高い崖や深い谷底に墜落死した状態で見つかっており、天狗に連れ去られ空から投げ落とされたと言われていた。
そして今まさにその領域に入る者たちが居た。
「どうだ? 何か見えるか?」
「いや、草また草だらけだな、本当にこの先に何かあるのか?」
「判らん、だが奴らの足取りはこのあたりでぷっつりと途絶えている、それは先達の報告にもある通りだ」
「しっ! 何か臭うぞ」
「何だか目に染みるな」
「こっちだ」
そうして進む事暫くして、急に視界が開ける。
「な・なんだこれは?」
「あの先から煙が出ている、臭いの元はあれだな」
「いったいこれは何でしょうか?」
一団が歩を進めようとしたときにその{声}が響いた。
「それを知る事は無いぞ」
「何! 何奴だ!」 「どこに居る?」
騒ぐ一団に対して彼らの背後に現れた影が嘯く。
「お前たちは見てはいけない物を見たんだ」
それから暫く時間が流れて近くの谷に渡された縄から最後の一人が投げ落とされた。ここから谷底までは小さく川面が見えるくらいなので落ちれば死は免れないだろう、だが既に命無き身であるためにその心配はない。
「今回は多かったな」
「余程に気になると見えるな、豊後の奴らは」
無論此処に居るのは鹿介配下の鉢屋と風魔の衆である。彼らはここにある物の守護を任されており近づく者の排除、他国の間者はその始末まで請け負っていた。
「豊後だけでは無い、この間は日向からであったし、肥後も居たな」
「驚いたのは薩摩の奴まで来てたぞ、どうやってここの事を知ったのやら」
「まあ、博多商人の商圏がそれだけ広いという事なのだろうな」
「その商人の配下らしいのまでいたが片付けて良かったのか?」
「構わんよ、出所を知ろうとするのは約束違反だからな、あまり目につくようならこちらから脅しておかんとな」
「違いない」
こうして秘密は守られ鹿介の商品はますます珍重されるのであった。
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