交誼の酒29
エルストは届けられた書簡を一読して、顔になんとも言えない苦笑を浮かべた。この書簡はアルクリーフ公爵家を経由せず、ギルヴェルス王国の女王アンネローゼに宛てて直接届けられたものである。要するに、アルクリーフ公爵としてのエルストロキアではなく、ギルヴェルス王国王配としての彼に用がある、ということだ。
差出人は、アルヴェスク皇国摂政ライシュハルト。内容は、皇国では毎年開かれている、新年を祝う舞踏会への招待状だ。
「さて、どうしたものかな……」
適当な理由をつけて断ってしまおうかとも思ったが、今はアルヴェスクとの関係を深めるべきときだ。出席はしておいた方がいいだろう。
だが、馬鹿正直にアンネローゼ自身が出席するのは止めておいた方がいいだろう。下手をすると、ギルヴェルス王国がアルヴェスク皇国の格下に見られてしまう。代理を立てるのが一番無難なのだろうが、今回はそうも行かない事情があった。
来年の初夏、つまりギルヴェルスの社交界が最も華やかになる時期に、ライシュ本人がこの国を訪問したいと併せて書き送ってきているのだ。ならばこちらも相応の人物を送り込まねば不敬と取られかねない。
「仕方がない。俺が行くか」
ギルヴェルスでライシュに釣り合う人物となると、アンネローゼを除けばエルストしかいない。王女のアンジェリカが成人していれば名代にできたのだが、今の彼女はまだ幼子である。それで結局、エルストは自分で行くことにした。
「では、来年の春まではお帰りになれませんか?」
寂しげな顔をしてアンネローゼはエルストにそう尋ねた。ギルヴェルスの冬は厳しく、旅には向かない。安全を優先するなら、彼女の言うとおり春まで待つのが一番だろう。
「いえ、橇でも何でも使って帰ってきますよ」
しかしエルストにその気はなかった。今は時間が惜しい。春までギルヴェルスを留守にする余裕はなかった。
(アルクリーフ領にもよらねばならんな……)
せっかくアルヴェスクへ行くのだ。ついでと言うわけではないが、本拠地であるアルクリーフ領の様子も見に行かなければなるまい。
(ちっ……、やる事が多い……)
エルストは内心で舌打ちした。まさしく一人では手が足りない状態だった。さりとて他の誰かに任せるわけにもいかぬ。結局、彼がやるしかなかった。
冬が本格化する前に、エルストはパルデースを発った。やるべき事を終わらせ、仕事の筋道をつけてからの出立だった。彼が有能であることの証だろう。
皇国内に入ると、まず彼はアルクリーフ領へ向かった。そして自分がいなかった間の報告を聞き、矢継ぎ早に幾つかの指示をだす。それが終わると、「年が明けたらまた来る」と言い残し、彼は追い立てられるようにして今度は皇都へ向う。忙しいことである。
皇都に到着しても、エルストに休んでいる暇はない。この時期の皇都には皇国中から領主や代官らが集まってきている。顔をつなぎ、会談するには絶好の機会なのだ。エルストは精力的に動き回った。
しかしここで思わぬ誤算が生じる。会談の感触が思わしくないのだ。その理由を、エルストはすぐに察した。
(遠征の失敗、いや“敗戦”が響いたか……)
サザーネギア遠征の顛末は、どうもすでに知れ渡っているらしい。決着は全てあの場でつけたし、カルノーの言っていた通り、アルヴェスクが国として何かしらの要求をしてくるということもなかった。しかし、人々の感情や思惑はそれとは別らしい。
近衛軍と戦ったエルストを快く思わない者もいる。また負けたことで彼の影響力に蔭りがでると考える者、あるいは今後の推移を見極めようとする者。対応に差はあれども総じて言えるのは、今の彼とは距離を取っておこうと言う思惑である。
北部の貴族や代官らでさえ、どこかよそよそしい対応だった。陰に寄るべき大樹として、エルストよりもライシュの方に天秤が傾いている。そんな印象だ。彼の切り崩し工作の成果と言えるだろう。
「くっくっく、手のひらを返されるとはこのことか」
いっそ楽しげに、エルストはそう呟いた。こういう逆境は、今までにないことだ。それがむしろ、彼には楽しかった。
さて舞踏会の当日、エルストは堂々とした足取りで宮廷に足を踏みいれた。これまでであれば、彼のもとにはすぐに多くの人々が集まってきたのだが、今年は皆遠巻きに彼を窺うだけで近づいては来ない。そんな人々の反応を歯牙にもかけず、エルストは傲然と顔を上げながら歩く。そんな彼に、声をかける人物がいた。
「お久しぶりですな、エルストロキア殿下」
「アーモルジュ殿!」
エルストは思わず歓声を上げた。久しぶりに顔を合わせたアーモルジュは、以前に比べてやせ衰えているように見えた。それも当然で、本来ならばすでに隠居している年齢なのだ。体力や視力など、身体能力の衰えが目立つようになってきている。
だがそれでも、彼はカディエルティ侯爵家の当主として領地を経営し、さらに成人して間もない世子の教育も行わねばならない。特に後者はスピノザの轍は踏ませまいと力を入れている。エルストとはまた違った理由で激務を抱えており、それが老齢の身体に重く圧し掛かっていた。
「お体は大丈夫ですか?」
「節々は痛みますが、何とか動いております。まだまだ、死ぬわけには参りませぬからな」
「どうぞご自愛ください。……そうだ、ギルヴェルスに良い湯治場がございます。是非一度、お越しください」
「はは。時間があれば、行ってみたいものです」
エルストとアーモルジュは和やかに言葉を交わし、連れ立って舞踏会の会場に足を踏み入れた。
「私は、これから摂政殿下のところへご挨拶に伺おうと思っているのですが、ご一緒にいかがですかな?」
「よろしければ、是非」
アーモルジュの誘いにエルストは二つ返事で応じた。もともと、そのつもりでここへ来たのである。それに、あのような条件を出してきたライシュもエルストに話があるに違いない。まずはそれを確かめなければならなかった。
アーモルジュとエルストは連れ立ったまま、まだダンスが始まっていない会場の真ん中を横切ってライシュもところへ向かう。二人の姿を認めると、それまでライシュのところにいた貴族が早々に会話を切り上げてその場から離れる。その貴族を見送ると、ライシュは二人に向き直った。
「エルストロキア殿下、それにアーモルジュ殿。ようこそおいで下された」
口元に猛々しい笑みを浮かべながら、ライシュは二人を迎える。その様子を見て、エルストは「何か企んでいるな」と直感し、警戒を高めた。しかしそれと同時に、この友人が一体何を仕掛けてくるのか、楽しみで仕方がない。
「ところで、カルノー殿とジュリア夫人のお姿が見当たりませんが……?」
挨拶を済ませてから、エルストはまずそう尋ねてみた。遠征が終わってから十分な時間が経っているというのに、彼らの姿が見当たらない。あの戦場以来、久しぶりに友人と会えることを楽しみしていたエルストは、彼の不在を純粋に残念がっていた。
ただやはりそれと同じくらい、カルノーの不在をエルストは警戒していた。まさかライシュの不興を買って招待されなかったなどということは有り得ない。であれば、また別の場所で動いていると考えるのが自然だった。
そしてその予想は、当っていた。ライシュは一つ頷くとこう言った。
「実は、諸々の調整のため、カルノーにはサザーネギアに残ってもらいました。ジュリアの方はメルーフィスで妊娠していたことが発覚しましてな。今は休ませております」
ライシュの言葉は巧妙だった。彼は何一つ、嘘はついていない。しかしその一方で全ての情報を明かしているわけでもない。それどころか、言葉巧みに誤解させるような言い回しを用いている。
「左様でございますか」
エルストはそう言って大きく頷いた。彼はカルノーがサザーネギアに残った理由について、件の3州を取り戻した謝礼についての調整と交渉だと勝手に判断した。ジュリアの方も、妊娠が分かったためメルーフィスで静養しているものと思い込んだ。
ライシュの術中に完全にはまった、と言っていいだろう。ただ、彼は同盟や世子の件を知らない。決定的に情報が足りておらず、そのため致し方ない部分もあった。
「しかし、今回のこともそうだが、カルノーは本当に良くやってくれている。アーモルジュ殿には、どれだけ感謝しても足りませぬ」
話題を逸らすためとはいえ、ライシュの言葉は本心だった。カルノーはもともとカディエルティ侯爵家に仕える家臣だったのだが、ライシュが摂政となった折にジュリアを婚約者としてあてがい直臣として引き抜いたのだ。
ともすればアーモルジュと侯爵家の面子を潰す行為だったが、彼がそれを快く了解してくれたおかげで、ライシュは波風立てることなくカルノーを己が右腕とすることができた。その後の彼の活躍については、改めて語る必要もないだろう。それによって、彼の師匠であるアーモルジュもまた、改めて高く評価されている。
「いやはや、彼奴にもともと才能があったのでしょう。この頃は、私に教師の才能はないと日々痛感しております」
アーモルジュの言葉は、謙遜と言うにはあまりにも悲痛だった。スピノザのことが彼の中で巨大な後悔となっているのは、察して余りある。
「ご謙遜を。アーモルジュ殿からご教授いただいたおかげで、我らはこうして何とか大任を果たせておりまする」
明るいライシュのその言葉に、エルストも大きく頷いて同意した。士官学校時代に添削してもらったレポートのことである。アーモルジュの同意も得ぬまま勢いに任せてカルノーと一緒に送りつけるという、今であれば考えられない非常識なことをしていたのだが、彼は三人分のレポートを丁寧に添削してくれた。その時に築かれた基礎が、今になって大いに役立っていることは間違いない。
「いえいえ、謙遜ではありませぬ。お二人の栄達は、お二人の才覚によるものでしょう」
そう言ってアーモルジュは恐縮して見せる。ただ先程までとは違い、彼の顔には笑みが浮かんでいた。それを見て、ライシュとエルストは胸を撫で下ろした。
「さて、そうであればよろしいのですが……。ところでカルノー殿のことですが、これほど多くの手柄を立ててきたのですから、どこかに所領を、と言う話も出ているのではありませんか?」
エルストは話題を変え、ライシュにそう尋ねた。彼の声音は穏やかだが、その目の光は狡猾だ。
この時代の貴族にとって、自分の所領を得ることは一つの大きな到達点だった。所領を得れば、定期的に租税を得ることができる。しかもこれは近衛将軍などの役職とは異なり、財産であるから子々孫々に相続させることが可能だ。
しかしながら、いやだからこそ、というべきか。恩賞として所領が与えられることは滅多にない。皇国を例にすれば、与えることのできる土地はつまり天領である。天領が減れば、その分皇王と宮廷の力は弱まる。加えて一度与えられた所領は、滅多なことでは取り上げられない。要するに与える側の皇王と宮廷にとって、所領を恩賞とすることはほとんど利がないのだ。
ただ、エルストも言うとおり、カルノーはこれまでに多くの手柄を立てている。その功績を考えれば、彼に所領が与えられてもおかしくはない。そしてライシュも頷いてそれを肯定した。
「ええ。確かにそういう話もありまする」
「左様でございますか。いや、実に喜ばしい」
エルストはそう言って、もはや確定事項であるかのように喜んだ。前述したとおり、自分の所領を得ることは貴族にとって大きな成功の一つである。カルノーがその成功を掴もうとしていることを、彼は友人として素直に喜んでいた。
しかし、エルストの心中にある考えはそれだけではない。彼が狙っているのは、カルノーを皇都から遠ざけてしまうことだ。
カルノーに所領が与えられるとすれば、恐らく旧メルーフィス王国の領地から与えられることになる。当然、皇都アルヴェーシスからは距離がある。カルノーが自分の領地にかかりきりになれば、その分皇都にいる時間は短くなり、ライシュとの連携も難しくなるだろう。
領地のことは代官に任せてしまうという手もあるが、カルノーの性格からして放任はしておけないはずだ。その上彼のことだから、中途半端になることを懸念して近衛将軍を辞することまでしてくれるかもしれない。そこまで行けば、エルストとしては望外の成果と言える。
(まあ、そこまで上手くいくとは流石に思えんがな……)
近衛将軍カルノー・ヨセク・ロト・オスカーは、摂政ライシュハルトにとってまさに右腕だ。彼はこれを手放すことを殊更嫌がるだろう。そもそも、今まで彼がカルノーに所領を与えなかったのはそのためなのだ。そしてエルストのその予想を裏付けるように、ライシュは少々ぼやきながらこう言った。
「まあ私としては、このまま傍にいて補佐して欲しいと思っているのですがね……」
しかしそうも言っていられなくなってきた。妙な言い方をすれば、カルノーは手柄を立てすぎたのだ。これに対して相応の恩賞を与えなければ、信賞必罰の原則が揺らぐことになる。それでは、臣下たちは安心して仕えることができない。加えてライシュ個人も彼に甘えてしまうことになる。健全な関係とは言えないだろう。
ライシュの口ぶりからして、カルノーに所領を与えることがほぼ確定していることを察し、エルストは内心で笑みを浮かべた。これで二人を引き離すことが出来る。
もちろん二人は親友同士であり、また義兄弟でもある彼らの絆は固く、それを断ち切ることはできないだろう。しかし、物理的な距離は現実問題として立ちはだかる。そして二人の距離が離れてしまえば、その分エルストは動きやすくなるだろう。彼はまだ、野心を諦めてなどいなかった。
(出来ることなら、あいつとはもうやり合いたくないものだ)
また、負けてしまいそうだから。思わず浮かべてしまいそうになる苦笑を、エルストは意志の力で堪えた。
「ところでエルストロキア殿下。アンネローゼ女王陛下とアンジェリカ王女殿下は、ご健勝でいらっしゃいますか?」
「ええ。二人とも息災です」
エルストがそう答えると、ライシュは「それはなにより」と言って頷いた。そしてさらにこう続ける。
「そういえば以前、アンジェリカ殿下をフロイトス陛下の婚約者にと申しておられましたが、今でもそのお気持ちは変わりませぬか?」
その問い掛けに、今度は苦笑を堪えることなくエルストはこう答えた。
「あの頃とは随分状況が変わってしまいましたからなぁ……。残念ながら娘をフロイトス陛下に差し上げるのは無理でしょう。アンジェリカには、次の女王となってもらわねばなりませぬ」
実際には有能な配偶者の傍で王妃となるかもしれないが、少なくとも今はそのつもりで教育を施している。それを聞くと、ライシュは興味深そうに「ほう」と呟き、そしてさらにこう尋ねる。
「アンネローゼ陛下とエルストロキア殿下であれば、この先さらにお子を儲けることもできるでしょう。例え男子が生まれても、ギルヴェルスの玉座はアンジェリカ王女に、とお考えで?」
「ええ、そのつもりです。男子が生まれれば、その子にはアルクリーフ公爵家を継がせましょう」
エルストは迷うことなくそう答えた。彼にしてみれば、まだ産まれてもいない子供をあてにはできない、ということなのだろう。
「ははあ、エルストロキア殿下の血筋は安泰でござるな。ですが殿下、もし男子が生まれなかったらいかがいたしますかな?」
明るい笑みを浮かべながら、あくまで冗談の口調でアーモルジュはそう尋ねた。それに対し、エルストもまた冗談の口調でこう返す。
「皇国初の女公爵にでもいたしましょうか。何しろ、私の眼鏡にかなう良い婿養子がいるとも限りませんので」
「殿下がご自分を基準にされれば、世の中の男どもは立つ瀬がありますまい」
そう言ってアーモルジュは笑った。そしてそこへ、同じく笑いながらライシュが加わる。
「左様。しかし子供たちをいつまでも未婚のままにはして置けませぬ。気が早いかもしれませぬが、良き相手を探すというのは大変なものです」
そう言うと、ライシュはそのままエルストのほうへ視線を向けた。そして和やかな表情のまま、しかしとんでもないことを口にした。
「その点、エルストロキア殿下のお子であれば、何の心配もないというもの。いかがですかな、殿下。アンジェリカ王女を我が息子のジュミエルと婚約させるというのは」
その申し出に、エルストは咄嗟に反応できなかった。話の流れからすれば、これは冗談の類だ。しかし冗談と切り捨てるには、ライシュの目はあまりにも真剣だった。
「…………大変光栄なお話ですな。しかし、よろしいのですか? ジュミエル殿は長子でござる。世子としてライシュハルト殿下の跡を継ぐことこそ、なによりの大事と思いますが?」
内心の驚愕を押し殺し努めて平静を保ちながら、エルストはそう応じた。仮にアンジェリカとジュミエルが結婚するとなれば、ジュミエルの方がギルヴェルス王家へ婿に行くという形になる。だがエルストの言うとおり、ジュミエルはライシュの長子だ。これが皇国の皇族であればまた話は違ってくるが、今回は王族とはいえ他国の人間。そこへ長子を婿に出すなど、非常識な話と言っていい。しかしライシュはそのような瑣末な事柄など歯牙にもかけない。豪気な笑みを浮かべながらこう答えた。
「幸い私にはもう一人、娘のリーンフィアラがおりますゆえ、これに良き相手を見つけてリドルベル辺境伯家を継がせましょう。なに、かく言う私も婿養子でござる」
今度こそ、エルストは驚愕のために絶句した。ライシュは何でもないことのように言っているが、彼の言葉には大きな意味があった。
彼は自分の後継者が継ぐものとして、リドルベル辺境伯家を挙げた。さらに長子を婿養子に出すと言っている。この二つを合わせて考えれば、彼の言わんとしていることは明白だった。
ライシュはもはや皇王になる気はないと言っているのだ。そして自分の長子を婿養子に出し、それによってアルヴェスクとギルヴェルスの同盟を強化し、まかり間違っても両国の間で戦争が起こるようなことがないようにしようとしている。まさにエルストの野望を潰すための、捨身の一手と言えた。
「いかがですかな?」
ライシュのその声を聞いて、エルストは我に返る。彼がまず感じたのは怒りだった。裏切られた、と思ったのだ。失望した、と言ってもいい。人生をかけるべき好敵手と見込んでいた相手が、突然自分の前から去ってしまったのである。その喪失感は計り知れないものだった。
しかしライシュの浮かべる穏やかな笑みを見て、その怒りはすぐに萎んでいった。悩みぬいて出した結論であることを察したのだ。決して逃げ出したわけではないことを知り、怒るに怒れなくなってしまった。
『ロキ、俺は皇王の座を諦める。だからお前も野心を諦めろ』
そんな声が聞こえてくるようだった。いや、エルストは確かにその声を聞いた。
構うものか、という気持ちはあった。挑めば応じてくれる。それも分かっていた。だが今のライシュの姿を見ていると、急に自分が矮小な存在になったように思えてくる。そのことにエルストは戸惑った。
「……女王陛下とも相談しなければなりませぬ故、この場ではお答えできませぬが、前向きに検討させていただきましょう」
「是非、そうしていただきたい。今年の初夏にもそちらへ伺わせていただきますゆえ、その時にでも返事をお聞かせくだされば幸いです」
「善処いたしましょう」
エルストがそう答えると、ライシュは一層深い笑みを浮かべた。そして二人は握手を交わす。その様子をアーモルジュが微笑ましげに見守っていた。
そしてもう二言三言言葉を交わしてから、三人は別れた。そしてエルストが一人になるとすぐ、人々が群がり始める。先程までの話を聞いていたのだ。彼らの中では、ジュミエルとアンジェリカの婚約がすでに確定事項となっているようだった。
(なるほど、これがライの力か……)
感嘆と共に悔しいものを覚えながら、エルストは胸の中でそう呟いた。認めねばなるまい。友人は皇国内で影響力を増している。皇国内に限って言えば、二人の差はもはや歴然なものといっている。
(それでも皇位を諦める、か……)
何がライシュを変えたのか。それが知りたいとエルストは思った。




