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そして迎えた、創立記念前夜祭パーティー当日。
大広間は、華やかなドレスや礼服に身を包んだ貴族の生徒たちで溢れかえっていた。
バイオリンの優雅な旋律が流れる中、私は最高級の白い礼服を纏い、隣には同色の美しいドレスを着たエレノアをエスコートしていた。
「アレン様……今日のドレス、本当に私に似合っているでしょうか……?」
少し不安そうに尋ねるエレノア。
「何を言うんだい。あまりの美しさに、私の心臓が破裂しそうだ。会場のどの明かりよりも、お前が一番輝いているよ」
「もう……アレン様ったら、すぐそうやってからかわれて……」
照れて頬を染めるエレノア。二人の甘い雰囲気に、周囲の貴族たちからは羨望の眼差しが向けられている。
だが、その平和な空気は、突如として破られた。
「静粛に!! 皆様、今すぐ音楽をお止めください!」
会場の中央、一段高くなった壇上に踊り出たのは、ジュリアン伯爵令息だった。
彼の隣には、目元を真っ赤に腫らしたマリア男爵令嬢が、悲劇のヒロインのように可哀想なポーズで立っている。
会場の視線が一斉に壇上へと集まった。
「皆様! 本日、このおめでたい席で、私はある重大な犯罪を告発しなければなりません!」
ジュリアンは扇情的な声で叫び、指をピシッとエレノアへと突きつけた。
「そこにいるグランヴェル公爵令嬢エレノア! 彼女は我が学園の誇りある会計長でありながら、その立場を利用して巨額の運営資金を私的流用し! さらに、その不正に気づいた清廉なるマリア男爵令嬢に対し、執拗な脅迫と嫌がらせを行っていたのです!!」
「「「な、なんだってーーーっ!?」」」
会場が大揺れに揺れた。貴族たちがヒソヒソと騒ぎ始める。
「エレノア様が不正を……!?」
「まさか、あの完璧な公爵令嬢が……!?」
マリアがここぞとばかりに涙をぽろぽろと零しながら叫ぶ。
「うう……私、本当は黙っていようと思ったのです……! でも、エレノア様に『余計な口を叩けば、男爵家ごと潰す』と脅されて……怖くて、怖くて……っ!」
完璧な自作自演。劇団員も真っ青の大根役者ぶりだ。
エレノアは突然の冤罪に顔を蒼白にし、私の腕をギュッと握りしめた。
「ア、アレン様……私、そのようなことは絶対に……! 記録はすべて適正に……っ!」
「分かっているよ、エレノア」
私は彼女の手を優しく包み込み、耳元で静かに囁いた。
「大丈夫だ。全部、私が計算した通りの『演出』だからね。お前はただ、私の隣で最高の笑顔を浮かべていればいい」
私は一歩前へ踏み出し、凛とした声で壇上のジュリアンを見上げた。
「ジュリアン伯爵令息。我が婚約者エレノアに対する重大な名誉毀損だ。言動には責任を持ってもらおう。……その根拠となる証拠はあるのかね?」
「ハッ! 言われると思いましたよ、アレン殿下!」
ジュリアンは勝ち誇った笑みを浮かべ、一枚の羊皮紙を高く掲げた。
「ここに、エレノア令嬢が裏金を作り、不正な口座へ送金していた決裁文書の控えがあります! 筆跡も彼女のものです! 殿下、貴方様もこの冷酷な女に騙されていたのですよ! さあ、今こそこんな悪毒な女との婚約を破棄し、真実の被害者であるマリア令嬢を救うべきです!」
会場の貴族たちが息を呑む。
ジュリアンは完全に勝利を確信し、ニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべていた。
(くくく……かかったな、バカ王子! これで公爵家は失脚、貴様も無能の烙印を押されて追放だ!)という心の声が透けて見えそうだ。
だが――。
「フッ……」
私は会場全体に響き渡るような、大きなため息を吐いた。
「ジュリアン伯爵令息。……君のプレゼンテーションは、あまりにもお粗末で反吐が出るよ」
「……は?」
ジュリアンの顔が固まる。
私はパン、と一回だけ手を叩いた。
すると次の瞬間、会場の壁面に設置された巨大な魔術スクリーンが一斉に光を放ち、大映しになったのは――ジュリアンの執務室の映像、そして彼とマリアの生々しい音声だった。
『――いいかマリア。例の偽造台帳は完成した。これでエレノアをハメれば、アレンのバカ王子はパニックを起こす。そこを俺たちが誘導し、第二王子殿下を即位させるのだ』
『まあ、ジュリアン様ステキ! これで私も公爵令嬢を追い詰めて、王妃の座に近づけますわね!』
『クックック……アレンの奴、最近急に改心したフリをしているが、所詮はバカだ。俺たちの完璧なシナリオ通りに踊らせてやるよ!』
『『ハハハハ!!』』
大広間全体に、彼らの醜悪な高笑いが爆音で響き渡った。
「「な……なななななにこれぇぇぇぇぇーーーっ!?」」
ジュリアンとマリアが、同時に悲鳴を上げた。顔面は真っ白になっている。
「な、なんですかこれは! 幻術だ! でっち上げだ!!」
「でっち上げ? 往生際が悪いな」
私はポケットから、本物の台帳と、王立監査院の公印が押された厳重な書類を取り出した。
「君たちがマリアを通じて学園の予算から流用していた【一千二百万銀貨】の裏金データ、およびその資金が『第二王子派の不法政治工作資金』として流れていた銀行の取引履歴の全てだ。すでに王宮騎士団と財務院が君の伯爵邸を押さえ、証拠品をすべて押収したよ」
「な……っ!? な、なぜそれを……隠し金庫の場所は誰も知らないはず……!?」
「社畜……いや、私の監察眼をなめるなよ」
私は冷酷な笑みを浮かべ、壇上へとゆっくり歩み寄った。
「決算書の数字の整合性が合わないことなど、私からすれば一目で丸わかりだったのだ。君たちのやっていたことは、あまりにも杜撰で、お粗末で、コンプライアンスの欠片もない……まさに最低最悪の不正会計だよ」
「ひっ……ひいいいっ!?」
「さらに、我が愛しきエレノアに冤罪を着せ、その尊い名誉を傷つけようとした罪……。ジュリアン伯爵令息、並びにマリア男爵令嬢。貴様らの家は本日をもって全財産没収、および国家叛逆罪で取り調べとなる。覚悟しなさい」
私の合図とともに、会場の扉が勢いよく開いた。
完全装備の王宮騎士たちが雪崩れ込み、叫び声を上げるジュリアンとマリアを容赦なく取り押さえていく。
「離せ! 離せえええ! 俺は伯爵家の次期当主だぞ! アレン、貴様ごときにーーーっ!」
「嫌あああ! 助けてアレン様! 私、騙されていたんですぅぅぅ!」
見苦しく叫びながら連行されていく二人。
会場に残された貴族たちは、あまりの超展開と、アレン王子の恐ろしいまでの手回しの早さに、ただただ慄いていた。
「……す、凄すぎる……。アレン殿下は、最初からすべてお見通しだったのか……!」
「なんという知謀! なんという決断力!」
「そして何より、エレノア様を守るためのあの容赦のなさ……!」
拍手が、最初はポツポツと、やがて雷鳴のような大歓声となって広間に巻き起こった。
不当な陰謀を完璧に跳ね返し、悪を即座に叩き潰した王子。
その圧倒的なカリスマ性に、誰もが酔いしれていた。
──
騒動が収まり、静かになったテラス。
夜風が心地よく吹き抜ける中、私はエレノアと二人きりで佇んでいた。
「……アレン様」
エレノアが、静かに私の袖を引いた。
「ん? どうしたんだい、エレノア。まだショックが残っているかい? すまない、本当ならこんな泥臭い事件に巻き込みたくはなかったのだが……」
「いいえ……違います」
エレノアは首を振り、潤んだ紫の瞳で私をじっと見つめた。
「私……感動していたのです。アレン様が、私を信じてくださって……私のために、あんなにも見事にお戦いくださったこと……」
「当然だよ。私はお前の騎士であり、未来の夫なのだから」
「……はい」
エレノアは、そっと私に寄り添い、胸に頭を預けてきた。
「私……アレン様となら、どんな困難も乗り越えられる気がいたします。ずっと……ずっと、お傍にいさせてくださいね」
その言葉と、腕の中に伝わる温もりに、私の胸は甘い愛おしさで満たされた。
前世では、誰からも評価されず、深夜のオフィスで一人静かに息を引き取った。
でも今、私の隣には、命をかけて守りたいと思える、世界で一番大切な存在がいる。
(もう、破滅の恐怖なんてどこにもない)
私はエレノアの顎をそっと指で引き上げ、彼女の熟したイチゴのような唇に、優しく、深く、永遠を誓う口づけを重ねた。
「ああ、エレノア。一生離さないよ。私の愛も、私の仕事も、すべてお前を幸せにするために捧げよう」
「……ふふ、アレン様の『お仕事好き』には勝てそうにありませんね」
「おや、嫉妬かい? なら今夜は、仕事以上に情熱的にお前を愛してあげないとね」
「~っ!? もう、アレン様ったら……っ!」
月光が照らすテラスで、私たちの甘い笑い声が夜空へと溶けていく。




