【エピローグ】
【エピローグ】
旅が始まった。
しかし、持っていける物はそう多くない。
交流関係を築いたパトリックに、
護衛のための兵を借りて、
実質的にマグリバを明け渡す形で、
ノーマンは短い領主の在任期間を終えた。
皮肉な結果だ。
マグリバの下部都市として同盟を結ぼうと目論んでいた相手に、
街を実質明け渡して守ってもらうことになるなんて。
だが、パトリックなら問題ないだろう。
馬もバイクもない。
数少ない貴重な財産を、
あの街から持っていくわけにはいかなかった。
だから、ノーマンとエルシアは静かに歩く。
燦々と照りつける太陽の下、
地平線の先で青空に隠れるほどに続く荒野。
「まずはどこに行くの」
「西に行きます。
そちらに、知識の都があるとリチャード様に聞きました」
正確には、遥か太古に、世界最大の図書館という施設があったのが西だ。
もう滅んでいるのだろうが、
東には前の歴史で行き、そこで鋼鉄の民に出会うことはなかった。
そんな、雲を掴むような決め方だが、
エルシアは大人しく、従っている。
「こうして二人並んで歩くなんて久しぶりですね」
沈黙を紛らわせるために、
隣に声をかけてみる。
それで話が弾むかというと、逆だった。
反射的にこちらを見たエルシアの視線は、
彼女が切断した右腕に収まった義腕へ吸い寄せられた。
美しい青空色の両目からぽろぽろ涙が溢れて、
何度も鼻を啜る音がした。
「ごめんね。腕。
私のせいで」
「貴女のせいなわけがないでしょう。
乗っ取られたらどうしようもないですよ」
「でも……」
「俺はずっと貴女のために生きてきたんです。
だから、俺のことは気にしないでください。
どうせ戻る腕なんですから、リチャード様の下半身と一緒に」
そう言われてもエルシアの悲しみは癒えない。
自分から死ぬのはやめたが、
だからといって、あの傍若無人さが戻るわけでもなかった。
結果として、前の歴史のエルシアが纏っていた影を、
こちらも持とうとしているようにも見える。
それは、本来なら安心することだったかもしれないが、
今の彼女に悲しみを背負って欲しいわけでは決してない。
妙な言い方だが、どうすれば前のワガママぐうたらな
エルシア・ループライトに戻ってもらえるだろうか。
「見つけたあ!! おいおい見てみろよこの身体ぁ!!
歩いてるだけでこの速度だぜ!!」
「レベルが違ぇんだ!
レベルの違ぇ肉体になったんだ!!」
「ならやりてえよなあ……人肉食!!」
「今なら隠れたうまみがわかりそうだぜえ!」
馬の機械躯体にモヒカンの上半身を生やした、
モヒカンの新種、MOCHINAの群れがいた。
初遭遇時の個体が殲滅されて以来見かけなくなったが、
どうやらあれで打ち止めというわけではないらしい。
例によって、マグリバに来ようとしている行商人が、
囲まれて襲われている。
男の子と女の子の兄妹と、その両親が、
機械のモヒカンに翻弄され、
嬲り殺された護衛の亡骸に自らの末路を見て恐怖していた。
「あっ……」
「足は持っていないか。
ハズレですね。行きましょう」
歩みを止めたエルシアの手を握って、先導しようとする。
今の彼女は剣を握れる精神状態ではない。
試しに宝剣ホワイトアイスについて尋ねてみたが、
狂ったように首を振って嫌悪感を露わにしていた。
ならば仕方がない。
ノーマンだけでモキナの群れに勝てるとしても、
エルシアを守りながらは無理だ。
「……助けに行かないの?」
「ここは本来、そういう世界ですよ。
貴女が剣を握れないなら、
俺はお嬢様を守ることに専念します」
槍に貫かれた屈強な護衛が、
モキナに掲げられ、
生きながらに四肢を千切られていく。
身動きする気力も失った商人親子は互いに身を寄せ合って、
じっとしているしかできない。
「でも……可哀想……」
「それを伝えても相手がやめてはくれませんよ。
なにせ相手はモヒカンだ」
冷酷な現実を伝える。
打ちのめされたエルシアが俯き、
おとなしくノーマンに手を引かれ、歩き出す。
後は目をつけられないようにして、
ここから離れれば良い。
見たところ、あの行商人には無理に助ける価値もない。
彼の主人が見殺しを受け入れるなら、彼らの寿命はそこまでだったということだ。
それよりも、今のエルシアを再び血の中に立たせる方が、
よほど取り返しがつかない。
「お父さん助けてええ!」
子どもの悲鳴が、ここまで聞こえた。
瞬間、エルシアは迷わずに動く。
ノーマンの義腕が握っていた宝剣が、鞘より抜かれた。
音も抵抗もなく、
完全な角度と力の入れ方でするりと抜き放ったエルシアは、
迷わず家宝をモキナに投擲した。
「なんだテメエはァァァァン!」
動揺のあまりに奇声を発し、
歯車を高速射出するモキナたち。
だが、それは相手に武器を与えただけだ。
足元に突き刺さった歯車の中心の穴に人差し指を通し、
高速で回転させて、残忍な怪物へと、文字通り飛んだ。
脚を伸ばし、天高らかに、太陽の黄金の光と、
血腥い風を突っ切って。
目を奪われる光景。
次から次へとモキナの頭部が両断され、
輪切りになった死体が転がっていく。
血とオイルを纏った極薄の円盤を周囲に展開させながら、
傷一つ負わずに回転して、
さらに武器を回収し、群れを薙いでいく。
ノーマンは何もしていない。
ただ何かをする間もなく、
エルシアが彼女の才覚を解放しているだけで、すべてが解決している。
一応は逃げ惑ったモキナ一人の頭部を叩き潰したが、
そんなことはこの光景と比べたらどうでもいいことだ。
鋼鉄の民として学んだかつての文化による価値観、
天から降り、人に言葉と価値を齎すもの、天使。
その呼称が最も相応しく思えるくらいに、
舞うエルシアは美しかった。
「一生、守ろう」
この世で一番の、宝だ。
怪物たちがすべて斬り伏せられ、
行商人親子が何度も頭を下げて感謝を述べる。
家族を害した技を使ってしまったことに、
複雑な心情のエルシアは、無言のままに棒立ちしていた。
それでも、剣を投げ捨てることだけはしなかった。
「もうすぐマグリバだ。
エルシアとノーマンの名前を出せば、より歓迎されるだろう」
「本当に何とお礼すればいいか……」
「礼は全て、彼女に。
無事に街に着くことができたなら、
それ以上の報酬はいらない」
言葉を発しないお嬢様の代わりに
助けた者たちと会話をしている。
大人の会話の下で、
子どもたちが、荒野なのに高価なドレスを着ているエルシアに、
目を丸くして見上げた。
「お姉ちゃん、もしかしてお嫁さん?」
この時代の子どもの知識内で最も綺麗な存在。
ただそれを口にしただけなのだろう。
言われたエルシアは、否定しようと口を開いて、
何やら言葉にならないうめき声をあげ、
何度も何度も何度もチラチラと、ノーマンの横顔を盗み見た。
最後に、鼻の下を伸ばして頭をポリポリ掻いた。
「うへへ、これからなるの」
一旦完結として続きはその内たぶん書く感じ




