【九】-2 どっちだ
「ほぉ」
絶対に読まれている。
そう直感したノーマンは、モーカギュウの亡骸を蹴り飛ばした。
エルシアの投げナイフがあんなに苦戦した贅肉の巨体が、
容易く胴体を細切れにされた。
「ぐっ!」
エルシアを肩に担ぐと、逆の肩が抉られた。
だが、致命傷ではない。
これは生き残れる…………。
──どっちに逃げる?
ノーマンの取れる選択肢は二つ。
チニスに駆け込むことと、
マグリバに帰ること。
剣邪がモヒカンの群れに来たのは、
奴らを斬って強くなるためだろう。
ここで逃げ切れば、奴は近くのチニスに行くだろう。
そうすれば、ノーマンとエルシアは助かる。
「だが、ここで得た戦力を見捨てるのは……」
そう考えると、
肩にのしかかる重さが存在感を増す。
自分だけならいいが、エルシアまで危険に晒したくはない。
考えるために足を止めるだけで、全身のどこを斬られてもおかしくはない。
考えなければ。
一手間違えれば、何も得られないどころか、全てを喪う。
「ノーマン……?」
身動ぎして目を覚ましたエルシア。
自分がどうなっているのかを理解していない。
当たり前のことだ。わかるわけがない。
自分とは位階そのものが違う剣士がいることを、想像もしていなかっただろう。
これは幸運だ。
彼女なら、モヒカンや骸獣に負けることはまずない。
最悪、モヒカンから追い剥ぎをしつつ家に帰ることができるだろう。
「急用ができたので、お一人で帰ってください。
バイクはその辺のクズからもらえばいいでしょう。
それと溜め込んでいたファッション論評ですが、
鎖鎌はワイルドで、ヘソとかヒップラインとかをアピールしているの、俺は好きですけど過激すぎます。
投げナイフは紳士っぽくて露出も抑えてますけど喋る度に口ひげが動くのが可愛すぎて気を取られます。
以上です。貴女のいる所に、俺は何度でも帰ってきます。それでは!」
チニスとマグリバの分かれ道になる位置で、
エルシアを、彼女の家へ向かう道筋へ思いっきり放り投げた。
最初は追いかけてくるだろうが、
このスピードに彼女が追いつくのは無理だ。
血骸で底上げした速度は、人間が追いつけるものではない。
諦めたら、じきに家に帰るだろう。
「パトリックが更生したのはこれか……」
剣邪にモヒカンの次の標的にされ、
強さに任せて暴虐を働いていたところで、
全てが滅んで、価値観が激変した。
不幸と悲しみから強さを得たのだろう。
「今回はそうはならないからな。パトリック。
これから奴隷のように働いてもらう」
そう虚勢を張っても、
この危機を乗り越えられる見込みはなかった。
「大丈夫、計画通りだ……!」
最強の駒であるエルシアは逃がした。
忠実な犬になるパトリックは、これから助ける。
そうして兵力を揃えれば、リチャードも死なない。
こちらの策は全て仕込み通りに……
間違えれば、エルシアもリチャードも……
「クソッ!!」
どれだけいつもの参謀のように思考を繋げても、
「奪い、値踏みし、売り捌き、成り上がれ」
実の両親から受け継いだ《飢餓》が計算を研ぎ澄ませても、
また大切な人を喪いかねない恐怖だけは、
時間を遡っても、忍法を極めても、克服できなかった。




