9.牛って優秀ですね
整備された林の中を、馬で10分ほど走行すると、そこには大きな湖が広がっていた。
湖の奥には王城よりは小規模だが、荘厳な雰囲気の建物があり、夏場には王族が避暑地として利用されているとノアが説明していた。
馬から降りて案内された場所には、先に到着していた侍女達が会食の準備を整えて待っていた。
湖を一望できる開けたその場所に繊細な刺繍が施された天蓋が設置され、その下には会食用に用意された軽食や飲み物が周りに飾られている装飾品に合わせて美しく並べられている。
「こちらでお待ちください」
ノアは令嬢達に一礼をすると、先程見えた建物の方向へと歩いて行った。先に到着しているであろう王と王妃を迎えに行く様だ。残されたのは給仕用の侍女と令嬢だけ。何が起きるかは予想が出来た。
「貴方、馬にも乗れませんの?」
どうにか涙を堪え切ったエミリアが黄色い釣り目をさらに吊り上げ、先程ノアと馬に同乗していたノヴァック嬢を糾弾し始めた。
「は、はい、私の領地に馬はおりませんので」
小刻みに体を震わせながらエミリアの質問に答える彼女に味方はいない。侍女達は聞こえない振りをし、他の令嬢はエミリアの後ろで険悪なオーラを醸し出している。エマは馬に乗っていた時から距離をとることを決めていたので、その集団を遠巻きに見てるだけ。
「っはん、馬がいない領地って、、どこの貧乏人よ。クラウディンでは貴族だけでなく平民すら馬を所有してましてよ!」
鼻を鳴らしながら侮蔑の視線を容赦なくノヴァック嬢へ向ける。
(うちも平民が馬に乗ってるけど、関わりたくないから黙っていよう)
「わ、私の領地はその、ノヴァックと言いまして、余り豊かではないのです。ですが、豊かでないなりに皆工夫をしながら生きています。馬の様に高価な動物はおりませんが、その代わり私たちの領地では牛を使っているのです」
「・・・・っぷ、う~し~?」
両手を握りしめながら必死に説明するのだが、それを聞いた令嬢達からは更なる侮蔑と嫌味を含んだ笑い声しか返ってこない。
「はい、牛です。馬よりも安価で売られておりますし、足は遅いですが、大量の荷物を載せた荷車を引く事が出来ます。乳も出ますし、時期が来れば肉を食べる事も出来るのです。それになんと言っても牛が排泄した糞尿は農耕の肥料にぴったりで牛を所有していない領地に売りさばくと中々高値で買って頂けるのです!すごいです牛!役立ちすぎです!!」
牛について語りながら鼻息が荒くなっていくノヴァック嬢の姿に令嬢たちはドン引きしていた。特に糞尿あたりがピークに不快だったらしく、エミリアは扇子で口を隠し、眉間には大きな皺を作った。
「糞尿は肥料としてそのまま提供するのですか?それとも何かしら混ぜてから売るのですか?」
令嬢達の反応を見てっはと我に変えり、顔を赤らめながら下を向いてしまったノヴァック嬢に、遠巻きで見ていたエマが糞尿の話を蒸し返した。
「あ、あの、、」
「突然申し訳ありません、私、エマ・カールソンと申します。我が領地では農耕を主とした収入源としておりますため、ノヴァック様のお話が気になりまして」
当然話しかけられ動揺するノヴァック嬢に、揶揄している訳ではありませんよと理由を説明した。
「そう・・・ですか、私はアイラ・ノヴァックです。収入源は農作物ではありませんが、牛についてなら沢山知識があります、えっと、先ほどの肥料の事ですが・・・」
糞尿の話をする令嬢も不快だが、それに食いつく令嬢も似たようなものだろう。不快を通り越して奇異な目で見る令嬢達に見向きもせず、二人の話はどんどん盛り上がっていく。
「なんですの・・・これは・・・」
ワナワナと握りこぶしを震わせエミリアが不快な会話を続けるアイラとエマに近づく。
「いい加減になさいませ!!この貧乏人ども!!!」
「何をしている」
エミリアの怒鳴り声の1秒後に、怒りを含んだ威圧的で聞き覚えのある声がした。
恐る恐る声のする先へ視線を移すと、不機嫌そうな顔をしたリアム王と困ったように笑うオリビア妃、あきれ顔でため息を吐くノアが立っていた。