13.王の限界
「ぜひその時は私がご案内させていただきます」
花街には一度しか足を踏み入れていないが、将来有望なミアに近付くため案内役を申し出る。
「ありがとうございます。その時はぜひ。・・・・・・・あの・・・エマ様は、リアム王の側室でいらっしゃいますよね?」
先ほどの堂々とした態度とは異なり、ミアが躊躇いながらも尋ねてきた。
恐らくカールソン家の一人娘が王の側室になったとバートンから聞いているのだろう。
「はい。そうですが。それが何か?」
気丈なミアが気まずそうにしているの様子が気になり、話の続きを促す。
「あの、実は、先程可笑しな噂を耳に致しまして・・・」
「噂、ですか?」
どうやらミアは自分のビジネスを熱心に語りながらも、周りの令嬢達の話にも耳を傾けていたらしい。
「イザベラの奴・・・やはり私の地位を狙っていたか!!」
ッダン!!
苛立ちを隠せないリアムは、目の前の机に拳を打ち付ける。
元々感情的になりやすい王だが、イザベラが関わると更にその勢いを増す様だ。
「ですが、本当にイザベラ様が関わっているのでしょうか?正直、この様なやり方は彼女らしくないと思われますが」
主の怒りに涼しい顔をしたノアが応対する。
ミアから聞いた噂話。
それは、リアム王が貴族達から階級を取り上げようとしている事。そして、王の行動にイザベラが難色を示し、近々王に反旗を翻そうとしている。という様な内容だった。
確かにイザベラは以前、一度だけリアムに対し牙を剥いた事はあるが、清々しい程攻撃的な態度を取っていたらしい。
自身が勢力を集めている事を隠さず、あからさまに自身が敵だと王に分からせたのだ。
敵の姿が見えていても、それを止める力を持たないリアム王はイザベラに敗北し、自身の従者を渡す事でその場を収めた。
意図して噂など立てるとは人物とは到底思えない。しかし、聡明な彼女が情報を漏洩させてしまったとも考えにくいのだ。
「私もそう思います。誰が何の目的で流しているのかは不明ですがイザベラ様ご本人とは思えません。しかし、イザベラ様の名は社交会では影響力も強いため何かしらの影響を受ける者も多いでしょう。今回の舞踏会では、かなり広い範囲の令嬢達が耳にしている様子でしたので」
きっと彼女達はその噂を持ち帰り、両親にも話すのだろう。
敵も少なくないリアムにとって、この流れを止めなくてはいけないのは承知の上だ。
「ならば望み通り、イザベラと決別するだけだ!!元々はその予定だったのだから早まったところで問題はない!!」
せっかく開催できた交流パーティーを下らない噂で邪魔されたリアムの怒りはすさまじい。
先ほどから何度も拳を机に打ち付け、殺気立っている。
(これでは、まともな話が出来ない)
側近の従者であるノアをちらりと見てみたが、慣れているせいかリアムの怒りは受け流している様子だ。
だが、エマにとっては心臓に悪い。
怒りが収まるまで待つ手段もあるが、イザベラやリアムなど、王族の怒りはエマの背筋を凍らせるのだ。
(何か方法は・・・あ、これは・・・)
ッカチャン!!
何度も机に衝撃を与えていたため、用意されたティーカップが一つ、地面に落ちて割れてしまう。
それをノアが無言で片付け、外へ持っていく。恐らく近くにいる侍女にでも渡すのだろう。
ノアが扉を閉めた事を確認し、エマはポケットからある物を取り出す。
恐らくノアがいたのでは、これをリアムに渡す事は出来なかっただろう。
苛立ちを隠さないリアムの前に、エマは以前、デブリンから貰った煙草をそっと机の上に置いた。
「なんだ?これは」
煙草を嗜む貴族も多いが、どうやらリアムの周りにはいないらしい。
健康を害する嗜好品をノアの前で手渡せば、恐らくあの真面目な騎士はこの価値も知らずに処分してしまうだろう。
「カールソン領で珍しく流通しておりました嗜好品でございます。ロックウェル様も席を外されておりますし、これで時間を潰しては如何でしょうか?」
以前エマから教えられた調教薬もリアムにとっては珍しい代物で、今回手渡された煙草もまた興味が湧かない訳ではなかった。
「どうぞ吸ってみてください」
まだ興味の段階で止まっているリアムに対し、エマは擦ったマッチの火をリアムが持つ煙草へ当て、使用を促す。
体に少なからず害を与える煙草だが、持て余した時間を潰す他に重要なメリットを持っている。
「失礼いたしました。侍女が新しい紅茶を入れ直してくるそうです・・・・?リアム様?」
処理を終えたノアが部屋に戻ると、先程まで怒り狂っていた主が落ち着きを取り戻していた。
そしてなぜか、部屋の全ての窓を全開に開放しているエマの姿が。
「貴方は、何をされているのです?」
「・・・いえ。部屋の空気を換えようと思いまして・・・・」
(危なかった)
奇妙なものを見る視線をノアから感じるものの、煙草に関しては特に言及されなかった。
もしかしたら、ノア自身がリアムと同様にその存在を知らないのかもしれない。
煙草から発生する煙を体内に吸収する事で、人の感情を鎮静させる効果を持ち、怒りや悲しみなどを鈍くする。
一時は平民の手に渡るほどに流通していたのだが、依存性が高く、体に害を与える煙草の存在を危険視した国が、生産量自体を大幅に削減したのだ。
生産量の低下と煙草に対するマイナスなイメージにより、リアムやノアなどの階級の高い若者の目には触れない様に周りが目を配らせていたのかもしれない。
「とにかく、今はイザベラ様ではなく、その噂事態に対処された方がよろしいかと」
恐らく冷静さを欠いたリアムが今までノアの意見を受け入れた事がなかったのだろう。
落ち着きを取り戻した主に対し、ノアは自身の考えを口にした。
「だろうな。取り敢えず、お前は噂を流したものを探れ、それからその噂に反応し、加担しようとする動きがあれば、すぐに私に方向を入れろ」
「はい。了解致しました。では、騎士達にもその旨を伝達させて頂きます。噂に触発され、国王様を狙う輩も増える可能性がありますので、城内と城下町の警備を更に強化し・・・」
「お待ちください」
ノアの発言に思わずエマが口を挟む。
「なんだ?」
以前よりは話しやすくなったとはいえ、国王と専属騎士との会話に割り込むなど無礼な態度だ。
しかし、リアムは気にする様子も見せず、当たり前の様にエマの発言を促した。
そんな国王の態度にほっと胸を撫で下ろし、冷静に状況確認を始める。
「先日、王都の管理所を訪れたのですが、以前よりも警備が厳重になっておりました。それは、国王様の身を案じて、との事でしょうか?」
どちらが発案し、騎士達に命令を下したか不明なため、二人の顔を伺いながら尋ねた。
「はい。以前、国王様が下されたある命に対し、反感を抱く者達が現れまして」
先日エミリアから聞いた王族会議での出来事だろう。
前国王にしがみ付いていた貴族達が金欲しさに人身売買に手を出し、王の怒りに触れた。
若き王に『貴族』としての称号を剥奪された者達は、家族共々追放され、現在は生死すら不明らしい。
前国王派に対し、良い見せしめになったのは良いが、新たな国王と信頼を築けていない貴族達にとっては明日は我が身と危機感を募らせているのだ。
「貴族達が自身で反乱を起こすとは考えにくいからな。金で雇った刺客を使ってくる可能性が高いため、警備を厳重にしているのだ」
リアムに不信感を抱く者達が不穏な噂に食らいつく。
その食らいついた者達を警戒し、リアムは更に貴族達との距離を空けていく。
(噂一つに翻弄されてしまう程、王と貴族との間には溝がある)
「確かに、国王様のお命をお守りするため、警備を厳重にする事は必要だと思われます。しかし、それだけで十分な対策と言えるでしょうか?」
「・・・言ってみろ」
遠回しなエマの発言にリアムは耳を傾けてくれる様らしい。
だが、エマ自身もこれからする提案をどう目の前の王に伝えればよいのか、思考を巡らせている最中だ。
「はい・・・先日、私は初めて『舞踏会』なるものに参加いたしました」
「「は?」」
話題を急に変えられたリアム達から不思議な声が漏れる。
「今までは『舞踏会』など着飾った男女が自身の優位性を競い合う場所だとばかり思っていました。出席した所で私の様な辺境の領地の娘は馬鹿にされるだけだろうと、そう思っていました」
今回リアムが開催した特殊な舞踏会では、あからさまに貴族が平民を馬鹿にするという図式が出来上がっていた。
「そして実際に参加した舞踏会は・・・やはり予想通りの場所でした」
「「は?」」
急な話題転換に続いて、エマの舞踏会に対する謎な感想は、二人の整った顔を固まらせる。
「一体何が言いたのですか?」
さすがに本題とズレ過ぎではないかと、ノアが苦言を口にするが、エマが話を止める事はない。
「皆さんはよく周りを観察されていました。誰がどこの出身で誰と親しいのか。身に着けているドレスや宝石がどれ程の価値を持つのか。個々で優位性を見せあいながらも、己の身の置き方を考えながら行動されている様でした」
「己の身の置き方?」
「はい。誰と仲良くするのか、誰と距離を置くのか、誰の意見に従うのか、っと」
イザベラとリアムとの違い、それは壇上から降り、人々との関りを持っているかどうかが大きい。
いくら皆の前で公言しようとも、個人的な関りを持たないリアムの意見を信じる人間は少ない。
そして、権力とは異なる社会的な地位を築き、多くの貴族達から人望を集めるイザベラの意見は、舞踏会の中でリアム以上の影響力を持ったのだ。
「実際に見定めているのです。互いに仮面を被りながらもその人間の本質を見ようと」
「なるほど。其方は私に社交の場に降り、他の者達と言葉を交わせと」
特に怒ってはいないが、エマの意見に躊躇している様子が見える。
実際にイザベラの様に貴族達に混じってパーティーに参加する王族は珍しい。
この国で最も高い地位にある王族は、その姿を目にする事すら珍しく、言葉を交わすなどと言う状況は一生に一度あれば奇跡だ。
だからこそ、自身よりも下の者に対し、気遣い、配慮し対応する経験を持ち合わせない王族達は横柄な態度の者が多い。
(だからこそ、国王様だけでは貴族との溝を埋められない)
エマは小さく深呼吸をすると、リアムの目を真っすぐ見返し、その質問に答えた。
「国王様と・・・そして、王妃様の存在が必要不可欠化と思われます」
「・・・オリビアを社交の場に出せと?」
リアムの声に怒気が混ざる。
平民であるオリビアを貴族達がどう思っているのか、エマも把握してはいなかった。
だが、彼女の美しさと聡明さがあれば、イザベラに匹敵する程の社交界の花となるだろう。
何よりも彼女は、リアムの暴走を止められる唯一の存在。
以前もイザベラとの争いを望むリアムに対し、秘密裏にイザベラとやり取りを行い、その衝突を回避させたのだ。
男女問わず人々を惹きつけ、若き国王と貴族達との摩擦を減らせるのは彼女しかいない。
汗ばむ拳を握りながら、凍てつくオーラを放つ王に語り続けた。
「王妃様は誰に対しても慈悲の心をお持ちになる素晴らしい方です。王妃様の前では皆、その言葉に耳を傾け、感銘を受ける事でしょう」
「カールソン嬢。私にその様な世辞が通じると思うのか?」
貴族を嫌う王が、愛する王妃を社交の場に出すなど容易に許可を貰えるはずがない。
だが、オリビア妃にとっても貴族との関りを深める事は利益となる。
リアムを傍で支え、その暴走を食い止める役割を担っている彼女にとって、イザベラ以外の人脈は必要としているはずだ。
(あとは、どうやって王を口説くかだが・・・)
オリビア妃を城から出す利点をリアムに提供する必要性があるのだが、それをどう表現すればよいのか、エマは思考を巡らせていた。
「オリビア妃を社交の場に出す事は・・・」
「オリビア妃にとっても利になるかと思われます」
エマが口を開いたその時、先程まで口を閉ざしていたノアが入り込んできた。
物珍しい顔で横顔を見ると、一度目を合わせ、すぐにそっぽを向かれてしまう。
「オリビアの利だと?」
先程まで酷い剣幕で話を聞いていたリアムの顔が少しばかり緩む。
やはり一番近い従者であるノアの話は傾聴する価値があるらしい。
「はい。オリビア妃は現在、貴族との関係をほとんど持っておりません。そしてオリビア妃の姿を目にした事がない貴族達はオリビア妃を『役立たず』っと呼んでいるそうです」
「なんだと!!」
ノアの過激な発言にリアムの堪忍袋の緒が切れる。
エミリアを裁いた時とは比べようもないほどの迫力にエマは声が出せない。
背筋が凍り、血の気が引いた体で息をするのが精いっぱいな状態のエマに対し、ノアは涼しい顔を崩さない。
「そのような奴らにオリビアを合わせる必要はない!!」
その貴族達を皆殺しにしそうなオーラを放ち、リアムはノアに掴みかかった。他に従者もいないこの部屋では、リアムの暴力を止められる者はいない。
(ど、どうすれば)
暴力の場に居合せた事はあるエマだが、相手が国王となれば間に入るわけにはいかない。
だが、今にも殴られそうなノアは真っすぐな視線を外さず、リアムに立ち向かう。
「オリビア妃は王妃としての役割を果たしてはいません。王の子を成さず、王妃として参加するべき社交の場にも参加していない。その行動が例え王の意思だとしても周りの批判は全て王妃に注がれるのです。貴方が王妃を隠せば隠すほど、貴族達は好き勝手に王妃を噂し、蔑み、王妃の敵を作ろうとする」
「ならば尚更愚者共にオリビアを合わせるわけには行かない!彼女は私が守る!」
「では、なぜオリビア妃は王族会議に参加出来ないのですか?」
「っな!」
ノアに突かれた個所はリアムにとって痛いらしく、怒気を纏いながらも反論が出来ない。
オリビアが王族会議に参加出来ない理由は、オリビアが元平民である事と共に、全く社交の場に顔を出さないオリビアに対する王族達の不信が関係しているらしい。
「王妃を本当に大切だと思われるのでしたら、彼女を信頼してください。オリビア妃は貴族であろうと王族であろうと信頼を勝ち取る魅力をお持ちです。彼女に手枷を掛けるのではなく、彼女の味方を作る事に尽力された方がよろしいかと思います」
リアム王の限界。
きっとそれはノアにも見えていたのだろう。
信頼を置く従者からの真摯な態度に心を打たれたのか、自身の失態に気が付いたのか。
力なくソファに腰を掛けたリアムは、深いため息を吐いた。




