11.呼び笛の行方
『大輪のひまわりの様な女性』
そう彼は私を例えた。
また会いに来ると証を渡したけれど、彼が私を尋ねる事はなかった。
きっと明日来る。きっと来月来ると待ち続けていた頃に、リアムから婚約破棄を言い渡され、そしてリアムよりも優しいノアが私の婚約者となった。
だから忘れていた。
きっと二度と会わない。二度と思い出さない。
そう思っていた。
「ごめーん!エマタン大丈夫!?コブとか出来てない!?」
バートンとの交渉を終え、上機嫌なグレルが勢いよく開けた扉は、エマの顔面に当たった。
心配そうな声を上げながら、グレルはエマの顔に傷が出来ていないか入念に調べ始める。
「本当にごめんねぇ。いい子いい子するから許して・・・ん?何かな?」
エマの顔に傷がない事を確認したグレルは、エマの頭を擦りながら許しを求めた。
だがその手はノアによってがっしり掴まれ動かない。
「失礼ですが貴方は誰です?女性の頭を撫でるなど不躾にも程があります」
静かで落ち着きのある声だが、あからさまに怒気が混ざっている。
グレルはノアに掴まれた手をちらりと見た後、細い目を薄く開け、怪しい笑みを浮かべた。
「何って?君こそ何?見ず知らずの人間の手を乱暴に掴むなんて、君の方が失礼だろう?」
不愉快さを前面に出したグレルが抗議するが、ノアの手はグレルから離れない。
「その人を離してください。こんな大通りで女性を抱擁するなど不埒な方ですね」
(不埒はお前だ)
顔面の痛みを抑え口を開こうとするが、どうこの場を処理すればいいか解決策が思いつかない。
そうしてる間にノアとグレルの間に流れる不穏な空気が色濃くなっていく。
「あのねぇ。この状況が君にはいやらしく見えるのかい?それは君の考え方の方が問題だよ?それにこの子は僕の・・・」
「やっぱり!あの時の!」
グレルがエマとの関係性を説明しようとした時、さらなる厄介事が首を突っ込んできた。
目を爛々と輝かせ、小さな手を握りしめ、ノアとグレルの間に入る。
「まさかこんな所で会うなんて!また王都で商売を始めるの?私の証はまだ持っている?」
「・・・・・・・・・・・・・・・っは!お久しぶりです。大輪のひまわり様。やっと・・・会えましたね」
鈍い反応だったが、頭の回転が速く、記憶力の高いグレルは瞬時にデイジーの存在を思い出す。
エマを抱擁から解放すると、デイジーの前に仰々しく跪いた。
(大輪のひまわり・・・?まさか!?あれはデイジー・マリアーノか!?)
エマも遅れて『大輪のひまわり』なる人物を思い出したらしく、無意味ではあるが慌ててフードを被りなおす。
「貴方もディに会いたかったのね!でも・・・どうしてこんな遅くに・・・」
グレルと再び会えた喜びと、長い時間会えなかった悲しみがデイジーの表情を複雑にする。
「貴方を思い出さない日はありませんでした。青空を見るたびに、暖かな太陽を浴びる度に、そして美しく咲き誇るひまわりを見るたびに、僕の心は貴方に捕らわれていた。だけど・・・・それはいけないと、思いました。貴方を不幸に出来ない。したくないと思ったからです」
「ディを?どういう・・・」
数年間も会いに来ず、自分を想っていたなどと言う目の前の男に対し、デイジーは理解が出来ないと眉を寄せた。
「貴方は・・・婚約していらっしゃる」
「っ!?」
以前はリアムと婚約していたデイジーだが、現在はノアとその関係を結んでいる。
その事をこの男が知っているはずはないが、デイジーは昔もそして今も婚約者がいる身なのだ。
それを強行突破し会おうと持ち掛けてきたのは男の方だが、今のデイジーには自分を思いやってくれる人間に対し、だいぶ弱くなっていた。
「貴方を不幸にしたくない。貴方は婚約者と身を固め、幸せな家庭を作り、幸せな人間になるべきなのです!どうかこんな惨めな男の事はお忘れください!そして、どうか、幸せにっ・・・」
本当に涙が流せているのか、ローブに隠れ判断できないが、グレルの大袈裟な演技はデイジーの心に深く刺さる。
その様子を横で見ていたノアが我に返り、ローブを深く被り距離を置き続けるエマの傍へと駆け寄る。
「あの方は?」
二人に気付かれないよう声を抑え、ローブから顔を出さないエマに尋ねる。
「・・・父です。投獄するなら彼一人に」
「・・・・・・・」
「何笑ってるのですか?」
長い沈黙が気になり顔を覗き見ると、口を押さえ笑みを堪えるノアがいた。
「いえ。では彼は既婚者ですよね。なぜデイジー様を口説いているのです?」
デイジーの前に跪き、滑らかな口調でデイジーの心を掴んでいく父の背を見ながら小さくため息を吐く。
「彼は昔、デイジー様を騙したのです。その詐欺行為を追及されないようにと今は必至で弁明中です」
「なる程・・・・何か、既視感が・・・・」
細い顎に手を当て、何かを思い出そうとしているが中々思い出せない様だ。
「それに父は本来好きな女性の前では猫なで声で激しくスキンシップを好みます。まあその度に母にフライパンで殴られていますが」
仕事があるのに甘えてくる時、仕事が忙しいのに他の事業に手を出し始めた時、王都から詐欺で巻き上げた金を領地に持ち帰った時。
母は決まって父をフライパンで殴り再起不能にしていた。
「なんというか、変わった家族ですね。というか、あんな不埒な行為。娘の貴方は許せるのですか?」
エマの父とはわかったがグレルの性質はノアに合わないらしく、眉間に皺を寄せながら彼の背中を睨みつけている。
「・・・男性は大抵不埒です」
「は?違います」
エマの発言をノアが即座に否定する。
「いえ。不埒です」
「違います。誠実な男性もいます。少なくとも私は既婚の身で他の女性を口説くなど常軌を逸しているように思えます」
文武両道、質実剛健な騎士はグレルのような口先だけの男は好かない。
だが、実の父を悪く言われれば、エマも余り良い気はしない。だからこそ、余計な言葉が口を吐く。
「貴方も、同じです。婚約者がいる身で私に不埒な行為を行おうとしました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ノアが再び沈黙する。
痛いところを疲れた様で、端正な顔を真っすぐ前に向け、人形のように固まっている。
「・・・私は、違います」
「いえ、同じです。不埒です」
「違います!大体なんですか『エロおやじ』とは!?私はおやじではありません!」
「なんですか!?その言い訳は!?『エロ』ですか?では『エロ』だけ残せばいいのですか!?では望むままにお呼びしましょう。このエロ!」
「名を呼べと言っているのです!『エロ』と呼べなどと言ってはいないでしょう!?あと、あの馬どうにかして下さい!馬小屋に入るたびに威嚇して来て目障りです!」
「レタスンのせいにしないで下さい!貴方の異常な行為が彼をそうさせているのです!!」
「異常などと!!」
周りの存在も忘れ、大声で喚き散らす二人を道行く人は関わらないようにと避けて通る。
二人の世界に浸っていたデイジーもその大声に驚き思わずエマ達の方を見る。
先程まで跪いていたグレルも服に付いてしまった土を払い、一瞬驚きの表情を見せるが、再び怪しげな笑みを浮かべた。
「レディ。私はそろそろ失礼します」
「え。あ、はい・・・」
エマ達に目を奪われていたデイジーが我に返り、悲しげな表情を浮かべる。
結ばれない運命だとしても別れはやはり悲しいのだ。
「どうか悲しまないで、きっと貴方は幸せになれます」
では、っと軽く会釈をし、狐目の男は颯爽と市場の方へと歩いて行く。
感動的な出会いとは相反し、あっさりとした別れではあるが、その背中をデイジーはいつまでも追い続けた。
その背が見えなくなるまで感傷に浸っていたかったが、近くで繰り広げられる騒がしい声に邪魔される。
深々とため息を吐くと、婚約者の元へと足を進めた。
「ノア、もういい加減に・・・っ!?」
しかし、その言葉はエマの手の中で光る物によって止められる。
それは、王専属騎士だけが持てる希少な代物。
本来あれば主であるリアムの手に渡り、ノアを呼ぶときに使われる。
だが、自身も強さを持ち、そしてノアを従者ではなく友として慕うリアムはそれを受け取らなかった。
だからこそ、それはノアの手にあるものだと、そう思っていた。
「なんで・・・」
だがそれは、今、エマの手に握られている。




