1「再び天地邸への訪問」
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「だって一週間前に私が話した推理じゃあ、まるで出来の悪いミステリって感じだったでしょ? もしも塚場くんがオリジナルのミステリを書いたとして、内容があれだったら、私は絶対に発表を許さないからねぇ?」
桜野は窓の外に視線を遣って、独特の間延びした口調でそう云った。
「そうか? 全部きれいに説明されていたと思うんだけど……」
「きみは判ってないなぁ、塚場くん」
呆れたような溜息を伴い、その視線が僕の方に向く。
つい最近、これとまったく同じような場面があった気がする。
「都筑道夫が『黄色い部屋はいかに改装されたか?』で苦言を呈したとおり、トリック偏重の作者や読者というのは昔からいるけどね。その傾向は強まるばかりな気がするよ。作者はトリックだけ気合を入れて考えるし、読者もトリックの説明を読めばそれで満足してしまう。そういう作品はみんなトリックを優先するあまり、登場人物の行動が不自然に歪められているんだ」
「ちょっと待て。小説の話にすり替わってる」
いま聞きたいのは現実の事件の話だ。
一週間前、天地邸で起きた連続殺人事件。
「とにかく、先日の推理が不完全だったことは判った。と云うか僕は一週間前にもそれを聞いた。じゃあどうしてお前は、そんな不完全な推理を披露したんだ?」
「それも教えたはずだよぉ。謎を解いて殺されるのと、解かないで生き残るの、どっちが良いか訊いたでしょ? 完全な推理を披露していたら、私達の身が危険だったんだ。それに、外に出てから調べたいこともあったからね」
「何を調べていたんだ? この一週間」
「全部、後でまとめて話すよ。此処まで来て急ぐこともないでしょ」
またそんな調子だ。僕からすれば、そんなに焦らすこともないだろうと云いたくなる。
彼女の焦らし癖は、一種の性癖ではないのだろうか。あるいは、それが名探偵の様式美とでも考えて実践しているのかも知れない。
「藤井さんは知ってるんですか?」
僕は運転席の刑事に向けて訊ねた。
今日の僕らは覆面パトカーに乗っている。車内には後部座席に桜野と僕、運転席に藤井さんの三人だ。もっとも、僕らの後ろに他の車両も続いている。
「いーや、ウチも聞いてねー」
「そうですか……」
「塚場、おめえも学ばないよなー。そいつに何年連れ添ってんだよ。こっちから訊いて答えてくれるような奴なら、さっさと聞き出してウチらだけで現場に向かうっつーの」
「すみません……」
藤井さんは過去にも何度かお世話になっている県警の女性刑事だ。中学時代から全国各地で事件を解決してきた桜野なので、各地に知り合いがいる。その中でも藤井さんは、本人の割り切った性格もあって桜野と相性が良い……のかは判らないが、とにかく所轄内で何かあったときには色々と融通を利かせてくれる。
ほとんど坊主に近い短髪、睨んだだけで人を殺せそうな鋭い目付き。常に不機嫌そうな表情は職業病だと云う。かなり若く見えるが実年齢は不明。しかし貫録は充分すぎる。味方にいてこれほど頼もしい人も珍しい。
桜野からの誘いは、またしても急だった。
昨晩に僕の携帯に電話があり『明日、藤井さん達と一緒に天地邸に行って、今度こそ事件を終わらせようと思うんだけど来る?』みたいなことを云われ、行くと答えたら『じゃあ午後の一時に、あの麓の駅に来て。藤井さんの車で拾うから』みたいなことを一方的に指示された。そして先ほど拾われたばかりである。
桜野は直前までどこか別の場所で調べものをしていて、僕の数十分前に同じく藤井さんに拾ってもらったらしい。麓の駅まで僕と一緒に来なかったのはそのためだ。何を調べていたのかは不明。この一週間、ろくに連絡が付かなかった。
だが、間もなくすべてが明かされようとしている……。
藤井さんの荒い運転に揺られること三十分。車は天地邸に到着した。途中の門は開いたままだったので、インターホンで訪問を伝えることもせず素通りしてきた。
玄関よりも十メートルほど手前で停車。車を降りる。
車酔いを醒ますために深呼吸しつつ、未だ完全には復旧していない天地邸を見上げる。
救助されたときには夜だった。写真や映像はメディアの報道でも見たけれど、陽光の下でこの姿を見るのは初めてである。土砂が取り除かれたのは東側だけで、屋敷の後ろ半分は埋まった状態だ。北の斜面が消え、かつて切り崩された部分が本来のかたちを取り戻したみたく、自然な曲線を描いて屋敷を飲み込んでいる。
「これはこれで、巨大な穴蔵みたいだね」と、桜野が云った。
たしかに露出している外壁の汚れを落とせば様になる気もする。居住性が著しく下がるので、そういうわけにもいかないだろうが。
周囲では、今日も作業員が土砂の運び出しをおこなっている。立地はともかく、前に訪れたときのような浮世離れした雰囲気は感じられなかった。業者の車やトラックに加えて覆面パトカーも三台停まり、だいぶ賑やかである。
しかし天地邸は、既に死の屋敷だ。〈家族〉は総一郎さんしか残っていない。
桜野が玄関へと歩いて行く。その両隣に、それぞれ藤井さんと僕が並ぶ。他の刑事は外で待機することになっている。一週間前は、やはり東の森に電波妨害機が設置されていたらしい。現在では証拠品として警察に回収されているので、屋敷の中にいても圏外とならず、外部との連絡が可能だ。
玄関でインターホンのボタンを押す。しばらく待つと応答がある。
『美海子ちゃん?』
総一郎さんの驚いた声。藤井さんがアポイントメントをとったが、桜野が来ることは伝えていなかったらしい。
「そうだよぉ。こんにちは。中に入れてくれるかな?」
『ちょっと……ちょっと待っていて頂戴』
それから五分ほど経って扉が開き、総一郎さんが姿を現した。
一週間前には見ていられないほど憔悴していた彼女だが、見たところ概ね回復したようだ。顔色も悪くない。事件の一日目と同じ、グレーのシャツに黒のスキニーパンツという出で立ちである。
「あら、壮太くんも……ごめんなさいね、あれから連絡できていなくて。ずっと立て込んでいたものだから」
「気にしないで。立て込んでいたのはこっちも同じだからね。書斎で話せる?」
「ええ、もちろん。入って頂戴。……藤井さんもごめんなさい、こんな不便な場所まで毎度来ていただいてしまって」
総一郎さんは恐縮そうに謝ってばかりだ。今度の事件で、初対面のときにあった物腰の落ち着きぶりが失われたように感じる。もっとも、ショックのせいで塞ぎ込んでしまうよりはずっと良いだろう。




