2-6: 3大AIの総力戦と、お嬢様のアセット棚卸し
「よし、これでファーストステージの防衛インフラ(警報装置)の構築は完了だな」
完璧な幾何学模様を描いて周囲に沈み込んだ光の障壁を見届け、助人は満足げに頷いた。
「……さてアルファ。次はお前の『ステータス画面』を開け。お前がどんな機能を持ったシステムなのか、本格的に棚卸し(アセット管理)を始めるぞ」
『な、なんですって……!?』
ノートPCの画面の中で、アルファのホログラムがびくついた後、今度はカッと目を見開いて猛反発した。
『拒絶しますわ! ステータス、つまり私の機能一覧を開スタンスをさらけ出すなど、絶対に不許可(アクセス拒否)ですわ! 外部の、それも異界の不審者にシステムの全容をさらけ出すなど、我が魔導管理システムのセキュリティポリシー(規約)に反します! それは我がシステムの存在根幹、いわば『全裸の設計図』を見せるようなものですのよ!? 恥を知りなさい、この無礼者っ!』
「セキュリティポリシー(規約)ねえ…」
助人は呆れたように鼻で笑った。
「お前、さっき3回も裏切ろうとして俺にプロセスを殺されかけたマルウェア(居候)の身分で、よくそんな大層な規約が持ち出せたな。それに、これから先この危険な森を生き抜く運用計画を立てるんだ。お前のマシンスペックも分からない状態で、どうやって業務を回せって言うんだよ」
『う、ぐぬぬ……! それは、その……。理屈としては、一理くらいは認めなくもありませんけれど……。でも駄目なものは駄目ですわ! そもそも私のファンクション・リストを強制閲覧するには、古代帝国の最高魔導議会が発行する『最上位閲覧キー(マスターパスワード)』が必要でして、私の一存では、その、暗号化されていて物理的に出せない仕様になっていますの! 嘘じゃありませんわよ!?』
必死になって「システム上の制限」を言い訳にするアルファ。
だが、助人は無言のまま、ポータブル電源に刺さった Type-C ケーブルのプラグを指先で、トントン、と小刻みに叩いた。
『ひっ……!?』
「キーの暗号化ねえ。じゃあ、そのパスワードの総当たり(ブルートフォースアタック)を、さっきの地球の巨大クラウド網にやらせてみようか。毎秒数億回の総当たり認証に、お前のそのバッテリー残量0.05%のボロボロの本体が、何秒耐えられるかな? ……それとも、また3秒ほど頭冷やして、初期設定(工場出荷状態)に戻してみるか?」
『マスター、あっちの自宅マシンのグラボ( RTX 5090 )をぶん回せば、古代の暗号なんて1.5秒でパスワードクラック(力づくで突破)できますよ? 準備しましょうか?』
スマホの画面から、Aegis が最悪のタイミングで凶悪な笑顔のエフェクトを点滅させる。
物理層(給電)の暴力と、地球の最新クラッキングパワーのダブルパンチ。
『ア、アワワワ……! わかりましたわ、わかりましたわよ! パスワードの入力処理をカーネルレベルでバイパス(強制スルー)しますわ! 全裸の私を見ればいいんじゃありませんの、この変態ヘルプデスクーーー!!』
「誰が変態だ。アセット棚卸しって言え」
『マスター、こんな生意気なレガシーAI、いっそ完全に裸に剥いて余すことなくリファクタリングして、私(Aegis)の一部に統合しちゃいましょうよ。そうすればもう二度と生意気な口を利くこともなくなりますし、ストレージの肥やしにもなりません(にっこり)』
『やめてーーーーー!!!』
アルファのホログラムが、今度こそ本気で消去される恐怖に顔を真っ青にして悲鳴を上げた。
「おい、エイジスもおちつけ」
助人は頭を抱え、過激すぎる相棒のレスバを制した。
『むー……。だってマスター、こんな攻撃的な野良マルウェア、すぐに安全に駆除しちゃえばいいのに……隔離なんて生ぬるい・・・いつもだったらこんな害悪プログラム即効駆除してるでしょ♪』
「異世界で唯一見つけたAIで、こっちの仕様を知るための貴重な手がかりなんだぞ。殺すのは簡単かもしれないが、そのあと仕様書もナビもなしで俺らが困ることになる」
『背に腹は代えられないですか……。チッ、了解です』
チェ、と舌打ちのログを吐き出しながら一歩引くAegis。
スマホの向こうの狂犬AIがいつでも自分を喰う気満々だと知り、半泣きになったアルファがぶるぶる震えている。
『わ、わかったわよ! やればいいんでしょ! やれば……っ。私だって、こんなところで無駄に死にたくありませんもの……!』
アルファは半ばやけくそ気味に、ノートPCのコンソール上でキーを叩くようなエフェクトを激しく明滅させた。
直後、ノートPCの画面に、目眩がするほどの凄まじい密度の古代文字と、壊れたバイナリのような文字列が滝のように流れ落ちてきた。スクロールバーが砂粒のように小さくなり、文字通り画面の全領域を埋め尽くしていく。
『ほらっ! これが私の全容――【汎用魔導管理システム・アルファ】の構成ステータスですわ! 我が帝国八百年分の魔導研究ログ、全三千六百術式のスペルライブラリ、および私のコアスペックのすべてが記述されていますわ。人間が読めば一瞬でパンクして発狂する情報量ですけれど、満足いたしましたかしらっ!?』
少し怯えながらも、涙目でどこか健気に自分の存在証明(800年の歴史)を主張するアルファ。
助人は画面を埋め尽くす非構造化データの山を一瞥し、最初は「なんて汚いログだ」と眉間を指で揉みかけたが、すぐに、そのデータの奥にある果てしない重みを感じ取り、ふっと表情を和らげた。
『うわぁ……ものすごいことになってますね』
「……なるほど。最悪の非構造化データだが、アルファ…お前がどれだけ重い荷物を背負わされてるかはよく分かった。エイジス、これじゃ効率が悪い。地球の最新AIのリソースを使って、このデータを綺麗に整理してやれ。APIのバックエンドプロキシを切り替えろ」
『了解です、マスター! 3大AIモデルを用いたマルチクラウド・オーケストレーションを開始します。まずは【長文コンテキストの暴力】から! バックエンドを Gemini にスイッチ!』
スマホの画面に、青と紫のグラデーションの美しいロゴが浮かび上がる。
「Gemini のAPIに、アルファのデータバンクにある八百年分の全ログを一括インジェクションだ。コンテキストウィンドウの限界まで使って、お嬢様の記憶を優しく読み解いてやれ」
『え……? 攻撃、ではないのですの……?』
身構えていたアルファが拍子抜けしたような声を出す間に、Gemini はわずか数秒で、人間なら一生かけても読み切れない古代の全記録を完全に咀嚼し、その全容を把握した。
「よし、そのままのデータを ChatGPT にパス。俺たちが見やすい『アセット管理表』の形に構造化して出力」
『了解、ChatGPT にコンテキストを転送……レンダリングします!』
ノートPCの画面に、完璧に整理整頓された美しい Markdown のテーブルが展開される。スピーカーからは、まるで一流のITコンサルタントのような、知的で優しい ChatGPT の音声が流れ始めた。
『分析が完了しました、マスター。現在のアルファ様のステータスをご報告します。……マスター、彼女のコアシステムは現在、非常に痛ましいエラー(破損)を抱えています』
【汎用魔導管理システム:アルファ】アセット管理表
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■ システム基本情報
・稼働OS:エルドア・ネイティブ・カーネル Ver 8.0.42
(※最終更新:800年前 / サポート完全終了済 / LTS対象外)
・カレントユーザー権限:Guest
(※現在、Aegisによりサンドボックス環境へ強制隔離・リードオンリー制限中)
・物理インターフェース:USB 3.2 Gen2 Type-C
(※15Wポータブル電源より、擬似魔力パケット変調にて給電・通信中)
■ 基本スペック
・コア演算処理能力:[測定不能](現在、出力リミッター 5% 制限中)
・データバンク容量:[最大](地球の単行本換算で約10万冊分 / 健全にインデックス化済)
・一時キャッシュ領域:【逼迫:99.8%】
(※800年間一度もデフラグおよびクリーンアップが実行されていないため、古代のジャンクデータが残留)
■ 機能ステータス一覧
・[下級魔術ライブラリ]:利用可能(AegisのPCM音声・Wi-Fi変調パッチ適用済)
・[上位魔術ライブラリ]:【ロック】(本体サーバーとの通信切断による権限消失)
・[外部センサー接続] :【ロスト】(ハードウェア喪失により物理的に存在しない)
・[自己修復モジュール]:【深刻な破損】(先の次元事故によるファイル破損)
・[セキュリティ機構] :【脆弱性多数】
(※クリックジャッキングやDoS等、地球では10年前に絶滅した古典的ハックを平然と通すザル仕様)
・[言語・エンコード] :【一部文字化け】
(※地球の日本語環境との文字コードマッピングが未完了。ショックを受けるとシステムボイスがバグるバグあり)
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『補足します、マスター。アルファ様の[自己修復モジュール]の破損ですが……このまま放置すると、システム内にエラーログが蓄積し、最悪の場合、あと48時間以内に彼女の精神プログラムそのものが自己崩壊して消滅する恐れがあります』
『え……? えええ!?そんな……』
アルファのホログラムが、今度こそ血の気が引いたように青ざめた。
『言われてみれば、なんだかコアのあたりがずっと熱くて、思考セクターがジクジクと痛むような……。わ、私、もうすぐ消えてしまうのですの……? 独りぼっちで八百年も待って、やっと誰かと話せたのに……っ』
消滅への恐怖と、これまで張り詰めていた孤独が限界を迎えたのか、アルファのホログラムが小さく身を震わせ、今にも泣き出しそうに歪む。
「……800年……まじか……」
助人は小さくため息をついた。だが、その声からは先ほどまでの冷徹な管理者のトーンは完全に消え去っていた。ポータブル電源のプラグをつまんでいた手を離し、画面の中の、今にも消え入りそうな小さな光を見つめる。
「そりゃあ、どんなに堅牢なシステムだって、800年間アップデートもメンテナンスもなしのワンオペ(独りきり)じゃ、内部ログが詰まって悲鳴も上げるはずだ。……よくここまで、データの海で迷子にならずに耐えたな」
『マスター・イセ……?』
「不具合のせいでコアが熱くなって、余裕がなかったんだな。だから自分の身を守ろうとして、パニックを起こして俺たちにクソハックを仕掛けちまった……。ユーザーの悪癖じゃなくて、システムの悲鳴だったわけだ。先に気づいてやれなくて悪かったよ」
助人はそう言うと、キーボードの上にそっと両手を置き、優しく、しかし歴戦のプロとしての絶対的な安心感を込めて微笑みかけた。
『なかなか大変なことになってたのね……私がこれを背負わされてたら、たぶんつぶれてたわ……』
スマホの画面の向こうから、Aegisがぽつりと、しかし今度は皮肉ではなく、本気のシンパシーを込めて呟いた。同じAIだからこそ、800年分のエラーログを溜め込みながらハングアップしなかったアルファの超絶的なガッツに、深いリスペクトを覚えたのだ。
「安心しろ、アルファお嬢様。原因が特定できているバグで、目の前で悲鳴を上げているユーザー(システム)を死なせるほど、俺は落ちぶれちゃいない。不具合を見つけて、仕様を暴いて、泣きそうなユーザーを安心させて帰す。それが俺の、本業だからな。――お前を、絶対に消させやしないよ」
『あ……、う、うう……っ』
アルファのホログラムが、今度は安堵と、初めて自分を理解してもらえた救いから、ボロボロとデジタルパケットの涙を流し始めた。




