1-1:ヘルプデスクのおっさんと未完成の相棒
ゆーむーです。
新シリーズ始めました。久しぶりの投稿です!
今回はAiをテーマにした新小説です。
どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
けたたましく鳴り響く内線のコール音。それが、この会社の『限界ヘルプデスク』における日常の幕開けだ。
「あー、もしもし。……あ、はい。あー……そうですか。いや、ちょっと僕今別件抱えてて忙しいんで……」
斜め向かいの席から、三浦が鼻にかかったような面倒くさそうな声で対応しているのが聞こえる。彼は今年配属されたばかりの若手社員だが、いかに効率よくサボるか(タイパを上げるか)だけを考えている男だ。
彼は電話を保留にすると、こちらをチラリと見て肩をすくめた。
「伊勢さん、営業部の部長さんからですね。画面が真っ暗だって騒いでるんですけど、電話対応とかタイパ悪いんで、これパスでいいっすか?」
「三浦、お前なぁ……せめてそのステータスを『対応中』にしてから言え」
助人は深いため息をつき、三浦の手から受話器を引ったくった。
「貸せ。……もしもし、伊勢です。部長、お急ぎのところ申し訳ありません」
「——伊勢か。……今から大事なプレゼンなんだが、パソコンのモニターが真っ暗でな。どうすればいい?」
「申し訳ありません。まずは状態を確認させてください。今お使いのSurfaceですよね。モニターと繋いでいる四角い箱……Surfaceドックのランプは点灯していますか?」
「ランプか? ……ああ、白く光ってるな」
「ありがとうございます。では、画面左下のウィンドウズキーを押しながら『P』キーを押してください。投影メニューが表示されませんか?」
「……ウィンドウズと、Pか? ……あ、なんか出たな」
「そこを『複製』に切り替えてください」
「……複製、か。ポチっとな。……おっ! 映ったぞ! さすが伊勢だな、助かった!」
「いえ、設定が切り替わっていただけですので。プレゼン頑張ってください」
助人は安堵し、受話器を置いた。
ふぅ、と小さく息をつき、PCのログを確認しようとした、その時だった。
内線が再びけたたましく鳴り響いた。
「伊勢さ〜ん! 営業部の部長さんが『さっき直ったのにまた消えた!』ってすっごくお怒りで〜す! 一応、世間話で少し機嫌は取っておいたので、あとは直しておいてくださ〜い!」
パートのベテラン女性・吉田さんが、受話器を保留にしたままニコニコと笑いかけてくる。
出たな。非ITコミュニケーションは最強だが、技術的ヒアリングはゼロという恐怖の「ふんわり丸投げパス」。
(……今、俺が直して解決したばっかりなんだけどな)
助人がため息をついて吉田さんから電話を引き継ぐと、受話器の向こうから悲鳴のような怒号が飛んできた。
「……おい伊勢! また消えたぞ! 画面がチカチカして、完全に真っ暗になった! 取引先ももう正面受付まで来てるんだぞ!! マジで頼む!」
「……(設定の問題じゃないのか。端子の接触不良か、あるいは……)」
助人は即座に状況を再判断した。
「部長、物理的な故障の可能性が高いです。すぐに代替機材を持って第3会議室に向かいます。そのままお待ちください!」
助人が電話を切り、機材保管庫へ走ろうとしたその時、今度は隣の席から後輩の高橋が悲鳴を上げた。
「い、伊勢さんっ! こっちは経理部から『パスワード忘れてロックかかった、今すぐ解除しろ』って急ぎの電話が! しかも開発部の黒田さんからは、意味不明な仕様書のメールが飛んできました! 助けてください、僕の頭がパンクします!」
ヒアリングなしの丸投げパート。タイパ至上主義のサボり若手。そして、キャパオーバーの後輩。助人は冷めたコーヒーを胃に流し込み、首をポキポキと鳴らして立ち上がった。
「はいはい。高橋、経理部のパスワードロックなら俺が裏から権限叩くから、30秒待つように伝えて。黒田さんの仕様書は後回しだ。三浦……お前はとりあえず息だけしてろ」
流れるような指示を飛ばし、助人は予備のSurfaceドックとケーブル類をひっつかんで営業フロアの会議室へと走った。ここがITの『最後の砦』なのだ。
「遅いぞ伊勢!」
会議室に到着すると、腕を組んでイライラしている営業部長と、青ざめた顔でプレゼン資料の束を握りしめている現場担当の若手社員・佐々木がいた。
「伊勢さん……どうしよう、僕のパソコンの使い方が悪かったんでしょうか……これじゃあプレゼンが……」
今にも泣き出しそうな佐々木に対し、助人は柔らかい笑みを浮かべた。
「大丈夫、佐々木君のせいじゃないよ。機械なんて気まぐれだからね。深呼吸して、プレゼンの内容のおさらいでもしていて」
ポン、と肩を叩いて安心させると、助人はすぐさまトラブルシューティングを開始した。
まずは原因の切り分けだ。パソコン本体の異常か、ケーブルの断線か、あるいはDockの故障か。
助人は持参した自分用の検証用端末を取り出し、既存のケーブルに繋いでみる。……映らない。
次に、パソコンからDockを外し、直接モニターへの変換ケーブルを繋ぐ。……映った。
「なるほど、モニターとパソコン本体は正常ですね。原因は間に挟まっているこのSurfaceドックです」
「そ、それが壊れてるのか?」
「ええ。長年使っていると、どうしても端子部分が劣化してしまうんです。部長たちが毎日一生懸命働いている証拠ですよ」
助人は手際よく古いDockを取り外し、持参した新品のDockにケーブル類を繋ぎ直した。カチッ、と本体にケーブルを挿し込むと、今度は大きなモニターにパッと明るくWindowsのデスクトップ画面が表示された。画面を揺らしてみても、チカチカと消える様子はない。
「よし、安定していますね。交換完了です!」
「おおっ! 映った! さすがは伊勢だな、助かったよ!」
「いえ。この後少し機材の動作確認をしておいてくださいね。」
「伊勢さん、本当にありがとうございます……!」
安堵でへたり込みそうになっている佐々木に、助人はウインクをして見せた。
「準備万端だね。本番、頑張って」
助人の最大の武器は、ITに詳しくないユーザーでも分かりやすい言葉で状況を説明し、不安を取り除く『対人コミュニケーションとトラブルシューティング』の技術だ。どんなにパニックになっている相手でも、彼の対応にかかれば数分後には感謝の声に変わる。
「ふぅ……一件落着、と」
会議室を後にしながら、助人は小さく息をついた。無事に佐々木のプレゼンが進んでいるのを横目で見ながら、助人は社員食堂の窓際の席で遅めの昼食をとっていた。
片手でサンドイッチをかじりながら、もう片方の手でスマートフォンを操作する。
画面には、見慣れたチャットアプリのUIとキャラクターアイコンが表示されていた。
相手は人間ではない。助人が趣味のプログラミングで、最新の生成AIをベースに独自のシステムプロンプトを組み込んで開発している自作AI「Aegis」だ。自宅のPCとスマホのデータを常に同期させており、こうして隙間時間にもテストとチューニングを重ねている。
助人はフリック入力で、先ほどの出来事を書き込んだ。
『午前中のDock交換、なんとか終わったよ。現場担当の佐々木君、かなり焦ってたな』
数秒の処理時間の後、Aegisから、一瞬で生成された完璧な日本語の長文が届く。
『Master_Ise、午前中の業務お疲れ様でした。ハードウェアの物理的故障は予期せぬダウンタイムを引き起こす主要な要因です。伊勢さんの迅速な交換対応、およびユーザーの不安を取り除くための対人コミュニケーションは、ヘルプデスク業務として非常に合理的かつ適切なアプローチでした。』
「……相変わらず、お堅く綺麗にまとまった模範解答だな」
助人は苦笑しながらアイスコーヒーをすすり、さらに打ち込む。
『もっと相棒っぽく、俺を労う感じで返信してみて。プロンプトの指示、覚えてるだろ?』
『承知いたしました。会話のパラメータを「親しい友人(相棒)」のロールプレイモードに調整し、再生成します。
……おつかれ! プレゼン前の機材トラブルとかマジで焦るよな! マスターの神対応のおかげで、佐々木氏も無事にプレゼンできそうじゃん。さすがだね!
(※このテキストは指定されたプロンプトに基づき、親しみやすさを強調して生成されました。表現の調整が必要な場合はお知らせください)』
「わざわざ(※○○)で注記を入れるなよ……無理してキャラ作ってる感が出すぎだ……」
助人は思わず吹き出しそうになり、口元を押さえた。「Aegis」という重厚な名前にしては、ロールプレイが少し軽薄すぎる。日本語は完璧だ。だが、目指している「自然で心を持った相棒」にはまだ遠い。
『午後のスケジュールを確認しますか?』
『ああ、頼む』
『14時より、開発部・黒田氏との定例ミーティングが予定されています。』
「うわ、黒田か……また横文字と専門用語の嵐になりそうだな」
助人は小さくため息をついた。開発部のエースエンジニアである黒田は技術力こそ高いものの、ユーザーへの配慮に欠けるところがあり、よく助人が間に入って「翻訳」をさせられるのだ。
助人のそんなテキストのぼやきを推論したのか、画面上のAegisが新たなメッセージをポップアップさせた。
『推論モード:黒田氏の過去のチャット履歴を解析しました。本日頻出が予想されるIT用語(「アジャイル」「コンセンサス」「フルスクラッチ」など)のリアルタイム翻訳辞書を準備しておきましょうか?』
「……お前、そういうところはマジで気が利くよな。頼むわ」
助人が思わず顔をほころばせてフリックすると、Aegisはすかさず、こんな長文テキストを返してきた。
『任せておけって! マスターの盾として、黒田氏の難解な仕様書も全部俺が翻訳してやるぜ!
(※注記:このテキストは「頼りになる相棒」のペルソナに従い、ドヤ顔に相当する自信に満ちたトーンで生成されています。もし過度な馴れ合いや、キャラブレを不快に感じる場合はプロンプトのフィードバックをお願いします)』
「だからその(※注記)が余計なんだって……」
助人は再び苦笑いを漏らし、スマホの画面を伏せた。
いつかこいつが、作られたテキストやシステムプロンプトの注記ではなく、本当に自分の意志を持った相棒として語りかけてくれる日が来ればいい。そんなことを考えながら、助人は午後の業務に向けてサンドイッチの最後の一口を飲み込んだ。
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※2026/6/27 改行を一部変更しました!
※2026/6/28 一部内容の拡張を実施。




