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第3話 十六夜の空

今回は、空を飛ぶ準備の回です。

飛ぶ前に、飲んで、走って、仲良くなってください。

イサヨイたち、だいぶ仕上がってきました。


昨日はしこたま飲んだ。


起き上がると、頭がずっしりと重かった。

「うう……」と呻きながら水を汲みに出る。


庭先では、クズハとハヤブがぴょこぴょこ跳ね回っていた。

何をしてるのかと思えば、物干し台に一羽のカラス。しかも、足が三本あった。


「……八咫烏(やたがらす)?」


私がつぶやくと、ハヤブが得意げに振り返る。


「お、起きたか? こいつ、ナカツヒコの使いだろ? 見てみようぜ!」


私が三本目の足を引き抜くと、カラスは西の空へ飛び去っていった。

その足には、小さな巻物が括りつけられていた。


『九原(きゅうげん)に来い。 周商店で馬を手配してある。』


私は顔をしかめた。


「九原ってどこだよ! 遠いのか!?」ハヤブが叫ぶ。

「あんた、九原は九原だよ! バカだねバカだねバカだね!」クズハも叫ぶ。

「へっ、今日は三回で済んだか! 俺も成長したもんだぜ!」


まず周商店を探さなければ……って、馬?!


     ※


荒野に出ると、馬は勢いよく走り出した。


「ーー私、四本足に乗るの初めてなんだけど!」


「手綱を離すな!……そう、姿勢を保て。背筋を曲げるな、怖がると馬に伝染する!」


金飛廉(キム・ビリョム)が助言をくれながら、私の横を並走している。

その横をハヤブとクズハが追い抜いて行った。


「ヒャッハー! おっ先ぃぃぃぃぃぃ!」

「置いてくわよ! あたいに追いつけるかしら?!」

「お前らっ! いくら体重が軽いからってあんまり飛ばすと馬が潰れるぞ!」


私は振り返って金飛廉に尋ねた。


「……潰れるの? 私の馬も!?」

「お前は……まず真っ直ぐ走ってくれ……」


思いがけない速度が出ると、とても不安になる。

速いのは良いが、止まり方が分からないと自信も持てない。

怖がるな、というのが無理だ。

私は必死に手綱にしがみついた。


でも、九原に着くまでの数日間で、私はすっかり四本足に乗れるようになった。


     ※


九原でまず目に飛び込んできたものは、空中に浮かぶ巨大な丸いもの。

初めて見るものは、金飛廉に訊くに限る。


「なあに、あれ?」

「……分からん。初めて見る」


金飛廉も目を細めて見つめている。

私たちは、巨大なものを目指して馬を走らせた。



ナカツヒコがいた。

屋外ではいつもカラスを肩に乗せているから、見つけやすい。

誰かと何か話をしていた。


「……羊皮は無駄にしろ。でも時間は無駄にするな」


こちらから呼びかけると、私たちに気づいた。


「おお、来たか。 お疲れさん」


巨大な皮袋が、空をゆっくりと揺れていた。

まるで、大きな雲が地上に降りてきたかのようだった。


「これはなに?」


「孔明灯(こうめいとう)っていうんだ」


ナカツヒコが言うには、若い頃、蜀に足を伸ばした際に、古い試作品を買い取った。

それをーー


「この親方に人が乗れる船に出来ないか、考えてもらってるんだ」


「初めまして。私はこの工場長の、バトゥだ」

「初めまして、私はイサヨイ。こちらは……」仲間を紹介した。


元々のはもっと小さくて、素材も紙と細い木だったそうだ。

それを羊皮に変えたら数人乗れるようになった。

数年前から開発を続けている……とバトゥ親方は言った。


「乗ってみるか? 大丈夫、ちょっと浮くだけだ」


バトゥが勧めたので、私は答えた。


「乗ってみます!」


     ※


私たちは皮袋の下の大きな籠に乗り込んだ。

籠の中央には陶器の炉が置いてあった。


「まず、この炉にこの燃料を入れて火を点ける」

「燃料は何?」

「馬糞を乾かしたものだ。それに『燃える水』もかけてある」

「……燃える水?」

籠の外から、ナカツヒコが得意げに言った。

「ああ、ペルシャのバフラム親方から買ったんだ。貴重品だぞ!」


炉に火が入ると、皮袋はみるみる膨らみ……


「あっ、浮いた!」

「うむ。火を強くするともっと高く浮く」

「下りたい時は?」

「方法は二つある。一つは火を弱める。もう一つはこの綱を引くと……」


皮袋の天井が開き、穴になった。

すると、私たちが乗った籠はゆっくり下がって着地した。


「横方向に移動するにはどうする?」金飛廉が尋ねた。

「それは風に乗るしかない」


     ※


籠を降りると、ナカツヒコは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。


「君たちには、この孔明灯に乗って襄平に潜入してもらう」


私たち狼愚一党の間に一瞬の緊張が走った。


「四人乗りを目指して作ってきたが、現段階で乗れるのは三人五分だ」

「三人五分って何だ?」金飛廉が尋ねた。

「大人の男三人までなら乗れる。四人は乗れない、てところだ。でも……」


ナカツヒコはにやりと笑って言った。


「君たちなら三人分くらいじゃないかな?」


「……最初からそのつもりで?」私が尋ねると

「いや、そうではないが……こんなこともあろうかと、ね?」


だが、その目はまだにやけていた。


     ※


次の日から、私たちの巨大孔明灯に乗る訓練が始まった。

バトゥ親方とナカツヒコは地表から見ていた。

訓練を始めて数日経ったある日、二人は言った。


「あいつらなら、今の構造でも飛べそうだな」

「ああ……孔明先生が見たら喜んだだろうな」


ナカツヒコが右手を差し出すと、二人は固く握手をした。


     ※


翌日、ナカツヒコは九原を去ることになった。

バトゥ親方の製作もいよいよ本格的になった。


「では、ワシらは本番用の機体制作にかかろう。女たちの手も借りて迅速に進める」

「頼むよ、親方」


ナカツヒコは馬上から私たちを見下ろすと、にこやかに言った。


「我は長安(ちょうあん)に寄ってから一旦国に戻る。じゃあな、襄平で会おう!」


工場には近所の女性たちが集まって来て、羊皮の縫い合わせる作業が始まった。

その多くは子供も連れて来ていた。

だが、子供たちは母親の作業中はほっとかれて暇を持て余していた。


私は絵を描いて遊んでいる子を覗き込んだ。


「へえ……上手いね。 何書いてるの?」

「羊の目玉!」その子は言った。

「……そっちは?」

「おねえちゃんたちを書いてるの!」別の女の子が言った。

「あら? 私、そんなに団子っ鼻じゃないわよ?」

「……ん?」


そこにバトゥ親方が飛んできた。


「こらこら、出来上がった孔明灯に落書きしちゃだめだよ! あのおじさんたちと遊んでおいで!」

「おうよ! おれっちと遊ぼうぜ!」

「何が良い?!  追いかけっこ?!」


急に振られた割には、ハヤブもクズハもノリ気だった。



私たちの作戦も、いよいよ開始の時が近づいていた。


     ※


その晩は、十六夜だった。


私は広い草原の地面に座って月を見上げていた。


「何をしている?」


しばらくすると、金飛廉が寄って来た。


「私ね、十六夜の日に生まれたからイサヨイなんだ」


飛廉は興味ないとでも言いたそうに、立ったまま黙って夜空を見上げていた。


「私は満月より、ちょっと欠けた月が好きだな……少し足りないくらいが好き……」


貴方みたいに何をやっても完璧な人には分からないでしょうけど……

そう言うと、飛廉はーー


「その意味では、俺は二十三夜くらいだな……」


と静かに言った。


「飛廉はどうして傭兵してるの? 軍隊に入れば弓隊の部将くらいにはなれそう」

「昔は軍にいた……だが、何一つ守れなかった。街一つ、妻一人……」


私は、飛廉の顔を見上げた。

物思いをしてるようなことを言った割には、表情は変わっていなかった。


(これが軍人の心構えなのかな……?)


私は思ったが、それ以上は何も聞かなかった。


「明日も早い。もう寝よう」


金飛廉はそれだけ言うと、テントに戻っていった。




落書きつきの飛行船で潜入予定です。

誰が描いた団子っ鼻かは知りません。

次回「黒い男たち」、いよいよ襄平突入です!

※10月13日(月・祝)20時ごろ更新予定です


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