第2話 『剣舞ではない』
イサヨイは強くなりました。しかしーー
剣に選ばれた少女は、戦場の現実と向き合います。
ローグ・ワンの名台詞も(無理筋ですが)登場!どうぞお楽しみください。
ナカツヒコは舳先に片足を立てて腕組みをし、悠然と遠くを見ている。
右後方、はるか彼方に襄平の城壁が見える。
許可証の通用範囲はとっくに過ぎているというのに、彼は実に堂々としている。
「これから俺たちは、襄平に向かう毌丘倹の軍に志願する」
金飛廉が船床に地図を広げながら言った。
「でも、魏軍が城内になだれ込むまで戦闘には極力ーー参加するな。俺たちの目的は宝だ」
私と、ハヤブとクズハもそろって頷いた。
「城に入ったら、一目散に宝物殿を目指す」
「大巫女様の秘宝を見つけたら?」
「城には用は無いーー速やかに脱出する」
「大巫女の秘宝てどんなのだよ?」ハヤブが尋ねた。
「中身は知らないないわ。 小さな桐の木箱に入ってるらしい」私が答えると、
「そりゃ、分かりやすくて良いわね!」とクズハ。
「高価に見えなさそうだし、取り合いにならずに済むかもな」金飛廉は顎を擦った。
作戦は決まった。
船は北平と襄平の中間地点くらいの浜辺に着き、私たちはそこで船を降りた。
ナカツヒコは、私たちに毌丘倹が来るまでの滞在先を指示した以外は何も言わず
「俺はここから別行動だ。じゃ、あとは任せたよ。イサヨイ」
馬に乗って去って行った。
「また帯方郡で会おう。そんときは酒でもおごってくれや」
数日後ーー
「ーー毌丘倹将軍! 毌丘倹将軍の軍とお見受けいたす!」
金飛廉は大将と思しき馬上の人物に大声で叫びながら駆け寄った。
私たちも後に続いた。
「私めらを軍の端にお加えくだされ!」
すると、大将と思しき男は数十名ほどの部下と隊列を離れ、こちらに近寄って来た。
「こんな時代に義勇兵だと?……怪しい奴らめ、ひっ捕えい!」
私たちは、あっという間に弓兵に包囲されてしまった。
魏兵の構えた矢がこちらを向く。
「怪しい者ではございませぬ! 私共は鮮卑王の手の者でーー」
「ーー鮮卑王の誰じゃ?」
相手大将の問いに、金飛廉が言葉を詰まらせた。まさか……考えていなかったのか?
「……狼愚……狼愚王……我らは狼愚一党と申します」
大将の眉が一瞬だけぴくりと動いた。
「よしっ、隊列に加われ!」
……案外、あっさりと信用されてしまった。
私たちは、魏軍の後方にまわり、行進の列に加わった。
ハヤブとクズハが歩きながら金飛廉に尋ねている。
「おい、アニキ……狼愚王って誰だよ?」
「そうよ……なんでも横文字を漢字にすれば良いと思って!」
「そのうち音速亜無怒とか言い出すんだろ?!」
「……うるさい……黙って歩け」
かくして、私たち狼愚一党は、遼隧のほとりで公孫淵軍と対陣した。
対陣してひと月余り経ったある日ーー
公孫淵軍の小隊が迫って来た。
私たちの部隊も陣を出て迎撃することになった。
公孫淵軍が至近に迫ると、魏軍の大将が馬を止め、右手の槍を持ち上げた。
すると、敵も停止した。相手の大将も手に持った剣を高く掲げている。
わずかな間、世界から音の消えたかのような時間が流れた。
「ーーかかれ!」
「ーー迎え撃て!」
その号令で、私は駆け出した。
槍兵が向かって来る。
久米に教わった通りにーー剣を振る!
ーーシャキーン!
(やれる……私、戦えてる!)
槍は体を捻って交わし、その反動でーー
ーースパーン!
軽い……身体が軽い!いくらでも戦えるわ!
「イサヨイ! こっちだ!」
久米の声……気のせい? でも、今はそれでもいい。
こっちね?
間合いを測ってーーいち、にのーー
ーーさん!
「イサヨイ、早く!」
速く動いて、速くーー
ーー振る!
「ーーバカもの! 何をしている?!」
(……えっ? 久米じゃない……?)
振り返ると、ハヤブとクズハが転がるようにこちらに向かって来た。
「ーーったく! とんだ※※※※お嬢だぜ!」
「ーーなんですって?!」
「あんた、言い過ぎ! ※※※※※※※くらいにしときな!」
「ーーあんたも!」
「援護するから! 早く逃げるんだ!」クズハが叫ぶ。
「ーー撤退命令だ! 聞こえないのか?!」
金飛廉が遠くから叫びながら、矢を放った。
近くにいた槍兵が矢を受けて倒れた。私を援護してくれている。
私は全力で走った。
「なんで勝ってるのに撤退なのよ?!」私は走りながらハヤブに尋ねた。
「大負けじゃねぇか! どこに目ぇつけてんだ!」
ハヤブも全力で走りながら私を睨んだ。
「見な、周りが下がってんだよ! 敵、めっちゃ来てるし!」
クズハは脇目も振らない。
槍兵が背後に迫るーー
ーーパシュ!
金飛廉の矢は正確に敵を射抜いた。
私たちが彼を追い抜くと、金飛廉も駆け出した。
「ーーここまで引け!ーー弓隊、構え!」
魏軍の大将が剣を振り上げて叫んでいる。その方向に走った。
一斉に矢が放たれ、私の頭上をイナゴの群れのように飛んでいく。
すると、追ってくる敵の数が減った。
ーー今だ!
「ーーじゃない!ーー走れ!」
振り返ろうとする私を金飛廉の声が制した。
あとから状況を聞いて、思っていた以上に危険な戦場にいたことを知らされた。
「見事な剣技だった。だが戦はーー剣舞ではない!」
陣に帰り着いて一息ついていると、金飛廉が思い出したように私に言った。
「……はい」
その日は、素直に受け止めた。
その翌日ーー
壇上から毌丘倹が拳を振り上げて演説した。
「北平に撤退する……!」
魏軍は……負けた。
北平に戻った私たちは、皆で揃って酒場に行った。
久しぶりに味のあるご飯を食べた。
金飛廉は黙々と食べている。
クズハとハヤブは酒を片手に上機嫌だ。
そこは兵士や商人が行き交い、賑やかな酒場だった。
最近の噂話も飛び交っていた。
「……で、そっちの戦況はどうだったの?」
「うち? まあ……撤退。雨続きで騎兵が動けなかったんだ……」
「襄平は大盛り上がりさ。この際、独立して『燕・建国だ!』てな」
「ふっ……調子乗ってられんのも今のうちだ」
「まあ、そうだが……乗れる時に乗らねえといつ乗るんだ?」
変な噂話も聞こえて来た。
「襄平って言えば、えぐい話があるぞ」
「太子・脩だろ? 庶子を片っ端から殺ってるていう……」
「さっそく世継ぎ争いかよ……逆上せてんなあ」
「母親ごと夜中に屋敷から消されるって話だ。『女と子供が逃げ出してる』って噂もある。残ってりゃ、首が……ってやつよ」
「負ければ地獄、勝っても地獄ってのは、このことだな」
「その話はもうやめようぜ。酒が不味くなる……」
本当に、ご飯が不味くなる話だ。
私は話半分にしてご飯をかきこむと、金飛廉の顔を覗き込んだ。
「ねえ、お酒頼んだら半分飲んでくれる?」
金飛廉は黙ってこちらを見ていたが
「たまには良いか」
と応じてくれた。
それからは四人で、朝まで大酒盛りとなった。
お読みいただき、ありがとうございました。
うまく行ってると調子に乗っちゃうことってありますよね。気にするな、イサヨイ!
次回「十六夜の空」飛びます──たぶん。
※10月10日(金)20時ごろ更新予定です




