戦闘、治癒
襲撃者はもう一つナイフを取り出し、カーネさんに向けた。
「シールド!」
すかさず防御魔法でカーネさんを守り、そばに駆け寄る。
「シギン!なんで戻ってきたの!」
「ごめん。もうちょっとだけその腕、離さないでくれる!?」
カーネさんは俺を見ると頷いて、襲撃者の腕をさらにきつく握った。俺も反対を掴む。
「刃よ、蹴散らせ。廻り巡る刃。」
無音の空間に、ルーシェの詠唱が響いた。
直後、無数の刃が飛んできた。
カーネさんに張っている防御魔法を強化し、自分にも張る。
「‥‥‥ガアッ!」
「‥‥‥う、うう!」
二つの声が鳴り響いた。一つは聞きなれた声だった。
目を凝らして右を見た。
‥‥‥ああ。失敗だ。失敗して、しまった。
おそらく、刃はカーネさんの脛辺りを通ったのだろう。しかしカーネさんは片膝立ちをしていた。だから、左足は深く切る程度で済んだが、だが、膝立ちしていたほうはそうはいかなかった。
廻り巡る刃は、カーネさんの右足を直撃していた。
「う、はあ‥‥‥。」
発動時間を過ぎたのか、刃は侵攻を止め、やがて消えた。
よって、カーネさんの傷口から、血が流れ出た。右足は切断こそされなかったものの、骨まで切られていた。
俺が、防御魔法でうまく守れなかったせいだ。俺のせいで‥‥‥。
いや、自分を責めるのは後だ。どうすればカーネさんが助かるか考えるんだ。カーネさんが、五体満足で助かる方法は‥‥‥。
「か、カーネさん!ご、ごめんなさい‥‥‥。」
「ルーシェ、師匠を呼んできてくれるか。師匠は将級治癒魔法が使えたはずだ。」
「う、うん。分かった。」
ルーシェを送り届けて、再びカーネさんの右足に目を向ける。
「生の力よ。我の声を聞き、その貪欲さを発揮せよ。ヒーリング。」
駄目だ。上級治癒魔法では、肉は治せても骨が治らない。
「シ、シギン、無理しないで。お母さんは大丈夫だから。」
「大丈夫じゃないだろう!そんな怪我させたんだ、無視しないと!」
まだ、師匠は来ない。
当たり前だ。中央近くと端の端。箒で来ても二分はかかる。
カーネさんの出血は止まらない。ひどい痛みに顔をしかめている。
今すぐに、どうにか、しなければ。
『力なき者に大いなる慈悲を。立ち塞がる理不尽に、もう一度立ち向かえるように。』
ふと、夢で聞いた詠唱を思い出した。
ただの夢だ。それが現実にも通用するとは思えない。
『世を諦めた、失いし者たちよ。我の力で、再びこの世に希望を持て。』
でも、こんなにも鮮明に思い出せる。
正夢、なのだとしたら。
必要性は充分にある。
『再度の祝福。』
杖を持つ手が震える。
イメージしろ。あの夢のように、人の体を治す光景を。
「力なき者に大いなる慈悲を。立ち塞がる理不尽に、もう一度立ち向かえるように。」
ゆっくり、はっきり。一語一句間違えないように声にする。
「世を諦めた、失いし者たちよ。我の力で、再びこの世に希望を持て。」
杖を振るのを止め、カーネさんの傷を見据える。
頼む。どうか、治ってくれ。
「再度の祝福!」
カーネさんの傷が、少しずつ治っていく。
成功だ。
成功、だけど。
成功しすぎてしまった。俺が治したのは、カーネさんだけではなかった。
魔力が分散されている。カーネさんと、もう一方襲撃者に向かって。
「走れる!?」
「ええ。」
俺はカーネさんに引っ張られ、勢いよく走った。俺も掴まれているほうの手で、彼女の腕を掴んだ。
彼女は速かった。俺もなるべく負担にならないように素早く足を動かす。後ろを見ている余裕はない。
しかし、誰かが迫ってくる気配はなかった。
後ろを振り返る。暗くてよく見えない。魔力視を開くと、人間の魔力の塊が遠ざかっていく。こっちが離れていく速度よりも速い。あちらからも離れているのだ。
暗殺目的だったのか。なんにせよ、速く師匠たちと合流しよう。
「足、大丈夫?」
「ううん‥‥‥ちょっと違和感あるかも。」
「後で師匠に二重に治癒魔法をかけてもらおう。」
俺たちはゆっくり歩き出した。
********************************
「カーネさん、大丈夫ですか?」
「はい。でも、違和感があるので、一応治癒魔法をかけてもらえませんか?」
「分かりました。」
師匠はカーネさんの脛に杖を向けた。
「魔力よ。私は治癒の加護を望む。望みに応えてみよ。ヒーリング。」
カーネさんはルーシェに足を見せた。ルーシェは安堵のしたように息を吐いたが、すぐに表情が曇った。
「ごめんなさい‥‥‥私がきちんと標的を見ていれば‥‥‥。」
「いや、俺がきちんと防御していなかったから。」
「こら二人とも、責任の取り合いはしない。どう動くつもりだったか分からないけど、今やることじゃない。」
カーネさんに制止された。
「下手したらシギンも、ルーシェも、私も死んでいたわ。その事はしっかり覚えておきなさい。」
「「はい。」」
カーネさんはそれだけ言って、タンプさんと師匠の方へ向かった。
俺は前世でも現世でも、たくさん防御魔法を使ってきた。なのに、ここぞというときにやらかした。
どんなに努力したって、やらなければいけないときに上手くできなかったら意味がない。対策を練ろう。
‥‥‥さっきから師匠が俺たちの周りをぐるぐる回っているのだが。視線は内側で。あんなことがあったから周りを警戒しているのだろうが‥‥‥うーむ。
一応、声をかけておこう。
「これって目立った方がいいのですかね。」
「暗殺ならな。こうしている間に襲ってこないならば、これでいいだろう。」
「俺も何かやった方がいいですか?」
「ルーシェの隣に居てやれ。」
師匠は遠くに視線を飛ばした。そこにはルーシェがいる。魔力視を開いているのか、目が緑色に輝いている。
確かに、まだルーシェと一対一で会話していなかった。
「ごめん。俺が防御魔法に失敗したから。」
「ううん。私のせいだよ。私が攻撃魔法使ったから」
「いや、俺のせいだ」
「違うよ!」
ルーシェは怒ったような顔で振り返ったが、ハッとした表情を見せてすぐに気まずそうに背を向けてしまった。
俺はルーシェの隣に腰を下ろした。
「前に襲われたときの人が、攻撃魔法にしか反応しなかったから。‥‥‥つい、攻撃魔法、出しちゃった。」
「そっか。」
彼女はまだ子供だ。判断を誤るのは当たり前だが、俺は前世を含めればもう成人だ。どう考えても俺に責任がある。でも、それを話すわけにはいかない。負担を持たせてしまった中で話しても、混乱するだけだ。
このままではいつまでも平行線だと判断して、俺は話題を切り替えた。
「今日、屋敷に帰るつもり?」
「?どういうこと?」
「暗殺なら、一番成功率が高いのは帰るときだろう。暗いし、草原をまたぐから周りに人もいない。」
「確かに。じゃあ、誰かの家にお邪魔にならないと。‥‥‥といっても、シギンとシドスさんくらいしか泊めてくれるほど親しい人いないけど。」
「俺の家より師匠のほうがいいだろ。俺の家じゃ狭いし、師匠のほうが、その、何かあったときに対応できる。」
「ん、じゃあ後で師匠に聞いてみるよ。」
「今行かないのか?」
「うん。シギンに聞きたいことがあって。‥‥‥鬱憤げのろうそく、なんて書いた?」
「何かに夢中になって周りが見えなくなるのをやめろって書いた。もちろん自分に対して。」
「それは鬱憤ではなくない?」
「そうだけど、まあ意気込みみたいな感じでもいいかなと。」
「‥‥‥それは上げないほうが良かったのでは?」
‥‥‥。
「変えてくる!」
「やめなってシギン!もう見つからないし彫り直せないよ!」
くそう。思いっきりしがみつかれて動けない。
「まあ、内容を変えたいって気持ちは分かるよ。私も変えたい。」
「何て彫るんだ?」
「実家で安眠できない。」
「‥‥‥。」
重い。その辺の鬱憤より家一軒ぐらい不吉。
「ごめん。反応しづらいよね、こんなこと。」
「‥‥‥まあ、今日は屋敷に戻らないほうがいいだろう。他に聞きたいことは?」
「‥‥‥ううん。大丈夫。シドスさんに聞いてみるよ。」
ルーシェは小走りで師匠に近づいた。
無事許可が降りたようで、ルーシェは今日師匠の家に泊まることになった。
今は深夜。子供はもう寝る時間である。
こんな時に何をしているかというと、魔法の実践である。
俺は光が届かないところで魔法を使ったことがなかった。夜でも近くにろうそくを置いていた。今回の失敗も真っ暗闇というわけではないが、人のシルエットがぼんやり認識できる程度で、確実に練習のときより暗かった。
それによる空間認識能力の鈍りからきたものが今回の失敗原因のひとつ。解決策は二つ考えておいた。
「魔力よ。私は光の顕現を望む。望みに応えてみよ。グロウィングボール。」
一つは光属性の魔法を維持しながらメインの魔法を使うこと。周りを明るく照らし続けることで空間認識能力を妨げることができる。デメリットとして魔力の消費量がとんでもない。しかし、暗いところで光が必要なのは確かだ。マルチタスクの実習はやっておこう。
もうひとつは夜に魔法での練習を増やす。夜に魔法を使うことで、いざというときに慣れる。デメリットは家の周りでは使えないという点。カーネさんとタンプさんはともかく、ネーシェはまだ子供だ。何かあったら大変だ。
他の失敗原因として、集中力の低下がある。この対策、集中力の向上方法を俺は何一つ知らない。これは大人を通して聞けばいい。
また、意識の低下ともとれる。魔法はうまく使えないと、最悪の結果を招く。これを日々心に留めておく。俺の場合、魔法を身近に感じすぎたのも要因だろう。練習のとき以外は使わないようにしよう。
「シギン、何してるの?」
「どわっふ!」
「何その驚き方。」
後ろにタンプさんがいた。全く気づかなかった。鬱憤上げの成果が全く出ていない。というか、ひとつのことに目が行きすぎるのにそのひとつに失敗するとか俺はどこまでダメな奴なんだ。
「もう寝なよ。」
「寝る気分じゃなくて。」
「寝れないの?じゃあ眠れるまで俺がそばにいてあげるよ。」
「ありがとう。」
まだ眠るつもりじゃなかったが、確かにもう眠っている時間だ。やりすぎは良くない。
「なんかシギンって、すごい肝が据わってるよね。」
「え?」
「普通あんな怖い目に遭ったら、その後は泣いちゃうのに。」
「ああ‥‥‥。」
前世で命の危機に遭ったことは数えきれないほどある。その影響だろう。
それを言うなら、ルーシェだってそうだ。六歳なのに、あまり動揺していなかった。
むしろ、何度も経験しているようだった。
『こういうのは慣れてる。多分、私でも対処できる。』
彼女の言ったことを思い出す。
あんなこと、果たして普通に生きて慣れるほど経験するものだろうか。しかも、平民より身の安全が確保されているはずの貴族で。
「‥‥‥シギン?」
ずっと反応していなかったからか、タンプさんが心配そうな表情をしてきた。
「‥‥‥さっきまで泣いてたよ。引っ込んで、目が冴えちゃったから、魔法の練習してたんだ。」
「‥‥‥そっか。」
タンプさんが、優しく頭を撫でてくる。あまりに気持ちよくて、もう眠くなってしまった。
ネーシェを起こさないように、静かに布団に入る。頭上から、暖かい笑みが聞こえた。
「ねえ、集中力を上げる方法、何か知らない?」
「うん?そうだな、早く寝る。」
「‥‥‥はい。」
「明日教えてあげるよ。だからおやすみ。‥‥‥あ、言い忘れてた。」
「?」
「カーネを治してくれてありがとう。」
「いや、彼女に傷をつけたのは俺だよ?その感謝はおかしいよ。」
「それでもだよ。」
タンプさんはその後、眠れるまで子守唄を聞かせてくれた。




