その2
※全部でその7まであります。毎日1話ずつ投稿し、8/16に完結する予定です。
※本作品にはいじめの描写が含まれます。苦手な方はご遠慮ください。
そむけていた顔をバッと戻して、メアは信じられないといった様子で夢村に聞き返します。
「なんだって? 仕事? なんの?」
「助手の仕事ですよ。それ以外になにがありますか?」
「いや、だが、助手っていったって、なにをすれば」
「彼女の依頼です。思い出の寄せ書きを探してあげてください。……それともなんですか? あなたは本気でタダ飯食らいの居候でいようと思っていたんですか?」
「いや、ぬいぐるみのおれは、なにも食ったりしないって、お前が一番わかってるだろ……」
あきれたようにつっこみを入れるメアでしたが、完全に置いてきぼりになっていた少女を見て、もごもごと口ごもってしまいました。
「まぁ、別におれも、ちょっとぐらい仕事してもいいはいいけどさ……」
「なら決まりですね。お嬢さん、とりあえずわたしの助手のメアを派遣しましょう。あぁ、別に気になさらないでください。彼は確かに呪いのぬいぐるみですが、その呪いは誰かに伝染したりするものじゃない。ひとまず彼を持って、学校に行ってください。そのあとのことは、わたしがメアに指示します」
「でも、あんたとどうやって連絡とるんだ? スマホでも貸してくれるのか?」
「学校でぬいぐるみがスマホを持っていたら、いろいろと目立って面倒くさいことになるでしょう? あなたにはこれを渡しておきます」
夢村はメアに、手のひらにすっぽり入るほどの大きさの、小さな手鏡を渡しました。いつも夢村が持ち歩いている手鏡でした。
「それに話しかければ、離れていてもわたしと会話することができます。テレビ電話みたいなものですよ。……さて」
夢村は少女に向きなおりました。まだ状況についていけていない少女に、夢村はメアを手渡しました。
「それじゃあこの子を頼みましたよ」
「それはいったいどっちにいってるんだよ?」
メアのツッコミは無視して、夢村はさらに少女に指示を与えます。
「学校に着いたら、彼の持つ鏡にあなたの思い出を念じなさい。メア、君は鏡に映る映像を見ておきなさい。うまくいけば、そこに寄せ書きのある場所が映るはずです」
それだけいうと、夢村はソファーから立ち上がり、そのまま奥の部屋へ引っこんでしまったのです。
「って、おい、ちょっと待てよ!」
メアが呼び止めますが、夢村はふりかえりませんでした。まるで、このあとはお前の仕事だといわんばかりに、手をひらひらとふってドアを閉めたのです。完全に取り残された少女とメアは、顔を見合わせました。
「……あの、お金は……」
「いや、あいつは金なんかとらないよ。あんたの思い出をお代としてもらうんだからな。……でもよ、あんたホントに寄せ書きの思い出を支払うつもりか?」
答えるかわりに、少女はメアをぎゅうっと胸に抱きよせました。少女特有の甘酸っぱい温かさを感じて、メアはなにもいえなくなってしまいました。
「よろしくね、メアちゃん!」
少女がいじめられっ子だと聞いていたので、少なからず身構えていたメアでしたが、教室に着いた彼はどうやらそれが杞憂に過ぎなかったと思うのでした。
――どういうことだ? この子、ホントにいじめられてるのか――
教室に入ると、少女はクラスメイトの女の子たちに口々に声をかけられています。もちろんそれは意地悪や悪口などではありません。「おはよう」「今日は朝から数学だよ」「部活の朝練きつくって」「昨日の配信見た?」などといった、いってみればごく普通の、女の子たちの会話そのものだったのです。
――それともおれの取り越し苦労だったのか? ……いや、確かにこの子は、自分でいじめられているっていっていたが――
夢村に連絡しようか、そういう思いがふとよぎりましたが、メアは通学かばんの中で首を横にふりました。
――いや、あいつは不測の事態が発生したときにだけ連絡しろっていってた。いちいちこんなことで連絡してたら、なんて嫌味いわれるかわからないぜ。それに――
命の危険にさらされるほどのいじめを受けているならまだしも、いじめられていないのに、あれこれ気をやむのは本末転倒のように感じたのです。メアはかばんの中で小さくため息をつきました。
――もしかしたら、寄せ書きを隠されたってのも、案外普通のケンカだったのかもしれないな。一晩経って仲直りして、それで寄せ書きを返してもらえるのかもしれないし。夢村のやつも、それがわかってたから、自分が動くんじゃなくておれに仕事をさせたのかもしれない――
違和感にもっともらしい理由をつけて納得させると、メアは夢村から借りた手鏡をポンポンッと軽くたたきました。
――とりあえずどっちにしても、放課後にでもこれを使って寄せ書きを探してみるか――
その3は明日8/12に投稿予定です。