38話 少女と教師の魔術決闘
「魔術決闘のルールは分かっているね?」
「やったことはないですが」
魔術決闘は魔術師同士がお互いの力量を競い合い、決着を着けるものだ。
ただの戦いと違い、お互いは最初の場所から動くことを禁じられる。
そして攻守が決まっており、攻撃側は何の魔法を使用するか宣言し、魔法を使う。
防御側はそれを魔法で防御しようとする。
攻撃が終わって、まだ相手が同じ場所で立っていれば攻守交代。防御側が攻撃側となり、攻撃魔法を使う。
こうして交互に魔法を打ち合い、どちらかが降参するか、魔法を受けて動いてしまえば負けだ。
「では、魔術師の誇りに恥じぬ戦いを、先行は譲ろう」
「ええっと、魔術師の誇りに恥じぬ戦いを、って言えば良いのかな? じゃあ私はダンシング・トーチを」
「ダンシング・トーチ?」
聞いたことのない魔法にハオンは表情を固くした。
知らないということは、魔法の発動と同時に対応を考え無くてはならないということだ。
ミュールの持つネクロノミコンは、多くの古い魔法が記載されているという。
現代魔法に比べて非効率的で弱い魔法とはいえ、初見殺しな効果の可能性もある。
だが、魔法の名は効果を表す。
これを偽ることはできない、言葉は魔法と密接に関わっているのだ。
例え初めて聞く魔法であっても、魔法の名前から効果を推測することは可能。
ハオンは、そう思考し、『ダンシング・トーチ』という魔法の効果を想定する。
魔法を構成する単語は2つ。
ダンシング(踊る)と、トーチ(松明)だ。
ダンシングという言葉は、魔法においては対象を自由にコントロールして動かせるという意味もある。『ダンシング・ウェポン』であれば、魔法をかけた武器を自由に動かし、相手を攻撃する魔法となるのだ。
もちろん、通常の踊るという意味で、『ダンシング・コンフューズ』であれば、相手を錯乱させ、踊らせる精神魔法ともなる。
トーチは松明、照明、小さな炎。大体意味はこんなところだ。
『クウェンチング ・トーチ』であれば、範囲内の照明をすべて消す魔法。
『トーチ・オブ・セイントオーラ』であれば、弱いモンスターを寄せ付けない光の照明を作り出す魔法。
そして、『トーチ・ショット』であれば、小さな火の玉を相手に投げつける魔法だ。
よって、想定される魔法は、自由にコントロールできる小さな火の玉を、単数または複数投げつける魔法と推測される。
「ふっ、見切った」
炎の専門家であるこのハオンに、炎の魔法で挑むとは……ハオンはニヤリと笑う。
「ダンシング・トーチ」
ミュールは、慎重に魔法を唱えた。
(あの慎重さ、おそらくは中級魔法クラスの難易度。それならば単数ということはありえない! ならば使う魔法はファイアーウォールよりもファイアーバリアで……なっ!?)
ハオンの思考は中断される。
ミュールの周りに作られた4つの火の玉。それを操作する魔法。
ハオンの読みは正しかった。
だが、その速度はハオンの予測を遥かに超えていた。
ミュールが腕をかざすと、火の玉は一瞬で加速し、次の瞬間にはすでにハオンの目の前へと移動していた。
(は、はやすぎる!? ファイアーバリアを展開しても間に合わない……ならば!)
炸裂音が4つ。
炎が一瞬燃え上がり、黒い煙が短い間ハオンを覆った。
「ふ、ふはははは! 残念だったなミュール君!」
そこには服が半分くら燃えて半裸になったハオンがチッチッと指を振っている。
「格上の魔術師相手にする場合は不意を打つというのは正しい戦略だ。それに先程の魔法、一発一発が中級魔法のファイアーボムにも匹敵する威力があった。中級上位、あるいは上級下位の魔法。素晴らしい魔法だ。だが見ての通り、君の切り札を持ってしても私には通じない」
その様子を見てミュールはうげぇという顔をしていた。
ドヤ顔で語る半裸の中年男性の姿は、14歳のミュールの心に少なからずダメージを与えていた。
「私が使ったのはヒート・スキン。いくら君の魔法が早かろうが、皮膚そのものに炎の属性を与えるこの魔法で、ダメージを最小限に抑えたというわけだ」
自分の周囲にファイアー・バリアを発動する頃には、ダンシング・トーチがバリアの中まで到達していると考えたハオンは、咄嗟に自分自体に耐性を付与する魔法に切り替えたのだ。
ミュールは、ハオンの様子を見ながら、眉をひそめた。
「舐めすぎだろ」
ネクロノミコンが呆れている。
「ダンシング・トーチはただの照明だ。そんなもので魔術師を倒そうとするとは」
ダンシング・トーチの魔法は、100年前では最も簡単な下級魔法の1つとして知られている魔法だった。これは文字通り照明として松明程度の明るさを持つ炎を飛ばす魔法だ。
一応相手にぶつければ攻撃もできるが、威力と魔力の効率は良くない。
だからこそ、ミュールはこの魔法を選んだのではあるが。
「だって、怪我させるわけにはいかないでしょ」
まだ威力のコントロールに自信のないミュールは、あえて威力が出ない魔法を、さらに手加減気味に使ったのだ。
それでも現代魔術師の使うファイアーボムに近い威力が出てしまうあたり、まだ威力の調整には課題が多い。
「一応相手は魔術師だぞ。いくらなんでもダンシング・トーチってお前……」
さすがに失礼だろうと言いかけたが、先程切り札とかなんとか言っていたハオンの様子を思い返し、ネクロノミコンは口をつぐんだ。
だがこれも仕方のないことだ。
魔法と魔力が失われている現代で、何でもありの実戦であればまだ分からない部分はあっても、純粋に魔法での勝負となればミュールとネクロノミコンに勝てる現代魔術師など存在しないのだから。
「次は私の番だ」
厳かにハオンが言う。半裸で。
「君の魔法も見事なものだったが、火の魔法を得意とする先達として、火の世界の深炎を啓蒙しよう……私が使うのは、上級魔法タール・ゲイザー!」
「…………」
「驚いたかね、上級魔法の中でも中位難易度を誇る強力無比な炎の魔法。炎の魔法を得意とするものであれば誰もが知っているにも関わらず、使えるものはごくわずか……私も紅蓮の従者教団での鍛錬があればこそ身につけた最強の魔法」
(……やばい、何の魔法か分からない。だって上級魔法なんて授業でやらないし)
「警告しよう、君が倒れればすぐに魔法を解除して治療することを約束するが、それでも一生跡に残るほどの大怪我は避けられないし、死ぬ可能性だってある。降参するべきだ」
「あ、いえ大丈夫です、攻撃どうぞ」
「ふっ、やはり火の恐ろしさと素晴らしさはその熱で身を焦がさねば理解できぬものだな。私も、この背中の火傷はかつて紅蓮の従者教団に入る前に決闘でついた傷でな……」
「あの、そう言うのいらないんで、はやく魔法使ってください」
「……そうか、結構面白い話なのだが、分かった。それではいくぞ……タァァァル・ゲイザァァァァァ!!」
やたら気合を入れてハオンは魔法を唱えた。
叫び声が訓練室中に響き渡る。
「ちなみに叫ぶと正しい詠唱が崩れるので魔力効率が悪くなり、別に気合を入れても威力は上がらないので真似するなよ」
「忠告されなくてもやらないよ」
魔法の発動と同時に、地面に展開された魔法陣から黒い液体が激しい勢いで吹き出した。
「これは油?」
地面から吹き出した油は、空中で発火し、爆発と爆炎と液状の炎となってミュールに降り注ぐ。
「これ防御できなかったらかなりの確率で死ぬだろ。あとここ室内だぞ、部屋を掃除する人間のことも考えろ」
何度目かは分からないが、ネクロノミコンは呆れて言った。
これは魔術決闘に使うような魔法ではない。
「まぁ俺たちには問題ないがな」
「うん」
燃え盛る大量の油で相手を攻撃する魔法。
確かに恐ろしい魔法だ。
だが、
「ウィンド・バリア」
ポン・カーティスの毒ガス爆弾と同じだ。
物理現象を攻撃の媒体とする魔法は、基本的にミュールには通じない。
見た目は派手でも、タール・ゲイザーのダメージは、燃える油によってもたらされる。
だがミュールのウィンド・バリアは、降り注ぐ油も、油の燃焼によって生じる熱と爆発も、一切を通さず受け流した。
現代魔法の多くが。物理現象という制限がかかっている以上、物理現象を超えた魔法という事象そのものを扱うミュールの防御を突破することは困難である。
「ば、馬鹿な……」
渾身の魔法を受けて、ミュールが傷一つどころか汗一つかかずに立っているのを見て、ハオンはようやく自分が相手にしている魔術師が、規格外の相手なのだと理解したのだった。




