37話 魔術師と少女は決闘を申し込まれる
「G棟ってどこだろう?」
入り口に地図の描かれた看板はあったのだが、広過ぎてどこに行けば良いのか分からない。
しばらく歩いていると、脚立に登って植木の手入れをしている老婆に出会った。
「あ」
ぐらりと老婆の身体が揺れた。
遠くの枝を切ろうとした時、脚立が傾いてしまったのだ。
「シルヴンハンド!」
風の手が、倒れ掛かった脚立と老婆の身体を押さえた。
「ふぅ」
間に合ってよかったと、ミュールは安堵する。
老婆は作業の手を止め、脚立を降りるとミュール達にぺこりと頭を下げた。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう、あなたが助けてくれたのね」
老婆の髪は白く、腰も曲がっているが、顔立ちは優しげで気品があった。
老婆はゆったりとした動作でミュールに礼を言う。
「え?」
「むっ?」
その顔を見たとき、ミュールとネクロノミコンは同時に声を上げた。
「あら、今の声はなに?」
「あ、ええっと、私の魔術書です。ちょっと変わっていて意思を持つ魔術書で」
「それはすごいわねぇ」
「怪我はありませんでした?」
「あなたのおかげでなんともないわ。ありがとう」
「いえ」
「私はここの職員なの。あなたは訓練でここに?」
「ええっと、先生に呼び出されて。G棟3番にいるそうなんですが」
「それなら、ここは違うわ。一つ前の交差点を右に進むの」
「そうなんですか! ありがとうございます」
「いえいえ、それじゃああまりお引き止めするのも悪いから」
「私の方もお仕事の手を止めさせてしまってすみません……あの」
「なにかしら?」
「もしかして、ラファエラって、私と同じくらいの子なんですけど……知っています?」
「ラファエラさん? いいえ。でもどうして?」
「いえ、なんだか雰囲気が似ていたので、もしかしたら親戚かなにかかなと。変なことを聞いてすみませんでした」
「私みたいなお婆さんと似ているだなんて、光栄だわ」
老婆は口に手を当てて笑った。
ミュールもつられて笑う。
「それじゃあ、私はこれで」
「いいのよ、それじゃあ気をつけてね」
目的地に向けて歩きながら、ミュールとネクロノミコンは黙ったまま考え込んでいる。
「ネクロノミコン。あなたは何に気がついたの」
「古い知り合いに似ていただけだ。お前も奇妙なことを言っていたな」
「うん、ラファエラの双子のお姉さんかと思った」
「あの老婆が双子の姉だと?」
「変だよね、でもそう思ったの」
ネクロノミコンは返答せずじっと黙り込んだままだ。
ミュールの黄金色の瞳が、太陽の光を浴びて揺らめいていた。
☆☆
G棟3番室は、魔法戦闘の訓練を行うための大きな部屋だ。
香油でべったりと固めたオールバックの黒髪をテカらせ、部屋の中央で腕を組みながら立っている男がいる。
「え、ええっと、ハオン先生、私のことを探していたそうですが……」
ミュールは、もしかしてずっとこの体勢で待っていたのだろうかと困惑していた。
この男がハオンである。
「遅かったなミュール君」
「先生が最初からここにいるって教えてくれれば早かったんですけどね」
「ふっ、そこが君の欠点なのだよ」
「は?」
イラッとミュールの眉が動いた。
「君は優秀な成績の魔術師だ。多くのマッパー魔術師を送り出してきた特別クラスの中でも成績2位。素晴らしい」
「どうも」
「だがその恵まれた才能を過信しているのではないか? 最近の君は休みが目立つ。無論、我々魔術師は自主性を重んじるのは承知の上だ。しかし君が傲慢と怠惰によって、せっかくの才能を潰してしまうことは、教師として口を挟まずにはいられなかった」
「ええっと、ダンジョン探索にいくために休みをもらったことは、学校にも報告していると思いますが……」
「その結果も聞いたよ。散々なものだったそうだね」
「いえ、別に悪い結果では」
「エステル君のツテでベテラン魔術師達と一緒に行ったようだが、3階で敗走。ベテランの3人も君たちを逃がすために囮となって戦死。痛ましい結果だ、これこそ君の傲慢が招いた結果だよ」
ミュールの眉がさきほどからピクピクと動いている。
ネクロノミコンはイライラしているミュールを面白そうに見ていた。
「違います。ガジャン達、ベテランの魔術師達と報酬を巡って対立し、戦いの結果途中帰還することになったんです。十分な成果もあげましたし、窮地であっても信頼できる仲間にも巡り会えました」
「言い訳はやめなさい!」
段々、ミュールの表情が内心のイライラを隠せなくなっている。
口調も段々と荒くなっていく。
「君は今日随分と時間を無駄にしてしまったね」
先生のせいで! という言葉が喉まででかかったのを、ミュールはぐっとこらえた。
「もし君がロケートの魔法を使えれば、私がどこにいるかはすぐにわかったはずだ。君が謙虚に学ぶ姿勢を見せていれば、このような無駄な時間は必要なかった」
ロケートとは、一定時間の間、名前か顔を知っている相手のいる方向を知る効果を持つ中級魔法だ。
もちろんミュールとネクロノミコンはこの魔法を使える。
使わなかったのは、たかが教師に呼ばれたくらいで中級魔法を使う魔術師などいないからだ。
近くのお店まで歩くのにウィングの魔法で空を飛ぶ魔術師もいないし、火打ち石がないからといってファイアーボムを使う魔術師もいない。魔術書が重いからといってフォーム・オブ・アニマルでクマの腕に変化させることもしない。
一日に使える魔力に限りがある以上、無駄なことで中級魔法を使うことなどしないのが常識だ。
ネクロノミコンは教師の言いがかりにも等しい言葉に呆れ、苦笑していた。
「つまりは、お前に難癖をつけるために、こんなまどろっこしい方法で呼び出したということだな」
「私そろそろ怒っていいかな?」
完全に主導権を握ったと思い込んでいるハオンの決め顔に、ミュールはもうイラッとした表情を隠すことができていない。
「それで、私を呼び出した用件はなんですか?」
「ふむ、そうだな本題に入ろう。君の才能は、試験の時に完璧に制御されたファイアーボムを見た時から目をつけていた」
(うそつけ、あの時点では大した興味を持っていなかったではないか、厚顔無恥もここまでくると清々しさすら感じるな)
ネクロノミコンのつぶやきに、ミュールは小さく頷いた。
「君には才能を正しく導く師が必要だ。これは君も実感していることだろう」
「いえべつに」
「自分に嘘をつくのは良くないな。同じ炎の魔術を得意とする者として提案したい」
「炎の魔術が特別得意なわけじゃないです」
「私の所属する魔術教団にミュール君、君を推薦してあげようと思っている」
「お断りします」
即答だった。
「君の傲慢は根深いようだ」
「いえ……師匠なら間に合っていますので」
「間に合っていると言ったのかね? 全く、君はこれだけ失敗を重ねても、まだ理解できないと見える。もしかすると君の傲慢はその師とやらのせいかね? どこの三流魔術師なのかは知らないが、縁を切ることをオススメするよ」
プチンとミュールの中から音がしたような気がした。
もはや表情は怒っているという意思表示を隠そうとせず、口元が怒りでピクピクと痙攣している。
「話はそれだけなら帰りますよ」
「待ちたまえ、仕方ない子だ。そこまで頑ななら、魔術の先達として直接、道を示し指導するのが役目というもの……魔術決闘だ、ミュール君」
「決闘?」
「君のその傲慢をへし折ってあげよう、紅蓮の従者教団幹部、紅焔の魔術師ハオンが、ただの魔術師ミュールに決闘を申し込む」
教師が生徒に決闘を申し込むなど普通はやらない。
それどころか申し込む事自体、恥とされてもおかしくない。
すでに呆れ果てていたネクロノミコンは、もう言葉もなく、可哀想な人を見る目でハオンを見ていた。
「おいミュール、こんな雑魚にかまっている暇はない。断ってさっさと帰るぞ」
「…………」
「ミュールどうした? こんなのに関わっている時間などないだろう」
「いいわ、決闘を受諾する」
「お、おいミュール」
「良かった、これ以上君に失望することはないようだ」
「私が負けたら教団にでもなんでも入りますよ。でも私が勝ったら、さっきの言葉を取り消して、二度と私に関わらないでください」
「いいだろう、私が負けたら君は私の試験では無条件で合格だ。試験に出る必要もない」
「その言葉、忘れないでよね」
ミュールはネクロノミコンを左手に持ち、ハオンから30メートルほど離れた位置に立つ。
ハオンも、自身の魔術書『紅蓮秘奥録』を取り出した。
「さあ、決闘だ!」
自分の狙った通りに事が運び、ハオンはにんまりと笑みを浮かべた。
あとは優秀とはいえ、深淵で失敗した程度の生徒を深淵6階まで探索したことのある自分が軽くひねるだけだ。
ハオンが深淵に入ったのはたった一度だけだったが、深淵探索者である自分が生徒に負けるなど夢にも思っていなかった。




