31話 魔術師は死人に口を割らせる
「巨人の戦利品はこれから集めるとして、その前に」
戦闘が終わり、一息ついた後、三人は縛り上げたレーシーのもとへと向かった。
「賢者の塔について知っていることを洗いざらい話してもらおうか」
ネクロノミコンに言われ、レーシーは悔しそうに呻いた。
「といってもお前は喋る必要はないぞ」
詐欺師ジャックに使ったマウス・オブ・オネスト。
あの魔法を使えば、拷問に耐える訓練も巧妙な嘘で情報を隠す技術も意味はない。
レーシーは目をつぶると、力が抜けたように肩を落とした。
次の瞬間、レーシーの身体が激しく痙攣し、猿轡をはめた口からごぼりと音がした。
「まずい!」
ラファエラが慌てて猿轡を外す。
口の中からはどす黒い血が溢れ出した。
咄嗟のラファエラの処置にもかかわらず、レーシーは1分程度で死んだ。
「そんな、魔法は使えなかったはずなのに」
裏切られたとは言え、幼少期からずっと姉のように思っていたレーシーの死に、エステルは口に手を当て怯えている。
「どうやら、自分に致死性の毒を仕込んでいたようだな」
レーシーの様子を見ていたネクロノミコンがそう呟いた。
「でも体中縛っていたし、口も封じていたから魔法は使えなかったはず。毒を飲む暇なんてどこにも」
ミュールがそう疑問を浮かべる。
魔法には発声が必要だ、猿轡をかまされた魔術師は魔法を使えない。
「あらかじめ毒を自分の体に仕込み、ディレイポイズンの魔法で毒の効果が発動するのを遅らせてたんだろう。そして捕まったらディレイポイズンを解除することによって毒が活性化し、こうなるわけだ。自分のかけた魔法を解除するだけなら発声も必要ない」
「ずっと毒を飲んでいたの? 信じられない」
「ああ、相手に逆用されたら致命傷になる危険な方法だ。何が賢者の塔だ」
ネクロノミコンは吐き捨てるように言った。
「ディスペルマジックでディレイポイズンを相手から解呪されたらどうする? 心臓部分に針のついた鎧を配っているようなものだ。酷い話だ」
「そこまでして賢者の塔は秘密を守りたいんだね」
ネクロノミコンが憤慨しているが、だが賢者の塔の狙い通りレーシーからの情報は絶たれてしまった。
……かに見えたが、
「死んだ程度でこの魔術師から情報を隠し通せるなどという、その甘さが何よりも気に入らん。これでも俺の弟子か」
「え?」
「ほれ、この魔法を使え」
「ええっと、スピーク・ウィズ・デッド!」
ネクロノミコンに言われた通りに魔法を使う。
はじめは何も起こらなかったが、レーシーの亡骸の上に、青白い影があらわれ、それが次第に人の形になっていく。
「ひっ!?」
エステルは思わず小さな悲鳴をあげた。
そこにあらわれたのは生気の無いレーシーの顔だったのだ。
「忘れているかもしれないが、俺は自分の体を不死化できるのだぞ。当然死霊術も極めている」
「死後1位時間以内の死体から魂を呼び寄せ、会話することのできる魔法。しかも格下の魔術師相手ならウソを付くことができない。これも便利な魔法ね」
死霊術という倫理的に危うい魔法を使いながらも、ミュールはその利便性を素直に感心した。
ネクロノミコンと常に一緒にいるせいで、ミュールの価値観も気がつかないうちに影響を受けているのだ。
「さて、話してもらおうか」
ネクロノミコンは質問の内容を少しの間考え、整理して口に出す。
「まず、賢者の塔のトップはコーレシュで間違いないな?」
「はい」
「賢者の塔は、マナの減少について把握しているな?」
「はい」
「では、なぜ対策しない。ダンジョンを解放しなければマナは地上から減る一方だ」
ネクロノミコンの問いかけに、レーシーは無表情で答えを返す。
「地上からマナを失わせるのが賢者の塔の最終目的よ」
「何? そんな馬鹿な……いや、待て、そうか、そういうことだったのか!」
ネクロノミコンの表情が変わった。
顔には怒りと困惑が入り混じっている。
「ネクロノミコン、一体どういうことなの?」
ミュールもネクロノミコンがここまで動揺したのを見たのは初めてだ。
賢者の塔の方針はネクロノミコンの怒りに触れるようなものだったのだろう。
「お前らは、魔術師を絶滅させるつもりだな?」
「だが賢者の塔の魔術師は残る」
「ダンジョンから集めたマジックアイテムからマナを取り出し、賢者の塔の内側だけマナを充足状態にする。同時に地上のマナを消費し尽くすことで、賢者の塔以外では魔術師が生まれないようにする、それが賢者の塔の目的か」
「はい」
「恥を知れコーレシュ! それが魔術師のやることか!」
「ね、ネクロノミコン、落ち着いて」
「これが落ち着いてなどいられるか、こんな愚かなことをやるようなやつとは思わなかった!」
ネクロノミコンは激昂して、表紙をバサバサと動かし叫んだ。
エステルもラファエラも、ミュールさえもこのようなネクロノミコンの姿に驚きを隠せない。
「なぜだ、なぜそんなことを」
「マナの減少を防ぐには、マナの消費を減らさなければならない。そのためには魔術師の数を減らす必要があった。賢者の塔で優秀な魔術師を作り出し、少数だが質の高い魔術師達によって、ダンジョンを攻略し、インフラを維持する。それがコーレシュ様の方針だ」
「で、でもそれって」
レーシーの言葉を聞いて、思わずミュールが口を挟んだ。
「大地のマナの消費を少なくするために、大地のマナを消費し尽くしたら、本末転倒……目的と手段が矛盾していない?」
「大地のマナが消失しても、賢者の塔はたくわえたマナで残る。失われる歴史の損失を最小限に抑え、文明を我々の手で再興する」
「いやだから……」
「ミュール。スピーク・ウィズ・デッドは生前の記憶を呼び出しているに過ぎない。議論を投げかけても相手には理解できないのだ。ただ記憶から答えを返すだけだ」
「うーん……」
大魔術師達はなぜこんな簡単な矛盾にも気が付かないのだろう。
ミュールは納得できずに首を傾げた。
「ふん、馬鹿弟子は耄碌してしまっておるのだ。そうとしか考えられん」
「コーレシュ様は常に聡明」
「馬鹿かどうかも区別できぬから馬鹿なのだ!」
自分がかつて教えた弟子が、理解できない愚行を行っていると聞いて、ネクロノミコンは落ち込んでいるようだ。
悪態をついているが、ミュールにはネクロノミコンが背中を丸めて顔を覆っている老人のように見えた。
「早くあなたの弟子に会いに行かないとね。あなたの代わりにぶん殴ってあげてもいいわよ」
「……そうだな、目が醒めるようなきついのを一発、くれてやってくれ」
ネクロノミコンはそう言うと、力なく笑った。
☆☆
この世界は魔法とダンジョン。この2つの要素によって成り立っている。
さまざまな資源はダンジョンから生み出され、農業も工業も初級魔法の力を借りている。
この2つを賢者の塔が独占するというのか彼らの計画だ。
「予想より数段悪い。どうなっているのだ」
ネクロノミコンは、これでもコーレシュという自分の弟子に、ある程度の信頼を置いていた。
確かに愚かであり、自分を裏切った男である。
だがコーレシュはネクロノミコンが魔法を教えた弟子なのだ。
何をしてはいけないかくらいは教えていたはずだった。
「エステル、コーレシュに会う方法はないか?」
「えっ? そうですわね……深淵の10階に必ず存在する強力なモンスターとマジックアイテムを手に入れて帰還したものには、お祖父様が直接表彰することになっていますわ」
「なるほど、それなら容易いな」
「でもそれは通常の場合、我々は賢者の塔の人間を倒しているんですのよ?」
「しかし理由もないのに深淵から表彰されるような成果を出した者を攻撃はできんだろう。賢者の塔は、またこの世界を掌握できてはいない。だからレーシーも深淵の中という絶対に第三者が存在しない場所で襲ってきたはずだ」
ネクロノミコンがそう言うと、ラファエラも頷いた。
「確かに、なりふり構わず殺そうとするならば、たくさんの人を集めて町中で私達を襲えば良いんだ。それができるほど、賢者の塔に権力はない」
「おっしゃる通り賢者の塔と国家はまだ別の組織ですわ。ですが、これまで私達は賢者の塔の敵対者ではなかった。本気で賢者の塔が私達を潰そうとするならば、何の後ろ盾もない私達に無実の罪をでっちあげることもできると思いますの」
「ふむ、後ろ盾か……」
さすがのネクロノミコンも、コネだけは持っていない。
三人はどうしたものかと考え込むが、
「だったらさ」
「何か案があるのかミュール?」
「冒険者ギルドの名義で深淵10階を攻略するのはどう? 冒険者ギルドは魔術師ギルドからの独立を目指しているようだし、深淵攻略の実績はほしいと思うんだ。私達が協力を申し出れば、私達の立場は冒険者ギルドが保証する。賢者の塔に比べれば小さな勢力かもしれないけれど、ダンジョンの外で起こるゴブリンや盗賊の襲撃なんかを解決している冒険者は、下級貴族や民衆に人気があるから、賢者の塔だって迂闊なことはできないはずじゃない?」
「なるほど……お前、本当にミュールか?」
「酷い!」
「冗談だ、良い考えだな。俺も賛成する」
ラファエラとエステルもミュールの案に賛同し、パーティーの次の目的は決まったのだった。




