32話 魔術師と少女は城塞を騒がせる
「外だ!」
翌日、三人は地上への階段から差し込む光を見て、嬉しそうな声を上げた。
地上へはまっすぐ戻ることにした三人は、途中ヘルハウンドやジャイアントバットなどの襲撃を何度か受けながらも、被害をうけること無く地上にたどり着き、こうして階段を登っている。
「全員……ていうわけじゃないけど、3人共無事。最初の探索としては大成功なんじゃないかな」
「5階までの探索の予定が3階で途中帰還、パーティーも半数が死亡。周りからはとても成功とは思われないと思いますわ」
「人からの評価はいいの、私達自身が成功だと分かっているんだもん」
「その通りだ若き魔術師達よ、大切なのは自分がどう思うかだ。それに……」
ネクロノミコンはニヤリと笑った。
「獲得した戦利品はちょっとしたものだぞ。明日にでも金庫を買っておかねば、お前たちはもう安心して夜は眠れなくなるぞ」
「どうして100年も眠りこけていたネクロノミコンが、モンスターの引取額なんて分かるのよ」
「この間図書館を利用したときに、必要なことは大体読ませてもらった。さらに火の巨人のような10年以上倒されたことのないモンスターは、希少さによる付加価値もつく」
「そ、そう……で、どのくらい?」
「楽しみにしておけ」
「なによ、教えてよ」
だがネクロノミコンは笑いを漏らすだけで、どれくらいの価値があるのは教えてくれなかった。
まぁでもこれから引き渡すのだから問題もないかと思い直し、諦めて外へと出た。
☆☆
ライトの魔法やランタンの明かりがあるとはいえ、太陽の光とは比べられない。
まだダンジョンに入って一晩明かしただけなのだが、太陽のあまりの眩しさに、三人は思わず手をかざした。
「帰ってきたんだね」
「これで私達も深遠生還者の一員ってわけだ」
ミュールとラファエラは嬉しそうに笑っている。
エステルは若干緊張した面持ちだ。
三人の姿に気がついた衛兵が、声をかけてきた。
「生還おめでとう、君たちは……」
「魔術師エステルで登録しているパーティーですわ」
「ああ、これだな。ふむ? 登録では6名のパーティーとなっているが……」
エステルが緊張していたのはこれだ。
ダンジョンで探索する際は、事前に誰がダンジョンに入るのか、パーティー名簿や探索スケジュールを提出しなければならない。
ダンジョン内で帰ってこなかった者を把握し、必要なら捜索隊を派遣するためだ。
最も、入る度に地形の変わる深淵では助けに行くことは不可能で、一定期間の間に帰ってこなければ死亡者として認定されてしまうだけだが。
「ガジャン、ポン・カーティス、レーシーの三名が命を落としました」
「何? すまないが規則だ。町の事務所で詳しい状況を報告してくれ」
「分かりましたわ」
三人は衛兵の1人に連れられて深淵への門から少し離れたところにある事務所へと連れて行かれた。
事情聴取。
もちろん、ミュール達はなんら咎められるようなことはしていない。
ガジャン、ポン・カーティスは冒険者ギルドでも怪しいと把握しているくらいだから、この深淵を管理する魔術師ギルドも、彼らが襲い掛かってきたことについてはすぐに信じるだろう。
問題はレーシーだ。
その職業上、多くの人に公開されているわけではないが、彼女は賢者の塔所属の医療魔術師。
ここでは深淵を管理するため賢者の塔が間に他の支部を挟むこと無く管理しており、レーシーが医療魔術師であることを把握している可能性は高い。
レーシーがミュール達を襲ったと言われても信用しないだろう。
どう伝えるべきか、エステルは自信がなかった。
事務所では第二応接室と言われる場所に通された。
椅子とテーブルが置かれ、壁際には引き出しのついた棚がある。
テーブルにはハーブの浮かぶ水差しと人数分のコップが置かれている。
一見質素な部屋だが、窓はなく入ってきた扉が唯一の扉で、そこには衛兵が魔術書を左手に持ち立っている。
椅子に座る二人の魔術師も、顔は穏やかだが左手に魔術書を持ち、何かあったらすぐに対応できるように構えている。
「今回、深淵にて犠牲者がでたとのことで。まず彼らの魂が魔術の道の礎となられたことに敬意を」
魔術師はそこで一度言葉を切り、哀悼の意を表した。
「では彼らが犠牲となった状況について、できるだけ詳しくご説明ください。
だが、エステルが口を開くより早く、ラファエラが割り込んだ。
ラファエラは笑顔を浮かべながら落ち着いた様子で
「私からご説明しましょうムシュー……」
「ジェイクスです」
「ムシュー・ジェイクス、今回の探索、我々は3層にて強力なモンスターを打倒し、膨大な戦利品を手に入れることができました。それを狙ってガジャンとポン・カーティスが不意をついて襲い掛かってきたのです。我が親愛なる友人であったレーシーは二人の卑劣な不意打ちに倒れました。ですが、レーシーの魔法によりガジャンも深手を負い、我々3人で倒すことができたのです。残念ながらレーシーの受けた傷は致命傷で、手の施しようがありませんでした。仕方なく我々はレーシーに別れを告げ、地上へと帰還したのです」
「膨大な戦利品ですか?」
「はい、それらは、彼女、ミュールの魔法によって異空間に格納されています」
「そのような魔法が使えるとは彼女の経歴書に書いてありましたね」
「はい、かなり量があるので、受付の場所を変えてもらわないと手間がかかると思います」
「そんなに?」
ラファエラがニコリと笑った。
その自信に溢れた姿に、相手の魔術師は落ち着きをなくしたようだった。
「ゴホン、それは後で解決しましょう。レーシー殿がどうやって亡くなったのか、詳しい状況を」
「ええ、では……」
ラファエラの弁舌は、立板を流れる水のようによどみ無く、事実を知っているミュールすら信じてしまいそうになるほどだった。
それに深淵から、仲間割れが起こるほどの戦利品を獲得してきたというのも、魔術師達の意識をそらすのに効果があったようだ。
だがそれだけではない。
気がついているのはネクロノミコンだけだが、ラファエラは事前にサジェスチョンの魔法を使っている。
サジェスチョンとは、自分の言ったことをあいてにもっともらしく聞かせるという精神作用系魔法の一種だ。
あまりに突拍子もないことだとサジェスチョンを使っていても疑われるが、ここに卓越した弁舌の技量を組み合わせれば、信用を得ることも簡単だ。
この魔法の優れた点は、相手は自分の感情が言葉によって自然に動かされたのか魔法によって不自然に動かされたのか、判断がつかない点にある。
魔術師達も精神作用に対する対応も学んできたのだが、ラファエラの術中にはまり、ラファエラの言葉を完全に信じこんでいた。
やがてラファエラの説明が終わると、魔術師達はミュール達が卑劣な裏切りを乗り越えたことを賞賛し、引き止めて申し訳ないと謝ったほどだった。
☆☆
「本当に足りないんですか? ここでも駄目となると……」
場所は変わって、戦利品の引き渡し所の裏。
換金担当の職員は、疑わしそうにミュール達に一瞥をくれながら、頭をかいている。
「もう中央広場しかないですね」
「じゃあそこで」
「はぁ、全く」
今探しているのは、ダンジョンで倒したモンスターを並べ、査定してもらえる場所だ。
なにせ数百体のファニートレントと巨大な火の巨人4体を含むのだ。
もともと人間やロバが運べるだけ、せいぜい中に入っている物の重量が減らすマジックアイテムなどがあるくらいだ。
大抵の場合は受付で事足りるし、大人数パーティーでの探索も引き渡し所の裏にあるスペースを利用すれば十分対応できる。
広場を使わせてくれなど前例がなく、ミュール達から事情を聞いた二人の魔術師がとりなしてくれなければ、職員は絶対に納得しなかったであろう。
職員は、広場となれば他の衛兵達も見ることになり、そこで恥をかけばいいと自分を慰め、面倒な段取りを済ませにいった。
☆☆
広場の周囲に簡単な結界をはられた。
魔術師でなくても本気で突破しようすればできる程度のものだが、ミュール達の戦利品が盗まれないようにという職員の配慮だ。
「それじゃあ、どこにしまっているのか分かりませんが、ここに並べていってください」
冷笑を浮かべる職員に、ミュールは軽く頭を下げると、右手をかざし、格納してあるモンスターを一体ずつ出していく。
ヘルハウンドの亡骸が現れた時点で、職員はすでに冷笑が顔から消え驚きの表情を見せていた。
「なんて便利な魔法なんだ」
オーガやジャイアントバット、フロストアントアーミーなどを並べているうちに、段々と広場の様子が気になったのか、非番の衛兵達や衛兵達に食事などを提供する店の人間が集まってきた。
次々にあらわれるモンスターに、興奮が群衆に広がっていく。
規則正しく一定間隔で並べていたミュールの動きが止まる。
これで終わりかと人々は思った。
確かに死体ごと持って帰ったので量が多く見えるが、倒した数でいえば決して多くない。
ミュールは、少し歩いて距離を取ると。
腕を動かして、まるでスペースの広さを測っているような仕草をしている。
だがやがて、面倒になったのか唐突に右手を突き出した。
山が生まれた。
「な、なんだこりゃああああ!!!!」
もはや職員の表情に余裕はない。
目の間にある事実が信じられない様子で、頭を押さえて絶叫している。
ミュールが取り出したのはファニートレントの山だ。
さらにミュールは同じような山を3つ作り出した。
「すげえ!!!」
深淵を探索する魔術師達から軽んじられないよう、感情を表に出さないようにしている衛兵達も、興奮のあまり声を上げることをこらえられなかった。
「たしかにこれは広場じゃないと取り出せませんね!」
事情聴取した魔術師達は、自分の判断が正しかったことを誇るかのように担当職員の肩を叩く。
職員は嫌がる素振りも見せず、笑顔でうなずいた。
「えっと、すみません、まだありまして」
ミュールはファニートレントとは反対側に向けて右手をかざす。
これ以上何があるのかと、見守る中、そこに神話の世界から飛び出してきた4人の火の巨人と巨人サイズのミスリル銀の胸甲とグレイブが並べられた。
深淵からの獲得品を日常的に目にしているこの城塞の住人は、城壁中に響き渡る歓声を上げた。
「おい! 非番のグリム達も全員かき集めてこい! 人手がいる!」
「俺達が行ってくるよ!」
「運ぶのなら俺たち手伝うぞ!」
「よっしゃ、仕事終わったら今日は全員にビールはタダだ、好きなだけ飲んでいいぞ!」
「さすがマスター!」
来たときは厳粛で恐ろしげに見えた城塞が、今は祭りの最中のように慌ただしく、ミュールは呆気にとられていた。
「おいミュール」
「なによ」
「こういうときはな、すました顔などせずに一緒に笑うもんだ」
「確かにその通りね」
そして二人も声を上げて歓声の一員に加わったのだった。
☆☆
「それで、結局いくらになったの?」
「1人銀貨34,500枚だそうです。支払いは大金貨で支払うしか無いから銀貨への換金はウルでしてくれとのことですわ」
「……は?」
「3人あわせれば10万枚以上、領地と爵位が買えてしまいますわね」
確かに、ネクロノミコンの言った通りだ。
ウルに帰ったら金庫を買いに行こうと、ミュールはしっかりと心に刻みつけていた。




