訃報
その知らせは、突然にもたらされた。
そしてそれは、ボクの心を簡単に砕いた。
いつもの食堂での仕事が終わって、家に帰りついた時、一人の男性がボクの帰りを待っていた。
その男性は、ボクに向かって、静かに、こう告げた。
「今日、アルファリア=サイトさんがお亡くなりになりました。」
え?
あるふぁりあさいとさんがおなくなりになりました。
アルファリアサイトサンガオナクナリニナリマシタ……。
この人は何を言っているんだろう?
あるふぁりあ、さいとさん……アルファ、が?
お亡くなりに……亡くなる……死ぬ?
アルファが……死んだって?
「今、何て……?」
「ですから、アルファリア=サイトさんがお亡くなりに……。」
「ウ……ソ……、ウソ、でしょう?ねえ、嘘でしょう!?今朝、ボクが出かけるまでは元気だったんだもの!!そんなはずない!!」
気がつくと、ボクは叫んでいた。
悪い冗談を聞いているようだ。でも、この人の口調と沈痛そうな表情が、嘘じゃないって言ってる。
「今日のお昼頃、町外れでちょっとしたいざこざがありました。最初はただの口論だったのですが、次第にエスカレートし、刃物沙汰になってしまいました。そこに通りかかったアルファリアさんは、それを止めようと、二人の間に割って入ったそうです。」
静かな、静かな口調。ボクのことを気遣っているのがわかる。
でも、そんな言葉はいらない。欲しくない。ただ、これが嘘だとさえ言ってくれれば……。
「間もなく、ご遺体がこちらに帰ってきます。埋葬は明日の昼からになります。それまでにお別れのほうを済ませておいて下さい。」
降ってくるのは、容赦のない言葉だけ。
そして、その男性はアルファの遺体と入れ違いに帰っていった。
アルファは、まるで眠っているかのような安らかな表情だった。
今にも目を開けて、「冗談だよ。びっくりした?」と笑ってくれそうな……。
その日は一晩中、アルファのそばにいた。でも、アルファは一度も目を開けることがなかった。
明け方、少しうとうとして、夢を見た。
「フィリス、おはよう。そろそろ起きたら?仕事に間に合わないよ?」
話しかけてくるのは……アルファ!?
がばっと飛び起きる。
「あ、アルファ!?」
アルファは死んだはず……。一晩で、イヤというほど思い知らされたのに……。
「どうしたの?そんなに驚いて。変な夢でも見たんでしょう。朝ご飯出来てるから、はやく起きておいで。」
いつもの笑顔。いつもの口調。いつもの日々。いつもの朝。
ボクは、不思議がりながらも、ちょっぴり安心した。
……そして、目がさめる。
「フィリス、おはよう。そろそろ起きたら?仕事に間に合わないよ?」
いつものようにアルファが起こしに来てくれる。
「んー。おはよ。今起きるよ。それにしても変な夢見たなあ。」
「変な夢って、どんなの?」
ボクは、苦笑いを浮かべながら、アルファに今の夢のことを話した。
「アルファがさあ、死んじゃってて、生き返ってくる夢。」
「なあに?それ。勝手に殺さないでよー。」
アルファも笑いながら言い返してくる。
「だから、夢の話だってば・・・・・・。」
そこで、目が覚めた。
目の前には、棺桶の中に横たわる、アルファの姿。
ボクの心と部屋の中に満ちている、孤独と寂寥。
「やっぱり、夢じゃないよね・・・・・・。」
一人、呟いてみる。こんな現実なら、目が覚めないほうがよかった。ずっと、あの夢の中にいたかったのに。
何かが頬を伝う感触。涙が一筋、こぼれたみたいだった。
『お昼までに、お別れを済ませてください。』
ふと、昨日の男性の言葉が頭をよぎる。
もう少しでお昼だ。ボクが今アルファにできることはなんだろう。
少し考えて、ボクは、髪の毛を1本抜いて、棺桶の中にいれた。
アルファが、独りじゃないように。
ボクが、ずっとアルファと一緒にいられるように。
そして、アルファの髪を一束、そっと切り取る。
そのうち1本は、ボクが持っていよう。ずっと。
そして、残りの束は、アルファの故郷ハウズフィルに行って、アルファが懐かしがっていた中央公園のサクラって樹の根元に埋めよう。
故郷を遠く離れたこの町で、埋葬されなきゃならなくなったアルファの、せめて魂だけでも、故郷に帰れるように。
身内もいないので、アルファの埋葬はとても簡単に行われた。
近所の人や、親しかった人たちが集まって、みんなで別れを惜しんでくれた。
ボクは、埋められていくアルファを見ながら、切り取ったアルファの髪の毛をずっと握り締めていた。
そして、たった一つのことだけをずっと思い続けていた。
ハウズフィルに行こう。この悲しみを乗り越えるために。このつらさを癒すために。
そしてそこで、アルファにほんとのサヨナラをするんだ……。