第六十二話 ヴィグエント奪還戦
ヴィグエント奪還作戦の立案は困難を極めた。将官、佐官が集まった本会議での事である。
軍事的にも政治的にもこれ以上期間を空けるのは得策ではないというのは満場一致したが、現状の戦力で良策はなかなかでなかった。外交面では何も手助けはできないというガイウス宰相からの通達。ゼイウン公国は戦に忙しくノワール共和国は戦に慎重だ。何よりこちらから出せる対価は何もない。領土を取り戻すために他国を引き入れていては大赤字もいいところである。攻められた時に守るためならともかく、だ。
本会議の前に開かれた首長会議で出した案をセラムはすぐには発言しなかった。
会議開始から二時間、決まったのは大まかなルートと兵糧から逆算した動員兵数のみ。皆疲労の色が濃く、考えるのが億劫になる頃合い。そんな中、今まであまり意見を表に出さなかったセラムが口を開く。かの豊臣秀吉も用いたという、会議で意見を通しやすくする小技というものだ。
「僕が先遣隊を率いて街に取り付きましょう。その間にリカルド中将の本隊で西の砦を攻めていただく。リカルド中将が西の砦を陥とし、街に着く前に門を開けてみせます」
室内がどよめく。それが難しいと、誰もがその方法を考えている最中の大言壮語である。
「ですがどうやって開門させるのですか?」
それについては今まで散々話し合ってきた。ヴィグエントは敵の徹底した管理のため内通者は入り込む隙がない。防壁外の農地へ行く時は出入りに点呼と監視があり、それ以外の市民の出入りは禁止されている。反乱を誘発させる事は難しい。兵数と兵糧を考えると包囲作戦も困難であり、攻城兵器による突破も損害が大きい。そんな話をしていた。
「新造の攻城兵器を使います」
「セラム少将が開発なさっていたというアレですか。失礼ですが初めての実戦で使うには厳しい戦局。従来のトレブシェットやバリスタを使うほうがよろしいのでは?」
トレブシェットとは大型の投石機で、その大きさは十メートルにも及ぶ。威力や射程は現状最強と言っていい兵器だ。バリスタはトレブシェットが開発される以前から使われていた大型の弩で、矢の代わりに石を飛ばす事も出来る。
「トレブシェットは足が遅いし今回の標的は元我が国の都市です。あれは放物線を描いて飛ばす上に弾となる岩も形や重さがバラバラで一点に狙いを絞るのは難しい。元々防壁の内側を破壊する為の兵器ですからね。街への被害は最小限に抑えたい」
そこらの石を拾って山なりに投げて線状に並んだ空き缶を狙う事を想像してもらえば、トレブシェットで防壁のみを打ち砕く事がどれだけ現実味が無いか解るだろう。
「バリスタは威力に不足があります。何発も撃ちこめばそれも可能でしょうが実行するには敵を抑える兵が足りません。その点アレならば一撃加えて逃げる事も可能です」
「しかし一回撃つと次を撃つまで時間が掛かると聞きます。もし失敗した場合はどうなさるおつもりですか?」
「その時は本隊と合流して坑道作戦をとります。アレで援護射撃も出来ますしあわよくば門を破壊することも可能でしょう」
勿論その場合は望まない長期戦になる。とは言え今までの案よりはマシだと思える内容ではあった。
「他に質問は? 反対意見は? 無いようですね」
かくして蒸気圧力式大砲の実戦投入が決まったのである。




