41.【おまけ】『王の鉤爪』シエラへの旅路
「よし、出発だ」
ゼルの呼びかけに、わたしセレナとユークは頷く。そして馬車の御者台に乗ったわたしは手綱を押し、馬を走らせた。
「これで王都にも、この国にももう戻ってこないんだよね……」
住みづらい国ではあったけど、ギルドや町の人たちともう二度と会わないかもしれないと思うと少し寂しい。
そんな干渉に浸りながら、今まで何度もくぐり抜けた城門を抜け、王都を発った。
***
王都を発って何日かの間、何事もなく馬車を走らせていると、道の先に立ち往生している商人の一団が見えた。
「すみませーん! どうかしたんですか?」
わたしは一団に向かって声を飛ばし、彼らの手前で馬車を止める。すると二十人ほどの人だかりの中から、ところどころシワのある顔をした小太りの男が顔を出した。
「嬢ちゃん、この道はダメだ。少し先に凶暴な魔獣が現れて通れやしない。まったく散々だ! さっさとこんな辛気臭い国からおさらばして、隣のカリノ帝国でひと稼ぎしよと思っていたんだが……」
「それならば俺たちがその魔獣を狩ろう」
そう言って馬車の荷台から降りてくるゼルのオレンジ色の瞳に、商人たちの視線が集まる。
「倒すって……あんた剣を持ってるみてぇだが、あの魔獣はつえぇぞ。ありゃおそらくAランクの魔獣だぜ」
「そうだ、やめといた方がいい……オレたちの荷馬車は何台もやられたし、重傷を負った奴もいる。Bランクの護衛冒険者パーティーも雇っていたんだが、奴を見た途端『金は要らねえ! 俺たちはこの依頼を降りる』と言って逃げやがったんだ! ……つまりはまあ、それほどの魔獣ってこった」
見ると確かに、奥の方で治療を受けている人がいた。それに、荷台部分がごっそりと抉り取られている馬車もいくつか街道沿いに並べてあった。
「そうか。ならば魔獣を見てから判断するとしよう。セレナとユークもそれでいいか?」
「もちろんです!」
「ボクも……それで構わない。けど、ボクは、ここを……離れられない」
魔術師用のローブを身につけたユークも荷台から顔を出し了承する。だが彼は道中、不治の病を患ったゼルの家族の看病をしているため戦闘には参加できない。
「では、俺たちは少し様子を見てくる。商人の方々はここで待っていてくれ」
「あ、ああ……。あんたらも無茶するんじゃないぞ」
***
「あれって……ブラッドタイガー?!」
「そのようだ……体表にある赤と黒の縞模様。それに金の瞳孔に黒の眼球……間違い無いだろう」
街道に佇んでいたのは、馬車の二、三倍はありそうな体躯を持った虎型魔獣だった。
「でもブラッドタイガーの生息地はカリノ帝国南部の荒野だけのはずですよね? どうしてこんなところに……」
「今そこは問題じゃない。ブラッドタイガーの強さはAランクの魔獣の中でも上位──俺たちが全滅したあのダンジョンボス──ナイトゴーレムと同格の存在だ」
「あれと、同格……」
それまで磨いてきた技も知恵も何も通じず、何もできずに気絶させられ、最終的にはルヴィアに助けられた時のことを思い出し、わたしは顔を伏せた。
……でも、ここで逃げたら一生強くなれない。そんな気がするの!
「そうだ。だからあれに気付かれないように街道から外れて進むしか無いだろう──」
「いいえゼルさん、戦いましょう! あのブラッドタイガーと」
「何を言って……」
信念の灯ったわたしの黄緑色の瞳が、ゼルの言葉を打ち消す。
「それに、ここはダンジョンと違っていくらでも準備かできます。ブラッドタイガーの武器はあくまで力と速さ、それと蹄による斬撃だけ。落とし穴やぬかるみとかの簡易的な罠でも有効なはずです」
そうしてわたしたちは一刻も経たないうちにぬかるみを用意し、作戦も立てて戦闘体制に入った。
「よし、作戦通りまずは俺が奴の注意を引き、ぬかるみにはめる。そこからはユークにかけてもらった支援魔法『ウィンドブースト』による速さを活かしたヒットアンドアウェイで仕留める。いいな?」
「はい!」
二刀の短剣を引き抜き、わたしは大きく頷いた。
「よし、行くぞ!」
風を纏ったゼルが、弧を描きながら猛スピードでブラッドタイガーに接近。だが、ブラッドタイガーもゼルの存在に気付き、四足で立ち上がる。
「オオォッ!」
ガキイィィン!
豪快に振るわれたゼルの剣が、ブラッドタイガーの鋭い蹄と激突する甲高い音。その衝撃に草花が揺れる。
「……っ! こっちだ!」
後方に跳び距離を取ったゼル。次の瞬間、ブラッドタイガーは空高く跳び上がる。その時、ブラッドタイガーの鋭い蹄に殺気がこもる気配がした。
「ゼルさん! 蹄の攻撃が来ますっ!」
「ああわかってる!」
そう言うや否や、ゼルはぬかるみを跳び越えるようにして回避。
ズバアァァァアァァン!
ブラッドタイガーの着地と同時に放たれた四本の斬撃は、一瞬前までゼルが立っていた地面を切り裂いていた。
「ガァオオォォォッ!」
雄叫びを上げ、ブラッドタイガーは間髪入れずにわたしたちに向かって走り出す。
「ガアァッ?!」
「よし、成功だ! 奴がぬかるみに足を取られているうちに仕留めるぞ!」
「はい!」
よかったぁ……わたしの作戦成功した! 前は三人でも勝てなかったAランク上位の魔獣にも、戦略次第では勝てるんだ!
そこからは単調だった。作戦通りのヒットアンドアウェイでブラッドタイガーをぬかるみに縫い付け、着実にダメージを入れていく。
それを何度も繰り返し、五十を超えた頃にようやく、ブラッドタイガーはぬかるみの中に体を沈めた。
***
「あんたらがあの魔獣を倒してくれて助かったぜ。街道に魔獣が出て、予定から一日しかずれないなんて奇跡だ! ありがとな!」
「いや、俺たちも同じ道を通りたかったんだ。礼は要らない」
「そうはいかねぇな。商人は信頼と人脈が全て、あんたらみたいな強い冒険者に借りを作ったままにはしておけねぇ! あんたらもカリノ帝国のシエラに行くんだろ? だったらそこで礼をさせてくれ」
強引にゼルと肩を組む商人代表にゼルは、
「あ、ああ……そうだな。わかった」
と曖昧な返事をして顔を引き攣らせた。
それからわたしたちは、目的地を同じくする商人の一団とともに街道を東へ進んだ。すると、程なくして遠くには今や瓦礫の山と化したラドスが見えた。
あの時、罪のない人たちが何人犠牲になったんだろう……わたしがあの町に戻っていたら、何人救えたのかな……。
あの時わたしに、戻るっていう選択肢を選べるほどの実力があったらよかったのに……。
御者台で馬車に揺られるわたしは、手綱を握る手に力を込めた。
「もう二度と自分の力不足を悔やまないように、わたしもっと強くなりたい!」
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