20.地下闘技場
「アード殿下。本日のご予定は何かおありでしょうか? もしよろしければ、ぜひアード殿下にお見せしたい面白いものがあるのです」
私たちが朝食を摂り終えた時、ガーランドは恭しくアードに提案を持ちかけた。
「ほう……。ガーランド辺境伯にはいつもいい意味で期待を裏切られているからな。面白いものとやらを見せてみろ」
「ヒヒッ……このガーランド、かならずやご期待に応えてみせますとも。冒険者の皆様もどうか、念の為に全員でアード殿下の護衛をしていただきたい。ともに来てくださいますね?」
***
「ねぇルヴィア。どうしてノアさんがいないの?」
ガーランドに連れられてラドスの町を歩いていた時、ノアがいないことを気がかりに思ったセレナが私に耳打ちしてきた。
「私に言われてもわからないわよ」
だが私には、ノアが生きていることもノアの居場所もわかっている。ノアを使うと決めてすぐ、彼女に探査魔法に引っかかる魔法の発信源を取り付けたからだ。
「アード殿下、こちらでございます」
なんの違和感もない、貧民街にあるただの空き家の扉を開けるガーランドに、アードが怪訝そうに眉をひそめる。
「本当にオレを楽しませてくれるんだろうな?」
「もちろんですとも! わたくしが殿下をお連れしたいのはこちらでございます」
ガーランドはそう言って、空き家の中に放置されている古びたタンスを動かした。すると、タンスをどかした床には金属製の重厚な扉が現れる。
「ささっ、皆様どうぞ中へ。面白いものをご覧になられますよ。ヒヒッ……」
この方向……ノアの居場所に近いわね。
ガーランドに促され、私たちは彼の後を辿り地下へと伸びる階段を降りた。すると、階段を降りた先には先ほどと同じ黒く重厚な扉があった。そしてその前には見るからに荒くれ者といった格好の男二人が立ち塞がっている。
「「ガーランド様、ご苦労様です!」」
荒くれ者の二人はガーランドの顔を見た途端威勢の良い挨拶をして両開きの扉を開ける。
「「「ウオォォォォオオォォォ!」」」
「「「潰せえぇぇぇ!」」」
扉が開かれた瞬間、奥からは大多数の熱狂が響く。扉の先にあったのは、観客によって座席を埋め尽くされた円形の闘技場だった。
「如何でしょうか? こちらがわたくしどもの領地最大の地下闘技場でございます」
「ほう! 広いな。王城の訓練場とも遜色ない。おいガーランド、今戦っているのはなんだ?」
アードは上擦った声で闘技場の中心を指差す。
「あれはグリフォンでございます。そしてその相手は奴隷ですね。本日はちょうど、奴隷をA〜Sランクの魔獣と戦わせるという催しの最中でして」
要は奴隷を勝てない相手と戦わせて見せ物にするってことね。
「「「ワアァァァアアァァァァァ!」」」
突如、歓声が巻き起こる。どうやらグリフォンと対峙していた奴隷が絶命したらしい。よく見ると、身なりからして観客の半数以上が貧民街の住人だった。
「くそっ……人の命を見せ物にするとは……。この国はやはり腐っている!」
拳を握り締めるゼルの橙色の瞳には、どうしようもない怒りが滲む。
「この町……の、人は……おかしい」
ゼルの隣でユークは目を細め、セレナは俯いて目を閉じた。
「面白そうだな! オレも何か出場させられるのか? ……こんなものがあるなら、あれを捨てるんじゃなかったな」
「ご安心くださいアード殿下。ノアならば昨夜、わたくしが拾っておきましたので」
そう言ってガーランドが手を叩くと、門番をしていた人とは別の荒くれ者が、荒縄で縛られたノアを運んでくる。その顔には大きなアザが出来ており、身体中に鞭で打たれた擦り傷があった。
「ルヴィア……わたしもう見てられないよ……でも、今ノアさんを助けたらみんな犯罪者になっちゃう。わたし、どうしたらいいの?」
ノアのことを思って肩を震わせるセレナは、私の腕にしがみついた。
「大丈夫よ。きっと今のノアさんにとっては、死ぬことだけが救いなんじゃないかな」
「そんなの……可哀想だよ」
セレナは優しい。けど人間、同情だけで助けられる方がもっと惨めなんだよ。
「ほう……ガーランド、おまえは気の利く奴だな。オレにもおまえのような部下がいればどれほど楽か」
「お褒めいただき光栄です。ではわたくしは、ノアの出場手続きをして参りますので少々失礼させていただきます」
「うむ。楽しみにしているぞ」
***
「おら! さっさと行け!」
人相の悪い男が、ノアを闘技場の中へと突き飛ばす。
痛い……もう早く殺してよ! 昨日死ねると思ったのに……あたしには死ぬことすら許されないの?
一度、苦痛から解放されるという幻想を見せられ、現実に引き戻されたノアの精神はとうに限界まで疲弊していた。
「さあ続いては、ガーランド辺境伯様がお連れしたやんごとなきお人が出場させた美少女愛玩奴隷、ノアだ!」
実況が流れると、地面に突っ伏したままのノアを見て観客がざわつく。
「あれが美少女奴隷? 見る影もねぇな」
「あれを出場させたお偉いさん、一体どんだけドSなんだよっ」
「そして! 対する魔獣は……かつては地上最強を誇り、Sランクの中でも上位に属する大地の王──アースドラゴンだあぁぁぁ!」
実況とともに柵が上がり、地響きのように重い足音がノアに近づいてくる。
ゾクッ!
「ひっ……」
全身の細胞が暴れ出す感覚に、ノアは思わず顔を上げる。すると眼前にはアースドラゴンの殺意に満ちた黄金の目が迫る。
逃げたい……でも体に力が入らない! お願いだからあたしを見逃し……あれ? あたし死にたかったはずなのになんでこんなに怖がって……それに、生きようとしているなんて……。
「本当はあたし、死にたくないの?」
引き攣った頬を涙が伝う。そして、ノアが見せた恐怖の感情が、観客たちをさらに昂らせた。
「「「こ・ろ・せ! こ・ろ・せ!」」」
だが、生きたいと願っても、アースドラゴン相手にノアができることなど何もない。ノアはただ、一歩も動けずに死を待つことしかできない。
対してアースドラゴンは、岩のような肌にはしる亀裂を黄土色に輝かせると、闘技場の土の地面から次々と棘のような岩が生えてくる。
「虫けら奴隷が! せいぜい死に様でくらいはオレを楽しませろ!」
観客が上げる歓声の中から、アードの醜悪な叫びがノアの耳に届く。それと同時に、体が震えて動けずにいたノアの華奢な体を岩棘が滅多刺しにした。
「ゴホッ……」
自分の口から溢れる血を見てノアは、幼い頃、自分と同じく奴隷だった母親がガーランドにナイフを突き立てられた時のことを思い出す。
「ノア、ごめん……なさい。奴隷の私なんかが母親だから……あなたにも辛い思いばかりさせてしまった。でもね、私はそれでもあなたのお母さんだから……だからね、あなたには生きててほしいの……よ」
お母さん、あの時はあたし……泣けなくてごめん。それにごめん。あたしも、そっちに行かなくちゃいけないみたい……。
「あたし……も、虐げられない平穏な暮らし……してみたかっ……」
アースドラゴンの咆哮とともにノアの頭上に出現した大岩が、ノアの頭蓋骨を捉える。その瞬間、ノアの意識は途絶えた。
***
「……なさい。起きなさいノア」
あたしは死んだはず……ここは、天国?
ゆっくりと目を開けると、ノアの前にいたのは、幻想的な銀の長髪と深青色の瞳を持つ少女──ルヴィアだった。
この話を読んでいただきありがとうございます!
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思っていただけたら、
ブックマーク登録や、
↓の「☆☆☆☆☆」をタップして、応援していただけるとうれしいです!
星はいくつでも構いません。評価をいただけるだけで作者は幸せです。




