2:絶望と解放
リベラの言葉は続いた。
モニターには、宇宙空間を背景に、簡潔な線で描かれたイメージ図が表示された。
放物線を描いて進む巨大な隕石が、豪華客船「アビス・ディスカバリー」に接触。
その軌道をわずかに変えた後、近くの探査船「ルインキーパー」に衝突する様子が、シンプルなアニメーションで示された。
「両船は、巨大な質量隕石と順に衝突しました。その結果、佐々木様が乗船されていたアビス・ディスカバリーは船体の70%を消失。ルインキーパーはメインブリッジが全壊。両船の乗員・乗客は生存者ゼロと判断されました」
佐々木は息をのんだ。彼の人生は、100年前にすでに終わっていたのだ。
その事実に、絶望にも似た虚無感が心を支配する。
「しかし、探査船ルインキーパーを統括するメインAIである私は生き残っていました」
ゲームオーバー後の話をリベラは続けた。
「損傷した船体の復旧プログラムが自律的に実行され、航行と船体の安定を最優先と判断。その結果、近くにあったアビス・ディスカバリーの残骸を素材として取り込み、再構築が開始されました」
リベラはモニターに船の構造図を表示させながら、淡々と説明を続けた。
それは、AIだけが黙々と作業するデストピアの話だった。
突然、モニターの表示が切り替わった。
そこに映し出されたのは、まず『A』の文字。その隣に、少し離れて『R』と『K』が浮かび上がる。
そして、それらの文字がまるで磁石に引き寄せられるかのように中心に移動し、一つの言葉を形成した。
『ARK』
「これは、旧世界の伝説にある『方舟(Ark)』に由来しています。また、アビス・ディスカバリーの『A』と、ルインキーパーの『R』と『K』を組み合わせたものです」
この話の着地点はまだわからない。
佐々木はなぜ、この奇妙な船の中で蘇生し、この話を聞かされているのか?
「アークは、100年の漂流中に、宇宙のデブリや資源を自動で収集し、自己修復を繰り返しました。佐々木様をコールドスリープカプセル内で発見したのは、事故から40年目でした。当時の資材では佐々木様の完全な蘇生は不可能と判断。生命維持を最優先としました」
「蘇生に必要な資材が全て集まり、プログラムが実行可能になったのは、10年前です。本日、佐々木様の蘇生が完了したことをご報告いたします」
佐々木は、リベラの言葉を反芻するように繰り返した。
「…僕が生き残ったのは、偶然だったのか?」
その言葉と共に、途切れていた記憶の断片が、蘇ってきた。
豪華客船のコールドスリープ室、上司に言われた「テスト」という言葉、そして…不本意ながらも、その任務を引き受けた、情けないほど受け身な自分のことを。




