196.慈悲と規律
翌日から、アイリスは佐々木たちに付き従うことになった。
朝、佐々木たちの泊まるホテルの部屋では、皆で朝食を取っていた。
食事中、壁の大型モニターに映し出されたニュースに一同の目が向いていた。
ニュースでは、バルガスの残党が警察のガサ入れによって次々と捕まるシーンが放送されていた。
アイリスはその映像に釘付けになったかと思うと、唐突に立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
「アイリスさん、どちらへ?」
リベラが声をかけると、アイリスは伏せ目がちに一言だけ返した。
「⋯トイレ」
アイリスは個室に入ると、震える手で端末を取り出し、どこかへ連絡を取ろうとした。
だが、何度操作しても電波が繋がらない。
外で電話しようと個室の扉を開けると、そこにはリベラが静かに立っていた。
「今、バルガスの残党と連絡を取るのは得策ではありません」
リベラの言葉にアイリスが息をのんだ。
⋯
「あなたに対戦で勝てないAIは頼りにならないかもしれませんが、何があったのか教えてもらえませんか?」
アイリスはしばらく黙り込んでいたが、やがて目に涙を貯めて話しだした。
バルガスの残党に弟を人質に取られており、言うことを聞いていたこと。
そして、それが先ほどのニュースで捕まった男であり、弟の身の安全が心配でたまらないと。
リベラは無機質な端末を操作し、1枚の写真を写した。
「あなたの弟はこの子ですか?」
アイリスが驚いて頷くと、リベラは淡々と説明を続けた。
「この子は保護された子供の一人です。今から会いに行きますか?」
アイリスは何度も強く頷いた。
リベラは一転して真剣な表情になる。
「佐々木様を裏切るのは今回だけです。これからは一人で悩まないで何でも私に相談してくださいね」
そう言うと、リベラはアイリスの持つ端末をその手から取り上げた。
⋯
リベラは、昨日アイリスのロボットを掌握した時点で、彼女の持つ全ての端末に侵入した。
アイリスはなぜか2台の端末を所有しており、片方は肌身離さず持っていた。
リベラがその不自然な端末についてドレッドノートに相談すると、彼は何かを察したようだった。
その端末が使われたのは昨日の深夜。
内容は「佐々木という男の仲間になった」という報告。
リベラは即座に逆探知を行い、相手がバルガスの残党であることを特定、その所在を含めてドレッドノートに共有した。
「悪いようにはしない。アイリスの対応はそちらに任せていいか?」
ドレッドノートはそう答え、馴染みの警察職員を通じてバルガスの残党の潜伏先に踏み込ませたのが今朝のニュースとなった。
バルガスの残党は違法な人身売買を行っていた。
アイリスの弟も不衛生な環境で臓器を抜き取られ、危険な状態だったが、なんとか一命を取り留めていた。
「今日の予定が決まりました」
リベラは佐々木にそう伝え、アイリスとサラを伴って警察病院へと向かった。
そこにはアイリスの弟だけでなく、過酷な環境から救い出された子供たちが数人収容されていた。
サラはすぐさま保護された子供たち全員の診察を申し出た。
義体の移植は安価とはいえ、金がかかる。
サラは子供たちの惨状に唇を噛み締めながら、まずは一命を取り留めるための応急的な義体化手術の段取りを迅速に組んでいった。
その様子を黙って見ていた佐々木は、突きつけられた見積額を、表情一つ変えずすぐに支払った。
アイリスは保護された少年の姉であることを証明し、病室で弟と対面した。
「⋯ダメなお姉ちゃんでごめんね」
アイリスは泣きながら、弟の小さな手を握りしめた。
数日後、体調が安定したアイリスの弟は、ようやく姉と会話ができるまでになった。
⋯
「⋯ありがとうございます」
アイリスが深々と頭を下げて礼を言うと、リベラは表情を変えずに返した。
「お礼の代わりに、これからは佐々木様に尽くすようにしてください」
最後に、リベラはアイリスから没収した端末を目の前に差し出した。
リベラが右手に力を込めると、端末は無残に握りつぶされた。
「あなたに対戦で勝てないAIですが、これくらいのことは出来ます」
内蔵バッテリーが発火し、小さな炎がリベラの右手の皮膚組織を焼き焦がした。
剥がれ落ちた人工皮膚の下から、冷たい金属の義体が露わになる。
「次はありませんから」
リベラは一言だけそう付け加えた。




