月の聖別
大杉勇希こと結城大輔がアメリカから帰って来た後のステラの動きは、周知の通りである。
ステラは真裕とのコラボライブを企画し、真裕は希海に頼み込んでライブにゲストとして参加させた。 真裕が希海にライブへのゲスト出演を頼んだのは、ステラの働きかけがあったからである。
堀翔女子高二年生となった真裕はA組への道が閉ざされて落ち込んでいた。 その影響で“IG”の更新も止まり、アカウントには徐々に小石が積まれていった。 C組からA組への編入が確実と言われていた真裕――ところが『不正な手段でファンを獲得しようとした』と学校から指摘され、A組はおろかB組にもなれなかったのである。 ステラが真裕を“魔改造”し、彼女を淫靡な小悪魔へ変貌させた事が原因であった。
悲嘆に暮れる真裕を哀れに思ったステラは責任を感じ、彼女のアカウントに積み上がっていた小石を取り除いて上げた。 そして、真裕の為にコラボライブを実施し、絶大な人気を誇る希海を連れてくる事で真裕の人気を復活させようと考えたのであった。
真裕とのコラボライブは成功した。 真裕が『篠木希海の友人である』事が証明され、希海の再登場を期待したファン達はこぞって真裕をフォローした。 希海はSNSを一切やらなかったので、ファン達は真裕と繋がる事で希海に少しでも近づこうとしたのである。
こうして、真裕は再びフォロワーを増やした。 そして希海に対する心の蟠りも解消し、彼女らしい素朴な笑顔を取り戻しつつあった。
ステラはそんな真裕の様子を見て、満足すると同時に寂しさも感じていた。
(マヒロ……もう、貴方と会うことは無いでしょう)
……ステラにとってそれが真裕にしてあげられる最後の“優しさ”であった。
真裕には自分の“醜い姿”は見せたくない。 ましてや、“鬼”となって彼女に危害を加える事など何としてでも避けなければならなかった。
それに、真裕が傍にいる事で魔術書が自分の手から離れてしまうかも知れない。
『孤独と絶望に身を置かなければ、魔術書は所有者の手から離れてしまう』
ステラはまだ魔術書を手放す訳にはいかなかった。 妹のように可愛がっていた真裕から離れてしまったとしても……。
たとえ鬼となり醜悪な身体に変貌し、人を喰らう怪物になっても……。
“最後の復讐”を遂げるまでは――。
――
診療所から自宅へ戻った夜、ステラは中々寝付くことが出来なかった。
診療所で起きた忌まわしい出来事は呪術によって隠蔽した。
『何者かが診療所に押し入り、患者や医師、看護師を殺害した』
テレビではそう報道され、誰もステラについて言及する者などいなかった。
ステラの全身は不気味な痣が点々と浮き出ていた。 顔には吹き出物が現われ、潰すと酷い激臭が鼻をついた。
シャワーを浴びると夥しいほどの抜け毛に戦慄した。 ステラを恐れさせたのは抜け毛だけではなかった。 抜けた髪の毛はまるでミミズのようにウゾウゾと動いており、掴むと恐ろしい叫び声を上げた。
目を疑いたくなる惨状に、シャワーを浴びても少しも気が休まらなかった。 陰鬱な表情を浮かべて浴室から出るステラ。 ガウンを羽織って冷蔵庫へ向うと大量の生肉を皿に盛り、テーブルに置いた。
血の滴る生肉を頬張り、ワインで胃へ流し込むステラはもうあの美しかったステラではなかった。
彼女の身体は憎悪に塗れ、急速に“鬼”へ変貌していたのである。
その後、ステラは数時間にも及ぶ化粧と呪術によって、腐りかけた外見の隠蔽を行なった。 そして、夜が明けてきた頃にようやく心が落ち着いたのか、疲れ果てた様子でベッドに横たわった。
「……はぁ。 もし、私に妹がいたら……真裕のような子が良かったな」
目を瞑ると、真裕の笑顔が脳裏に浮かんで来た。
しかし、彼女はすぐに首を振り、自虐的な笑いを漏らした。
「フフン……。 私の素顔を知ったら、あの子もきっと……私から離れて……」
(……そう、私があの子の傍から離れて行って正解だった。
どの道、あの子の方から離れて行くに違いないから……)
『……貴方は……何処へ向うのですか……?』
微睡みの中、診療所で魔術書が問いかけた言葉が頭の中から響いて来た。
仰向けに寝ていたステラは身体を横向きにし、枕元に置いてあった魔術書を見つめた。
魔術書の表紙はあの時の聖母の顔ではなく、元の悪魔のような醜悪な顔に戻っていた。
「私は……生まれ変わることが出来ないと知った」
「過去は何処までも私の後ろからついて来る」
「それが私には何よりも怖い。 そして、何よりも憎らしい……」
「いくら、綺麗になっても、有名になっても、お金持ちになっても……私が“呪われた子”である事には変わりない」
「なら……私は……“鬼”になってでも……」
ステラは魔術書に向って呟いていると、やがて深い眠りについた。
――
希海と初めて会った時から、ステラは毎晩夢の中で不気味な声を聞いた。
『――篠木希海に近づくな――!』
その声は“ノイズ”が入り交じる不気味な叫びであった。
近くに聞えたと思った瞬間、遙か遠くから聞えてくる異常な声。 だが、何処かで聞いた事のある懐かしい声……。 ステラはその声を聞くと、いつも月明りに照らされた幼い頃の醜い自分の姿を思い出した。
『……孤独……絶望……』
幼い頃の自分を思い出す度に、ステラの心に二つの悲愴な感情が渦巻いた。
その二つの感情は心臓を侵食してドス黒い血管へと姿を変える。 そして、体中を蜘蛛の巣のように駆け巡り、やがて全身から赤黒い血のような炎を放った。
真裕から遠ざかった理由が『真裕の為』であった事は間違いない。 だが、それとは別に真裕が『希海の友人』であった事も一つの理由であった。
希海はステラにとって“脅威”であった。
『どうせ、ただ可愛いだけの小娘に違いない』
始めはそうタカを括っていた。 だから、希海を利用して真裕を救ってあげようと考えた。
ところがライブが近づいて来るにつれ、妙な胸騒ぎがした。
『――篠木希海には会うな――』
頭の片隅で誰かがそう言っているような気がした。 しかし、ステラはそんな“空耳”の言う事など聞かなかった。
希海をライバル視している真裕を再び人気インフルエンサーにさせる為、その希海を利用する事ことこそ、真裕にとって希海に対する復讐になるはずだと期待したのである。
ところが、ステラは後悔した。 初めて希海と会った時、ステラは恐ろしさのあまり腰を抜かした。 希海はまるで自分をちっぽけな存在へとさせてしまう圧倒的な”太陽”であったのだ。
ステラは希海の存在そのものに恐怖し、悔い改めた。 『頭の中の声』に従って希海と距離を置いた。
……その声はステラを希海から遠ざけようとするだけでなく、ステラに不安を煽った。
『もっと、人を憎みなさい。 もっと、人を恨みなさい。
そうしなければ、魔術書は貴方に力を貸しませんよ』
ステラは目が覚める度に不安に苛まれ、魔術書を抱きしめた。 枕元に魔術書を置いて眠るようになったのも、魔術書が自分の手から離れてしまう事が怖かったからである。
(このままでは……魔術書は……)
そうは言っても、ステラはもうSNSで憎悪を煽る事が出来なくなっていた。 フォロワーは一千万人を突破する目前である。 いくら真裕のフォローを外したとしても、真裕とコラボをした事実は消す事が出来ない……いや、それだけは消したくない……。 (その時点でステラは自分が孤独と絶望に身を置いていない事に気付いていなかった)
「真裕との思い出……これだけは……。
……でも……私はユウ君に……」
「……思い出して欲しいから……」
もう、ステラに悩んでいる時間は無かった。 自分の身体は刻一刻と“鬼”へと変化して行く。 いつ再び発作が起こり、診療所で起こったあの忌まわしい虐殺を引き起こすか分からない。
「……どうせ、私は死んでいく身……。 一千万人フォロワーがいようが、そんな事はどうでも良い。 でも、真裕だけは……」
魔術書の呪術“アラフェール・ライラ”を再び自分自身に使えば『ステラ』というインフルエンサーは完全に“道端の小石”となる。 世界中の人々からその存在は忘れられ、再び彼女が憎悪を煽る行動をしてもそれがステラであると気付かれることは無いだろう。
しかし、真裕の記憶はどうなる? 一度目の呪術では、真裕はステラの本名を忘れてしまっただけで、まだステラの事をはっきりと覚えていた。 真裕にとってステラは小石ではなく“星”のままであったのだ。
では、二度目はどうだろうか?
今度こそ、ステラは真裕にとって”道端の小石”となり、忘れ去られてしまうだろう。 ならば、真裕を除外して呪術を使用すれば良い。 真裕には”輝く星”が見えるように……。
……しかし、ステラはそうしなかった。
「忘れないで……」
幼い頃から願っていた。 “アラフェール・ライラ”は記憶そのものを消去する呪術ではない。 ステラもその事を理解していた。
「だからこそ、私はユウ君の記憶を……」
……ステラはついに決意した。 ステラを慕う真裕の記憶を深い水底に封印する事を……。
――翌日の深夜――
ステラは“IG”の投稿を久々に行い、インフルエンサーとしての引退を宣言した。
「ミンナァ! 久しぶりぃ♪ ステラは今日でインフルエンサーを引退するよ☆
今まで応援してくれてアリガトー♡
ステラが引退しても、ミンナはずっとキラキラなまま☆ ステラはいつもミンナの事応援しているよ、だから諦めないでキラキラ頑張ってね♪
そ・れ・と――。
散々ステラの事を文句言っていたヤツ等も今日でお別れだね♪ ステラ、寂しいよぅ……。
だから、アンタ達にも特別にお別れの言葉、あげちゃう♡
Qokedy orol daiin chedy.
Olkedy chaiin shedy or daiin chol.
Qotar olaiin chol shadaiin,
Dored chedy olshed.
Chol shadaiin or daiin,
Qokedy chaiin shedy okor —
Dored qotar olaiin chedy
Olshed daiin qoral kedar.
死になさい。
永遠の光りに抱かれ」
その日、月はまるで太陽のように輝いた。
漆黒の夜空はまるで一瞬で朝になったかのように大地を照らし、世界中の人々を驚愕させた。




