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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
名を捨てた星
222/243

呪われた子


 その光景は青白い(もや)に包まれていた。

 フローリングの小綺麗な部屋。 産まれて来る赤ん坊の為に用意された小さなベッド。 誰が買って来たのか赤ん坊をあやすオモチャが棚に並べられている。

 机にはピンク色のフォトフレームが置かれている。 若い夫婦と色黒の男性が映る写真。 初老の男性は夫婦よりも一歩後ろに下がり、控えめな笑みを浮かべている。 三人の様子は幸せを絵に描いたようだ。


 ……そんな幸福に満たされていたはずの部屋はどんよりと青白く(よど)んでいた。


 ドアの前でお腹の大きな一人の女性が(ひざまず)いている姿がある。 開かれたドアに向って必死に土下座をし、何かを叫んでいる様子であった。


 「――●●――! ゴメンなさい! 私達が悪かったわ!


 貴方は“呪われた子”なんかじゃない!


 この通り、もう過去の事はお互い水に流しましょう!


 だから、お願い! こ……殺さないで!!」

 

 新たな命を宿した妊婦は切羽詰まった様子で床に額を(こす)りつけている。 そして、泣きじゃくった顔を上げてドアの前に(たたず)む影を見ると、再び床に顔を伏せて必死に命乞いを続けた。


 「……うぅ、お願い●●。 貴方が望む事は何でも協力します!

 う……嘘じゃないわ! この通り……この通りだから……」


 ドアの前に立つ影は右手に恐るべき”牛刀”を握りしめていた。

 怨念渦巻く包丁の柄を握る女の手は峻烈(しゅんれつ)な憎悪のせいか、握りしめた手から血が滴り墜ちていた。

 

 切っ先鋭い刃を発止と(きら)めかせ、包丁をゆっくり振り上げる女……。


 「――ギャァァァ――!!」


 妊婦の背中に恐るべき刃が突き刺さる。 耳を(つんざ)く絶叫が部屋中に響き渡った。

 青白い景色が(またた)く間に鮮血に染まる。 恨みの刃で(えぐ)られた背中から泉のように真っ赤な血が噴き出して来た。


 「ガハァッ――! ゴボッ! ゼッ……ゼッ……!」


 背中に深く突き刺さった刃の一撃は致命傷であった。 (おびただ)しい血が床に広がり、血溜まりに(うずくま)る妊婦の姿を見れば、もはや彼女の命が風前の灯火である事など誰の目から見ても明らかであった。

 しかし、妊婦は苦痛に(もだ)えながら凶刃(きょうじん)に耐えていた。 必死にお腹の子供を守ろうと、背中を見せて丸まっていた。


 「ゲホッ――! ……ハァ、ハァ……私を……殺すのなら……殺すがいい……」


 「それで……それで……貴方の気が晴れるなら……」


 「……でも……」

 

 「こ、子供だけ……は……子供だけは助けて……あぁッ、ガァッ!!」


 苦しそうな呼吸をする度に背中から鮮血が(ほとばし)る。

 掠れた声で新しい命を繋ごうとする母の願いが空しく響く。


 「ゼェ……お……ゼェ……おぉ……お願……い……」


 「あ……赤ちゃん……私の……」


 「……助け……」


 ……憎悪の化身となった漆黒の影に悲痛な願いは届かなかった。


 渾身(こんしん)の力を籠めた恨みの刃が妊婦の背中に幾度となく突き刺さる。


 何度も……何度も……。


 やがて、妊婦がピクリとも動かなくなるまで執拗(しつよう)に……。


 「…………」


 ……こうして“彼女”は断ち切った。


 子を想う母の願いを――死の淵で誕生を願う命の叫びを――その呪われた手で断ち切ったのであった。



 ――



 (……名前なんてとうに捨ててしまった……)


 (でも……どうせすぐに思い出す。 あの()まわしい過去と共に……)


 (……?)


 (……あれ?)


 (おかしいな……?)



 「――私の名前、何だったっけ――?」



 ステラはベッドの上で目を覚ました。 ベッドから起き上がると希海が抱いていた女の子が『ジッ』とステラを見つめていた事に気が付いた。

 肩まで掛った(つや)のある栗色の髪をした女の子。 髪の先端には小さなリボンを付けている。 水色の長袖シャツに黄色いスカートを履いている姿が幼児らしくて可愛らしい。 まん丸眼まなこの汚れ無き澄んだ瞳は髪の色と同じ栗色であった。


 「ママ、おネエちゃんがおっきしたよ!」


 女の子はステラが起き上がった事を確認すると、両手をパタパタ広げながら一階にいる母親を呼んだ――。


 ステラは大挙して押し寄せた群衆に揉みくちゃにされて気を失ったあと、喫茶店のママ『ユリ』によって二階へ運ばれた。

 ステラがベッドの上で休んでいる間、真裕(まひろ)が配信したライブ中継は()()終了した。 群衆はおろか、希海(のぞみ)も真裕ももう喫茶店にはいなかった。


 ステラが女の子の先導で一階に降りると、あれだけ(やかま)しかった店内が嘘のように静まり返っていた。

 カウンターにはユリが皿を拭いている姿があった。


 「あっ……休ませて戴いて……有難うございました」


 ユリの厚意に礼を言うステラ。 ユリはカウンターに座ったステラに対し『お礼する前にあのドアを何とかしてちょうだい』とドアの方へ目を向けながら、ホットコーヒーをステラの前に差し出した。


 ドアは店内に押し寄せた集団によって無残にも破壊されていた。 ひっくり返っていたイスやテーブルはどうやらユリが直したようだ。


 「すぐ、弁償します」


 ステラの話し方はライブ中とは打って変わって丁寧であった。


 「そう、ありがとう、助かるわ」


 ユリはそう言うとようやく笑みをこぼし、ステラを安心させた――。


 「インフルエンサーっていつもこんな大変な事やっているの? 貴方、そんな若いのによく頑張っているわね」


 さすがに四六時中あんなハプニングなど起こらない。 ステラは「そんな事ないですよ」と謙遜して下を向いた。

 ……テーブルに置かれているコーヒーが目に飛び込む。 コーヒーから立ち上る良い香りがステラの心を落ち着かせた。


 ところが、コーヒーを呑んでカップを置いた次の瞬間、ステラは信じられない光景に思わず立ち上がり、再び動揺した。

 なんと先ほどまでカウンターの中にいたユリが、ほんの一瞬目を離した隙にカウンターの外へ出ていたのだ。 そして、ステラの背後のイスに座っていたはずの女の子を抱きかかえていたのである。


 「なっ……!? あ、貴方は……一体……?」


 ステラは直感した。


 (もしかしたら、この女……。 私の“ヒミツ”を……?)


 ユリはステラがそう思いたくなるような異常な雰囲気を持っていた。

 ユリを警戒したステラは外へ逃げようと、破壊されたドアの方へ身を向けた。


 「クスッ……。 そんなに驚くことじゃないわ」


 ところが、ユリは顔を強張らせるステラに向って悪戯っぽく笑うと、両手を下げながらステラに座るよう促した。


 「慌てる必要は無いわ。 とはいえ、今日はもう遅いからそのコーヒーを飲んだらお家へ帰りなさい。 ご両親が心配するわ」


 ユリはそう言うと、子供を抱きながら店の外を見た。


 外はいつの間にか夜になっていた。 騒然とした昼の状況が幻かと思えるくらい静まり返っていた。

 壊れたドアから微かに『ヒュー、ヒュー』と風の音が聞えている。 カウンターに置かれたコーヒーメーカーは『ポコ、ポコ』と心地良い音を立てている。 耳を澄ませばユリに抱かれた子供の寝息が聞えて来た。


 「……心配って……?」


 ステラはそう問い返し、ユリの顔を(にら)み付けた。 先ほどとはまるで雰囲気が変わったステラ。 彼女の瞳は鋭く光り、ユリの返事次第では襲いかかってくるのではないかと思う程に憤怒(ふんぬ)の波動をその身に宿していた。

 一方、ユリは無防備のように見えた。 大きな目を尖らせて異常な殺意を放つステラを前に、ユリに抱かれた女の子は『スヤ、スヤ』と安らかな寝息を立てていた。

 母娘ともどもステラの怒りなど『どこ吹く風』と言わんばかりに何の動揺も見せていなかった。


 ステラはそんな二人の様子に気味悪さを感じながらも怒りを抑える事が出来ず、言わなくても良い心の叫びを口にした。



 「――“呪われた子”を心配する親などいるもんか――!!」



 ステラは『ハッ』と我に返った。 思わず口に出た失言に慌てて口を(つぐ)み、下を向いて再びイスに座った。


 ステラが黙ると喫茶店は再び静寂に包まれた。


 「……そうね、そんな親いないわ」


 すると、意外な答えがユリの口から(つむ)がれ、ステラは再び顔を上げた。


 喫茶店の外から家族の笑い声が聞えて来る。 店は住宅街の中にある。 恐らく、外食でもした家族が仲良く家に帰る途中なのだろう。

 子供達がはしゃぐ声と、父と母と思われる大人の声が笑いながら子供達に注意を促す――そんな幸せそうな家族の声が外から漏れ聞えて来る中、ユリの口から続けて出た言葉がステラの心を揺さぶった。



 「だって、“呪われた子”なんてこの世には存在しないのだから」



 ユリはそう言うと、腕の中で眠る愛おしい我が子の(ほお)にキスをした。



 ――



 「(ほむら)、ステラは“ラヴィニアの書”を持って来ませんでしたね」


 ステラが小百合の喫茶店で休んでいる間、民家の屋根の上で焔とイーリスが喫茶店の様子を(うかが)っていた。

 

 「そうだな……。 これで分かった事は二つある。

 ステラが希海に会おうとした目的は、単純にフォロワー数を増やし“スタチ”を稼ぐ為だった」


 それはまさに焔が思った通りの理由であった。 さらに、もう一つ予想通りの事実が判明した。


 「やはり、ステラは誰かに対して強烈な憎悪を抱いていた。 いくら隠そうとしても、小百合(さゆり)さんの目は誤魔化せなかったようだ。

 隠し通せない憎悪の炎が身体中から溢れ出し、彼女の身を包んでいる」


 しかし、ステラの姿を観察しても、未だに『誰に対して憎悪を抱いているのか』が判然としなかった。

 

 「ステラが使用した呪術は“アラフェール・ライラ”で間違いない。 自分の存在を周囲に気付かせないよう”障壁(しょうへき)”で包む呪術。 目の前にいるのにまるで別の者であるかのように思わせたり、目の前にいるにも関わらず存在しないと誤認させたりという人を(あざむ)く紫の霧だ。

 名前だけを隠す事も、感情だけを隠す事も、存在だけを隠すことも自在に出来る。

 ……とはいえ、それは“古代”の話。 

 今の“ラヴィニアの書”の魔力では恐らくそこまでの効果は無い。 それは小百合さんがステラの感情を見抜いた事が証明している」


 ステラの使用した“アラフェール・ライラ”は効果が弱く、小百合でもステラが隠そうとした感情を見抜くことが出来た。

 したがって、ステラの関係者をしらみつぶしに調査すれば、必ずステラが誰に憎悪を抱いて居るのかが分かるはずだと焔は考えたのである。

 

 「それに、もう俺はステラが恨んでいる者の目星を付けている」


 焔はすでにステラが憎悪を抱いて居る者が誰なのかを予想していた。


 「……予想が外れて欲しいと願っているが、残念ながら間違い無いだろう……」


 焔はそう呟くと目を瞑り、伊奈と交信を始めた。


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