03.部屋割り
邸には間もなく到着した。只今、玄関ホール。
彩子は正面の大きな硝子の向こうに見える中庭、それから左右に延びる廊下へと視線を動かした。
神官の住居というだけあって外観も内装もシンプルではあるのだが――
「広いですね……ここ」
「とっても同意」
同じ感想を抱いていたらしい美生に、彩子はそう返した。
『彩生世界』は、神の名がそのまま世界の名になっているように創造神ルシスの一神教。祭事を取り仕切る神官の地位はかなり高く、王都ルシルサから王が自ら訪ねてくることもあるほど。下手な貴族より立派な邸に住んでいるのも当然か。
この邸は全体的に白を基調とした石造りで、俯瞰図で見ると東西に延びる廊下が中庭を囲むようにコの字型になっている。そしてその中庭は大半が薬草を含む植物園で占められており、その間を縫うように歩道があったと記憶している。
ゲームで見ていた光景そのままではあるが、拠点の邸はこんなに広かったのか。ゲームプレイ時は見取り図選択式の場所移動だったため気に留めたこともなかったのだが、これは移動の順番をよく考えないといけない。自分は美生ではないからイベントの回収等は関係無いが、普通に無駄に歩きたくない。
「ああ、来たか」
辺りを見回していたところ、ホールの向かって右端にいたらしいカサハがこちらへと歩いてきた。今まで彼と話していたらしい少年がこちらを見て会釈し、それから東側の廊下へ足早に去って行く。
(あ、ロイくんだ)
彩子は見覚えのある赤毛の少年の背を目で追った。ここからは見えないが、彼はやや吊り目のヘーゼルの瞳をしているキャラだ。
「イスミナの街の境界線は、ここからも消失が確認出来た。今、部下に周辺の調査について指示を出したところだ」
目の前まで来たカサハの簡潔な説明を聞きつつ、彩子は美生の横顔を盗み見た。
ロイは『彩生世界』の攻略対象の一人で、唯一非戦闘メンバーであり年下担当なわけなのだが――
「カサハさんの部下、ですか?」
(はい、フラグ消えたっと)
ロイの個別ルートはここで美生が「部下って、さっきの方がですか?」と言うのが、最初のフラグになっている。どうやら今回はロイのルートではないようだ。
(私、あの子より背が高いんだよねぇ……一センチだけどさ)
「俺はこの邸の自衛団の団長を務めている。彼も自衛団の者で、ロイと言う」
「正規の神殿騎士はセネリア襲撃の時に全滅したらしいからね。自衛団はイスミナの街から避難した住人で構成されているよ。カサハは別の街で貴族の護衛をしてたから、団長に抜擢されたみたいだね」
ルーセンが自衛団について補足を入れる。
「ところでカサハが持ってるそれ、アヤコの靴?」
「ああ、そうだった。ロイに調達してもらった」
ルーセンの問いに、カサハは手にしていた靴を彩子に差し出してきた。
「ありがとう」
カサハから革のショートブーツ、それから少し湿らせてある布を受け取る。布で足裏を拭き、彩子は早速靴を履いてみた。
誂えたようにぴったりなそれに、カサハが驚いた顔で隣に立つナツメを見る。
「メモに書かれていた数値がやたら詳細だとは思っていたが……。ナツメ、何故、アヤコの靴のサイズを知っている?」
「知っていたわけではありませんよ。普通に見て測っただけです」
「それは「普通」に当たるのか? 少なくとも俺は自分の足ですらわからないが」
「さすがね。履き心地もとてもいいわ、ありがとう。ナツメ」
カサハの突っ込みには同意だが、ナツメの目測の正確さはゲーム本編で予習済み。だから先の戦闘でもナツメにフロアの広さを尋ねたのだ。彩子には口にした通り、驚くよりも「さすがだ」という感想が勝った。
「ホールとの境にある階段から地下に行けます」
西館の廊下。邸の案内をするナツメに、彩子と美生がついて行く。
カサハとルーセンはそれぞれどこかへ行ってしまい、この場にいるのは三人だけだ。
「浴場や洗面などの水回り全般はそちらにあります。浴場は男性と女性の時間交代制で、時間については入口に五日分の予定が書いてありますので、そちらを見て下さい」
「わかりました」
ナツメの説明に美生が返事する。
(あ、そうか。美生は魔法に目覚めたときに文字も読めるようになってたっけ。私は読めないんだよね……)
周辺の文字らしきものに目を向けてみるが、やはり突然読めるようになったりはしないようだ。思わぬ『聖女じゃないほう』の弊害に、彩子は頭を掻いた。
「美生、貴女がお風呂に行くときに私も一緒に行っていいかしら?」
「はい、勿論です。一緒に行きましょう、彩子さん」
美生が笑顔で快くお願いを聞いてくれる。見知らぬ場所に見知らぬ人々、そんな環境での同性の存在は少なからず安心感を生むのだろう。彩子は彼女に「ありがとう」と笑顔を返した。
幸いカサハたちとも美生とも会話は出来る。永住するわけでもないから、何とかなるだろう。
「ルシス再生計画を実行するにあたり、俺たちは会議室や倉庫のある西側に部屋を移しました。東側は俺たち以外の住人が居住兼商店として使っています。イスミナの街は闇に呑まれてしまっていましたが、不幸中の幸い別の街への転送ポータルは無事で、今のところ生活に支障は有りません」
「転送ポータル……ですか?」
「ミウさんの世界には有りませんでしたか?」
「はい」
「転送ポータルは交通手段の一つで、遠方へ瞬時に移動出来る装置です」
「瞬時にですか! 便利ですね」
「ええ、大変便利な装置です。が、その装置の製造は今はもう失われてしまった技術でして。新たに設置することはおろか壊れてしまえば修理も不可能。そんな最悪の事態になる前にイスミナの街が元に戻り、ミウさんには本当に感謝しています」
「そんな……お役に立てて良かったです」
廊下を行きながら、ナツメが「会議室」と「倉庫」の扉をそれぞれ指差す。
「倉庫の隣は医務室です。通常の怪我や病気は医者が診ますが、魔獣に怪我を負わされた場合は俺に診せて下さい。怪我以外の影響があるといけないので」
「魔獣ってさっきの黒い何かですよね……。魔獣って何なんでしょうか」
「魔獣が何か、ですか。難しい質問ですね。実のところ彼らについては殆どわかっていません。わかっているのは、魔獣は人の『記憶』を喰らうということです」
「記憶を喰らう、ですか?」
「魔獣に襲われた者は、軽症なら数日分程度、重症では自分が生きている存在だという記憶まで奪われ、廃人になった例もあります」
「廃人……」
「もっとも廃人まで行くのは稀な例です。魔獣は殆どの場合、一人を集中的に襲うということはありません。理由は不明ですが、魔獣の被害は大人数が軽症のみという状況になることが通常です」
(こんなふうに美生は説明を受けてたのね)
深刻な表情で「そうですか……」とナツメに返す美生を、彩子はそんなことを思いながら見ていた。
ゲームではこの辺りの遣り取りは、美生が自分に宛がわれた部屋に戻った後に今日の出来事を思い返すという形で表現されていた。だから彼女がどんな状況でその話を聞いたのかを知ったのは、初めてだ。
(いきなり廃人なんてワードが飛び出すとか、実際聞くとインパクトあるわね)
「とは言え、運悪く一人でいる時に遭ってしまったなら、どうなるかわかりません。それに反撃に出れば普通に殺しに掛かって来ます。ですから出来る限り一人で行動することは避けて下さい――アヤコさんも」
「へ? あ、ああ、そうね。気を付けるわ」
呑気に二人の会話を聞いていたところをいきなりナツメに名を呼ばれ、彩子は慌てて愛想笑いで返した。
途端、ナツメに疑いの目で見られる。
そして美生には心配の眼差しを向けられる。
「あ、うん。気を付けるから、本当に」
さすがに今度は割と真面目に答えた。
「そうして下さい。――では、案内を続けます」
角を曲がるとコの字型廊下の突き当たりが見える。
「向かって右手が資料室になります。その向かいが手前から順にカサハさん、俺、一番奥がルーセンさんの部屋です。ミウさんとアヤコさんはその向かいの部屋を申し訳ありませんが、共同で使っていただけますか?」
「わかりました」
「あー……それは駄目、かも」
彩子から拒否の返事がくると思わなかったのか、先に答えた美生とナツメの両方から「え?」という声が上がる。
一人部屋でないと寝られないとか、勿論美生と同室が嫌だというわけでもない。彩子が拒否したのは、もっと切実な事情だった。
(私が居たら、きっと美生の恋愛イベントが起きないよね……)
他の誰かが居る場所で、あんなことやそんなことは始まらないだろう。始まっても困る。
「えっと……私が知る『彩生世界』となるべく同じ条件でいて欲しいのよ。そうしないと私が知る未来と違ってしまうかもしれないから」
「先程神殿で言っていた手順が大切という話の関係ですか?」
「そう、それ。だから私にそこの資料室の一画を使わせてくれない? 資料室は二部屋分の間取りだし、隅の方にちょこっと寝床を作るスペースくらい無い?」
「それは可能ですが……ベッドは入らないので長椅子で寝ることになりますよ?」
「上等、上等。長椅子で寝るのは慣れてるから、それでいいわ」
「わかりました……事情が事情なので仕方ありません。夜までに毛布や水差し等を用意しておいてもらいます」
「ありがとう」
「今から昼食にしますが、ミウさんは一度部屋の方を見たいですか?」
「いえ、部屋へ戻る時で大丈夫です」
「わかりました。ではお二人とも、食堂へ向かいましょう。用意が出来ているはずです」
言ってナツメが元来た廊下を引き返す。
彩子と美生は、その彼の背中に続いた。




