02.境界線と彩生
彩子は美生に手を差し伸べ、座ったままだった彼女を立たせた。
「美生、ありがとう。皆も、私を信じてくれてありがとう」
いくら予言者として喚んだからといって、カラクリを知らないで従うのは不安だったに違いない。彩子は四人に心からの感謝を述べた。
「やー、鮮やかなお手並みだったね。面白いほどアヤコの言う通りの位置に魔獣が来るとか。僕は一瞬、実は君が飼い主なんじゃないかと疑ったよ」
「私が飼い主なら、ルーセンを各個撃破しに行ってるわ」
「アヤコが飼い主じゃなくて本当に良かったと思う!」
「ちなみに倒せる自信があるわ」
「止めて!」
身震いするルーセンに、つい意地の悪い冗談を言ってしまう。
なまじルーセンが乗ってくれるキャラだと知っているのがまずい。実際は初対面なのだ、自分と彼は。気を付けよう……なるべくは。
「新手はいないようだ。俺は一足先に戻って、邸の方に魔獣が出ていないかを確認する」
警戒を解いたカサハが、剣を鞘に収める。
「ミウとアヤコの日用品も至急用意させよう。案内はナツメに任せる」
「わかりました。ああ、カサハさん。日用品に加えてこれの調達をお願いします」
「わかった。ではまた後で」
ナツメからメモを受け取ったカサハは、言うなり神殿の外へと駆けて行った。
「では俺たちも行きましょう」
ナツメが彩子たちに声を掛け、歩き出す。その彼の直ぐ後ろを美生、彩子の順で行く。
その三メートルほど後ろをルーセンが、念のため魔獣を警戒してか、時々後ろを振り返りながら続いた。
「俺たちが使っている邸は神官のための住居で、神殿のすぐ東に併設されています。もっともその神官たちは、セネリアの二度目の襲撃の際に皆魔獣に殺されたので、元々はそうだったと言った方が正しいですが」
「……魔獣はセネリアによって生み出されているんですか?」
ナツメの説明に美生が一瞬息を呑み、それから彼に尋ねる。
(あ、そうか。この時点でもう魔女セネリアのことを美生は聞いていたんだっけ)
二人のやり取りを一歩下がった位置から見ていた彩子は、ごく自然にセネリアの名前が出たことに、『彩生世界』の流れを思い返してみた。
オープニングは、美生が学校からの帰り道を歩いているところから始まる。そこで美生は聖女として異世界ルシスにナツメの魔法によって召喚され、カサハたちと出会う。そして彼らに魔女セネリアに破壊された世界を元に戻すための協力を乞われる。当然戸惑う美生だったが、その時頭の中に助けを求める女性の声が聞こえ、同時に彼女は魔法を操る能力に目覚める。感覚に従い魔法で風の刃を生み出す美生。女性の声が切実なことと何より声の主が気になった美生は、自らも戦闘に参加する意思表明をする。
本来ならそこで最初の戦闘が始まるはずが、今回はその間にさらに彩子が喚ばれるという展開になったようだ。
「魔獣とセネリアの関係性については、今のところ不明です。ただ、セネリアが世界を闇に変え始めた時期と魔獣が現れ始めた時期は、ほぼ同じ。まったくの無関係とは思えないですね。一度目の神殿襲撃の際に彼女は二日後にイスミナの街を消すと脅迫し、二度目の襲撃の時、実際街は消されました。魔獣を生み出すくらい容易いかもしれません」
「街が……」
「脅迫に対し半信半疑だったものの、神官たちは二日のうちに親族と友人たちを邸に呼び寄せました。俺も親族だったので今こうして生きているわけです」
「それはやっぱり、他の街の人たちはそのまま……ということですよね」
「はい。セネリアはその後、創造神ルシスによってルシスの神体である大鏡に封印されたと言われています。そしてルシスはこの世界を去った。神殿に神もいなければ、神官もいない。邸は完全に単なる避難所ですね」
「去った? 神様が自分の世界からどこかへ行くことってあるんですか?」
美生とナツメの会話を聞きつつ、彩子はその間ずっと辺りを見回しながら歩いていた。
(ここでしっかり距離の感覚を掴んでおかないと)
今回のように室内ばかりならわかりやすいが、『彩生世界』の戦闘フィールドは外のことも少なくない。その場合、初期位置から測らなければ、どこまでがフィールド内にあたるのかおそらく判別がつかない。
前を行く二人に遅れない程度に、彩子はじっくりと観察して歩いた。
「「死んだ」と言うよりは、「去った」の方がまだ救いようがあるという意味で、そう表現することにしたんでしょう」
「えっ、死んだって……神様がですか!?」
「セネリアと対峙したとき、ルシスはかなり衰弱していたと推測されます。今話したようにルシスの神体は大鏡なのですが、記録によると二十年前――丁度セネリアが初めて世界の一部を闇に変えた時期に突如としてひび割れたそうです。その後はセネリアが闇を生み出す度にひび割れ箇所は増え、十七年前にとうとう鏡の一部が砕け散ってしまいました」
「闇に変えた? どういうことですか?」
美生がナツメに尋ね、けれどナツメはその答を口にしないまま、不意に立ち止まった。
それに倣って美生が立ち止まり、彩子も足を止めた。
気付けば神殿から外へと続く下り階段の手前まで来ており、石の床に明るい光が差している。高い太陽の位置から見て、昼頃のようだ。
だが、そこから少し左へと視線をずらしたなら――
「これが……闇……」
空の一点に見つめ、美生が呟く。
セネリアが生み出した『闇』。それがどういうものなのか、ナツメが口にしなくともそれは明らかだった。
(本当に世界が途切れてる……)
不自然に光と闇が分かれた境目。まるで綺麗な写真が破かれたような、その光景は異様だ。
ゲーム画面では何度も見た。けれど、実際に目にしたそれは全然違う。この世界の人たちにとっての紛れもない現実に、彩子は今初めて自分は「知った」のだと、衝撃を受けた。
「これが……」
繰り返し呟く美生の横顔を盗み見る。
「私、頑張らなくちゃ……」
その顔色は青ざめていて、けれど決意が見られる彼女の眼差し。
そうだ、ここでは美生もまた現実。この先、彼女は私の隣で笑ったり、悲しんだり、時に怒ったりする。
物語の先を思い、彩子は、ぎゅっと両の手のひらを握り締めた。
「――うん、ミウにはそれが出来る」
いつの間にか皆に追いついていたルーセンが、静かに、けれど力強く言い切る。
彩子は思わず彼の方を見た。美生とナツメも同様に、ルーセンを振り返る。
「闇に覆われたあの場所には、イスミナという街があったんだ。それをセネリアが丁度この場所から闇――境界線を発生させて今のような状態にした。――ミウ、この辺りに丸い宝石みたいなものが浮いていない? 聖女の君になら見ることが出来るはずなんだ」
「丸い、宝石……」
ルーセンの言葉に、美生が辺りを見回す。そのうち彼女は一点で視線を定め、そこへ向かって手を伸ばした。
瞬間――
「!?」
何かが弾けた音がした。
しかし、美生たちを驚かせたのはその音では無かった。
「空が……」
空が塗り替えられる。
そう、塗り替えられた。
夜よりも暗い闇が広がっていた境界線の空が、大きな刷毛で塗り替えられるように青に変わって行った。
森と街の線画が高速で描かれ、それが徐々に着色され……。時間にして数秒、そこにはまるで初めからそうであったかのように、豊かな森に囲まれた街の風景が広がっていた。
「これが、彩生……」
彩子は無意識の内に呟いていた。
ゲームではルシスの再生シーンに『彩生』の文字が充てられ、それがゲームのタイトルにもなっている。
「また……頭の中に、声が」
美生の声が耳に入り、彩子はハッとして彼女を見た。
「あなたは誰? 「助けて」って……あなたは誰なの……?」
「ミウ?」
頭を抱えて「誰か」に問う美生に、ルーセンが彼女の肩に手で触れて彼女の名を呼ぶ。
「頭の中に女の人の声が……今はもう消えました」
「女の人? うーん……幽霊でもいたかな」
「幽霊!? そ、そう言えばさっき神官の方がたくさん亡くなられたって話……」
美生の顔色がみるみるうちに悪くなる。
「今までここでそういう話は聞いてないけど、玉みたいに僕たちには見えないものがミウには見えるわけだしね。声だけ? 身体に影響は? 頭が痛いとかは?」
「そういうのは特にないですけど……」
「それならまあ今のところは何か聞こえちゃったな、くらいで気にしないでおいたら? 今後影響があれば対策を考えるよ――ナツメが」
「それは考えますが、ルーセンさん、都合のいい時だけ俺に振らないで下さい。召喚の魔法陣のことといい、貴方は知識はあっても人任せにし過ぎるきらいがあります」
「あれは仕方ないって! やってみたけど描けなかったんだって!」
「貴方が大雑把なんですよ」
「違うから! ナツメが変態レベルで細かいだけだから!」
「さて、ミウさんに問題が無ければ邸に戻りましょう」
「スルーされた!」
「ミウさん、もう平気ですか?」
「はい、大丈夫です」
ルーセンとナツメの遣り取りに、不安げな顔をしていた美生がくすりと笑う。そんな彼女にルーセンも毒気が抜かれたのか、ナツメに突っかかるのは止めにしたようだった。




