3話 C12形
「かなで!」
今日もまた、講義後に私の名前が呼ばれた。こうやって堂々と呼ばれたのは巡先輩に次いで二人目だ。
私の名前を呼んだのは『二ツ宮 華乃子』。
私と同い年で、白の長袖ブラウスに黒のネクタイ、サスペンダーで黒いプリーツスカートを固定している。足元には膝上まである黒いロングブーツを履いていた。
彼女の父は『二ツ宮グループ』というホテルグループの社長、そして彼女の祖父は会長である。つまりはとんでもないご令嬢だ。
『令嬢=性格がキツい』と思われがちだけど……。
「今日も私を外へ連れてってちょうだい!」
私はそんなにキツいとは思わない。人によって感じ方は違うけど。
「そんなに遊びに行って大丈夫なの? 付き人とかは……」
「それは、その……撒いてきたの」
「いやいやいや、私が誘拐犯になっちゃうから!」
「そこをどうか、お願い!」
華乃子はきれいにお辞儀をしてきた。茶髪のポニーテールがそれに従うように揺れた。
「……分かったよ。それで行き先は?」
「かなでに任せるわ」
だとしたら、一つ行ってみたい場所があった。
『先輪 - 第一動輪間: ミリメートル』
それが、次に私が埋めないといけない空白。
「庶民の足も悪くないわね」
ルーミーの助手席で華乃子が猫のように伸びていた。シートは一番後ろまで下げていて余裕たっぷりの状態だ。
私たちはキャンバスを出て茅野駅へ向かっていた。
「でも、なんで茅野駅に行くのよ?」
「ちょっと調べたいことがあって……華乃子は適当に歩いてていいよ」
「私も付き合うわ、無理を言っちゃったから」
自覚はあったんだ……。
茅野駅はJR東日本と中央本線の駅である。私はそこでE353系『あずさ』などを撮影したりした。けれど、今回の目的はそれではない。
「私が調べたいのはこれなんだ」
茅野駅の東口に置かれている『C12形蒸気機関車』を指さした。この辺りでC12形といえばこれが思いついた。そのうち塩尻市のC12形も見たい……。
「かっこいい……!」
「華乃子もそう思う? 私もなんだ」
こんなに迫力のある蒸気機関車が時速70キロで走っていた。それを想像するだけで当時の光景が目に浮かぶ。
「それで、調べたいことって?」
「華乃子、これを持ってくれない?」
私はカバンからメジャーを取り出し、華乃子に端を持たせた。
「な、何をするのよこれで」
「先輪から第一動輪の距離を測ろうと思って……」
「変わってるわね……」
華乃子には先輪の地点に立ってもらい、私はメジャーを引っ張りながら第一動輪まで移動した。
結果は2450ミリメートル、メートルに直すと2.45メートル。しっかり図鑑の数値と一致した。
「これで……できた」
巡先輩から預かったノートに2450を書き込んだ。するとジワジワと色褪せが消えていった。
「それってそういうノートなの?」
「ええっと、そういうノートなの」
適当に誤魔化してしまった。後でちゃんと話すべきだろうか……。
「…!」
突然、華乃子がC12形の陰に隠れた。その視線の先には駐車場に停まっている真っ白なヴェルファイアがあった。
「急にどうしたの?」
「多分、私の付き人の車。ナンバー見てきてくれない?」
「わ、分かった」
荷物をルーミーに置きに行くフリをしてヴェルファイアのナンバーを盗み見た。華乃子が言っていたのと同じ数字だった。
「すみません」
「っ、はい!」
運転席から降りてきた若い男性に声をかけられた。身なりがいかにも執事って雰囲気の人だ。
「この辺りで黒いスカートの女性を見ませんでしたか?」
「いえ、見てないです」
本当は心当たりしかないけど。私はとっさに嘘をついた。
「そうですか……。はぁ、お嬢様はどこへ行ったのか」
そう言って男性はヴェルファイアに乗って走り去っていった。
今もC12形の陰から覗いている華乃子が心配そうに見ていたので、指で丸を作った。すると、安心した表情で私のもとへ駆け寄ってきた。
「やっぱり『透明』だった……」
「透明?」
「あの人は『高本 透』。いっつも私の背後に突然現れるからそう呼んでるの」
「そんな人、どうやって撒いたの?」
「人混みに紛れてちょちょいと……」
「その才能、もっと他のところで有効活用したほうがいいよ」
その後、華乃子が喫茶店に行きたいと言い出した。店内はお洒落で、なおかつ品揃え、味も良かった。令嬢が目をつけるところはやっぱりすごいんだな。
そんな言葉を漏らすと、大学に帰るまで口を聞いてくれなかった。ツンデレさんだから仕方ない。
C12形の真横ではなく、柵の外で安全に測定した。




