15話 榛名湖でエンドマーク
「湖だぁ〜!」
榛名湖を前にして、私は大きく伸びをした。ず~っと座りっぱなしだったから…。
「そうだ、おやつでも買ってくるかねえ」
「待った、お前のチョイスは心配だから俺もついてくぞ。かなで、待ってられっか?」
「大丈夫ですよ。二人で買ってきてください」
私は別におやつはいらないんだけどね。せっかくだから二人の厚意に甘えておこう。
思えば、シビックタイプRは巡先輩が乗っているFK2型からターボエンジンの『K20C』になった。自然吸気エンジンでは出せないパワー・トルクを軽々と出してくる。本当にニュルブルクリンクを速く走るために生まれたんだ。
でも、失ったものだってある。それは、『高回転』だ。
自然吸気エンジンの『B18C』や『K20A』は8,000rpm以上も回る。しかし『K20C』は7,000rpmからレッドゾーンとなっている。
あの人の言葉を借りるなら、自然吸気VTECエンジンは『レッドゾーンまで吹け上がるエンジン、死ぬほどいいぜ! たまんねえ!』だ。まあ、ターボエンジンだから仕方ないか~。
そういえばホンダつながりで、NC1型NSXのハイブリッドシステムを取っ払ってレースに参加している人がいたけど、メリットよりもデメリットの方が大きい気がする。あくまで架空だったけども。
そもそもNSXのトランスミッションには機械的なリバースギアが存在しない。モーターを逆回転させることで後進するのだ。ハイブリッドシステムを取っ払ったらそれが出来なくなってしまうわけで。
トランスミッションを特注品に交換しているのかな? でもそう簡単に交換できるものなの?
それにECUを自作しないといけなかったり、サスペンションのセッティングを煮詰めないといけなかったり…やっぱりデメリットが大きすぎる。あまり現実的じゃないね。
「2,400万円もあったら、そのお金で911とかGT-Rニスモ、570Sを買った方がいいかな~」
「ねえねえそこの君ぃ」
一人で静かに考えていると、チャラい声の男に話しかけられた。誰だコイツ。
「それ、君の車? いい趣味してるじゃん」
男は背後のFK2を指さして言った。まあ、そう見えるのも仕方ないか。持ち主の巡先輩が今いないから。
「どう、お兄さんとドライブしない?」
「あ、結構です」
「まあまあそう言わずに、なんなら乗ってく?」
私は男が自慢げに見せている黒色のND型ロードスターを見た。
ハッキリと一言だけ言わせてほしい。それを見た瞬間『かわいそう』だと思った。
「フロントのリップスポイラーの捲れ、アンテナの折れ曲がり、ホイールの削った跡、剥がれ落ちたエンブレムのメッキ、散らかったコクピット、色褪せた幌……誘われても乗ろうなんて思いませんよ。逆にかわいそうです、こんな『愛情』の『あ』の字もないオーナーに買われたなんて」
「……」
「『愛をください』って声が聞こえてきそう…デザイナーが見たら何て言いますかね?」
「い、いいからつべこべ言わずに来いよ!」
男は乱暴に私の腕を掴もうとした。全く、これだから『俺かっこいい』と思ってる奴は…。
「お~い、かなで! 買ってきた———」
運よく、怜太さんと巡先輩が帰ってきた。両手にはアイスクリームを持っていた。
二人は素早く私とチャラ男の間に割って入った。
「俺らの連れに何か用か?」
「まさかボクの彼女に手を出すとは…」
「かなで、これ持ってシビックの後ろに乗ってろ」
「え…?」
「いいから」
私は三人分のアイスクリームを押し付けられ、怜太さんに言われた通り後部座席に座った。なるべく外は見ないようにしよう。
ちょっとだけ怜太さんや巡先輩、それにFK2が頼もしかった。
あれ、さっき巡先輩は私のこと『彼女』って…。
あの後、二人の説得(説教でもある)を受けた男は尻尾を巻いて逃げていった。
「護身術でも身につけたらどうだい?」
「……」
「かなで~、起きてるか?」
「……」
「おやおや、何か気に障ってしまったかな?」
「…なんで巡先輩は私のことを『彼女』って言ったんですか」
私にははっきりと聞こえた。それを聞いてちょっとカチンときた。それって怜太さんが言うべきセリフなんじゃないかって。
「あ、い、いや、それは~その~、ついうっかり」
巡先輩は珍しくオドオドしていた。
「いいじゃんか。結果的には騙し通したわけなんだからさ」
「そ、そうだよかなで君。『終わり良ければ総て良し』ってことで」
「……」
アイスクリームが私の頭を冷やしていく。でもこれだけは言いたい。
「巡先輩なんて、アルミのシフトでやけどしてしまえばいいんですよ」
「お~、怖いねえ」
それから数分間、FK2の車内は静かだった。気まずくさせちゃってごめんね。
「かなで君、この記事を見てくれ」
不意に、巡先輩がスマホのネットニュースを見せてきた。
そこにはボロボロの倉庫に入っている青い客車の写真が映っていた。
「……24系客車」
「ご明察。ボクからのお詫びとして、これを見に行こうじゃないか?」
記事には今年の七月頃から一般公開が始まると記されていた。時期的にも行きやすい。
「…分かりましたよ。みんなで行きましょう」
「俺、客車よりもハントンライスが食べてえよ」
「お、じゃあ二泊三日にするかい?」
巡先輩の目は小学生のように輝いていた。自分が興味を持ったものが見られるからだろう。
それにしても24系客車かぁ…どんな車両なんだろう。後で資料を探して読んでみるのもいいかもしれない。
私の人生に、鉄道と車を添えて———。
そこに希望と涙も、いつか添えられたらいいな。




