03-1.皇太子の死
「音繰が命を失った」
梓豪は淡々とした声で告げた。
……死んだ!
可馨は心の中で喜びの舞を披露する。表情には一切出さず、呆気にとられたような顔をしてみせた。
信じられないと言わんばかりの顔をしていた。
その顔を見て、梓豪は可馨が関わっていないと確信を抱いた。
「泣くな。充媛」
「ですが、あれほどに元気でしたのに……」
「あの子は体が弱かった。急に命を落とすことになるのはしかたがないことだ」
梓豪は可馨を慰める。
自然と涙を流す可馨を見て、愛おしくてしかたがないと言うかのように抱きしめた。
……息子が亡くなったのに女を求めるなんて。薄情な人。
可馨は心の中で笑った。
第一公子が死んだ。皇太子には第二公子が選ばれるだろう。
着々と皇太后の座が近づいてくるのを感じ取っていた。
「充媛は死んでくれるなよ」
「はい。陛下」
「子を失うのは辛いが、そなたを失う方が耐えがたい」
梓豪の言葉に嘘はなかった。
可馨と顔を合わせてから五年も年月が経っているものの、その愛に移ろいは見えなかった。盲目なまでに愛されている。
それも可馨が若い間だけだろう。
その間に可馨は皇太后の座を得なくてはいけなかった。
「名で呼んでくださいませ」
可馨は甘えるように囁く。
与えられた充媛の位で呼ばれるのは慣れている。しかし、名を呼ばれなくては忘れてしまいそうになる。
まるでそう訴えるかのようだった。
「可馨……」
梓豪は可馨の名を呟く。
それから、宝物を抱きしめるように力を強くした。
……痛い。
その痛みに耐える。
恋心は痛みさえも愛おしく思えてしかたがなかった。
「陛下」
可馨は梓豪の背中に腕を回す。
……皇太子を第三公子に。と言ったら、叶えてくれるかしら。
梓豪は甘い誘惑に弱い。
誘惑をするのは得意だ。
しかし、可馨は頭を過った言葉を口にはしなかった。
「私は常に陛下のことを思っております」
可馨は寄り添うことしかできない。
……第二公子を消す方法を考えなくては。
我が子を亡くして落ち込んでいる梓豪を慰めながら、第二公子、李 劉帆の殺害方法を考える。音操は小麦アレルギーにより命を落としたものの、劉帆の場合はそういう弱点がない。
それほどころか、九賓の中で二番目に権力を持つ母親である昭容、宋 小鈴は抜け目がない。宋国の宋王の第二公主であり、宋国の後宮で育ってきた小鈴は我儘な性格をしており、女官を困らせる日々を続けている。
……呪術を使う時がきたかしら。
楊家は代々呪術を使う家系だ。
朱家には秘密にしている。四大世家の朱家は呪術を忌み嫌い、その効率的な人の殺し方を認めようとしないからだ。
しかし、楊家は呪術の扱いに長けていた。
「可馨は私の欲しい言葉をくれるな」
「陛下のことを常に考えておりますゆえに……」
「そうか。かわいいことを言ってくれる」
梓豪は可馨を抱きしめるのをやめた。
「そなたを疑う者はすべて私が片づける。安心してよい」
「はい、陛下」
「これほどに大人しい可馨を調査せよという方が間違いなのだ」
梓豪はそう言いながら、ベッドに向かい、腰をかける。
……普通、我が子が亡くなった日くらいはしないものだと思うけど。
軽蔑の心が生まれた。
しかし、それを表に出すことはない。
……私に夢中なのはいいことだわ。
可馨は梓豪の元に近寄る。そして、水を手に取った。行為をする前に水を飲むのが梓豪の習慣の一つだった。
「水をどうぞ、陛下」
可馨は慣れた手つきで水の入った食器を渡す。
遠く離れた土地から取りよせたというガラスでできた食器に口をつけ、水を飲み干していく。
……なにも疑わないのね。
毒を入れたわけではない。
渡したのは普通の水だ。女官に井戸から汲ませたものである。
……陛下。
命が狙われるとは思ってもいないのだろう。
……呪術を使えば、簡単に毒が作れるのも知らないようね。
警戒をしていない。
それだけ信用されているということだろう。
「言わなくても用意されているのが助かるな」
「陛下のことですもの。すべて、覚えておりますわ」
「健気なやつだ。こちらに座れ」
梓豪に言われるがまま、可馨はベッドに腰をかける。
……色欲が強いこと。
第一子である音操が亡くなったというのにもかかわらず、音操の母親である王朱亞を見舞に行くわけではない。
「王昭儀は大丈夫でしょうか……?」
可馨は心配そうな声をあげる。
……大丈夫ではないだろう。
音操のことを溺愛していた。
皇太子に選ばれてからというものの、音操の健康を第一に考えており、食事制限までしていたほどだ。
……恨まれるのは覚悟の上よ。
偶然、散歩中で出会っただけだ。
偶然、饅頭をアレルギーと知っていながらも渡してしまっただけだ。
それだけのことで音操は命を落としてしまった。
……我が子のためなら、なんだってするのが母親よ。
朱亞もそうだろう。
我が子のためならば、厳しい食事制限を設けていた。
すべては音操のためだった。
それを台無しにされた上に命まで奪われたのだ。可馨のことを恨むのもしかたがないだろう。しかし、皇帝の寵妃である可馨に手を出すことはできない。可馨に手を出せば皇帝の怒りを買うのが目に見えていた。




