03-2.皇太子の死
「……落ち度があったと謝罪を何度もされた」
梓豪は俯いた。
「しかし、何度も殺されたと訴えてきた。そのようなことが起きるはずがないと言っても、聞く耳を持たなかった」
朱亞は、音操が亡くなった悲しみよりも怒りに震えていた。
その姿は夜叉のようであった。
それに梓豪は寄り添う心を忘れ、恐怖を覚えた。
「あれは狂ってしまった」
梓豪は言い切った。
かつての寵妃はもういない。
そこにいたのは我が子を奪われ、嘆き、怒りに身を負かせようとしている夜叉のような女だった。
……狂いもするだろう。
可馨も我が子を亡くせば、心を失った夜叉のような女になることだろう。
我が子のためならば、我が子の母親違いの兄を手にかけれるのだ。既に夜叉と表現するべきなのかもしれない。
それを知らない梓豪は癒しを求めるように、可馨に寄りかかった。体重を預けるような行為を受け止め、可馨は悲しそうな顔をする。
「王昭儀が心配ですわ」
「心配する必要はない。あれはそなたを犯人だと決めつけ、捜査するように私に懇願したのだ。そのようなことはありえないと何度言っても聞かなかった」
「……私が疑われるようなことをしたから、いけないのですわ、陛下」
可馨は涙を流した。
……厄介ね。
朱亞はなぜ可馨が犯人だと知っていたのだろうか。
……霊感のある人間かしら。
殺された音操が証言をしたのだろうか。
李帝国では亡くなった人の姿が幽霊として視える人が多い。その精度は人によって異なるものの、可馨も幽霊や人ではない存在を目にしたことがあった。朱亞もその体質を持っているのだろう。不幸中の幸いが、梓豪には霊感がないことだった。
……でも、陛下には通用しない。
麒麟の加護を受ける李家の皇族には代々霊感がない。
麒麟の加護の力が強すぎる副作用によるものだった。そのため、霊感のある皇族は麒麟の加護を受けていないとみなされ、迫害を受けることになる。
そのため、梓豪は確固たる証拠がでない限り、朱亞の証言を認めない。
証拠は残っていない。
饅頭は一つも充媛宮に残っていないのだ。その日のうちに食べてしまっている。饅頭を食べた者の中で充媛宮の者が体調を崩すことはなかった。毒の入っていない普通の饅頭でしかなかったからだ。
小麦に対してアレルギーを持っていなければ、ただの手作りの饅頭だ。
それが音操を殺した証拠にはならない。
「可馨」
梓豪は可馨の涙を指で拭った。
「泣くな。疑いは晴れた」
「そうでしょうか。王昭儀は私を犯人だとおっしゃるのでしょう?」
「あれの思い込みだ。気にすることではない」
梓豪は言い切った。
……思い込みね。
それならば、どれだけ良いだろうか。
朱亞は音操と可馨が接触をしたことを知らないはずだ。音操から聞きださない限り、目撃者もいなかった。
それを考えれば、朱亞には霊感があり、亡くなった音操から一連の出来事を聞き出したと考えるのが自然だった。
……気をつけなければ。
復讐に走った時、朱亞はなにをするか、わからない。
「はい、陛下。陛下がおっしゃるのならば」
可馨はか弱く返事をした。
大人しい女性を演じるのは慣れてしまった。本来の性格がどのようなものだったのか、忘れてしまうほどに演じ続けてきた。
「……なぜ、あれを寵愛していたのだろうな」
梓豪は後悔をしていた。
可馨と顔合わせをした五年前から寵愛は可馨にだけ向けられている。時々、味見をするように他の妃賓に手を出すことはあるものの、誰も懐妊することはなかった。
第二子を産んでいるのは可馨だけだ。
それも五年の月日を得て、ようやく、出産したのだ。
「楊宰相も人が悪い」
「父上ですか?」
「そうだ。このような美しい娘を長い間隠していたのだから」
梓豪はため息を零した。
……元妓女だとは思いもしないでしょうね。
妓女が後宮入りすることもある。気に入られてしまえば、妃賓に選ばれることもある。
しかし、父親が選んだのは楊家の引きこもりの三女を後宮入りさせるという都合のいい話だった。嘘で固められただけの話を梓豪は疑っていない。
梓豪は妃賓の生まれを気にしなかった。
先代皇帝の言い付けにより、四夫人は四大世家から選ばれるものの、それ以外は誰を選んでもかまわないとなっていた。妃賓の中には女官だった者も、下女だった者もいる。
……寵愛は受けているのは私だけよ。
しかし、宰相の娘だというのにもかかわらず、妃賓の位は上がらなかった。宰相の娘ならば昭儀の位を与えられてもおかしくはない。
四夫人と九賓が揃っている。
上に登るためには皇后に選ばれるしかない。
しかし、九賓の一番下では皇后に選ばれる可能性は低いだろう。
「人見知りが激しいものですから……」
「そうだったな。心を開いてくれるまで時間がかかったものだ」
「陛下は美しい方ですから。なおさら、緊張をいたします」
可馨は恥ずかしそうに呟いた。
今も緊張をしているのだというかのような言い方に初々しさを感じる。
それに梓豪は気分を良くしていた。
……単純な方。
可馨の演技を五年かかっても見破れない、
それでは皇帝としての役目が果たせているのか、心配だ。政治のことは宰相たちに丸投げをしているのではないだろうか。
……皇帝にはふさわしくないわ。
先代皇帝と比較してしまう。
先代皇帝は李帝国に平穏をもたらし、国を治めた。今後も偉大な存在として語られていくことになるだろう。その息子だというのにもかかわらず、梓豪に威厳はなく、単純な人柄をしていた。
……皇帝の座に座るべきは、子涵よ。
第一子である子涵は利口だった。
母親である可馨の言いつけを守り、産まれたばかりの妹をかわいがる。理想的な息子だ。可馨の自慢だった。
「初々しいやつだ」
梓豪は可馨をベッドに押し倒した。
それを当然のように受け入れる。
……色欲魔が。
心の中では暴言を吐いていたが、顔には一切出さなかった。




