08―2.最後に笑うのは、皇太后、楊 可馨
「そのために後宮の維持を命じたのですから」
可馨は答えた。
迷うことなどなかった。
本来、後宮は皇帝が亡くなったあとに解散させられる。家に帰される者もいれば、褒美として武官や文官に差し出される者もいる。その処置に時間がかかると称して、後宮にしばらく留まるように指示を出したのだ。
「四夫人にも最後には役に立ってもらいましょう」
可馨は手紙を四通書き終え、それを麗孝に渡す。
「宦官を通じて渡しなさい。そして、すぐに実行するように手配を整えなさい」
可馨は麗孝に命じた。
「儀式の支度は整っております」
「なぜ?」
「先代陛下が儀式を行う前日に暗殺をされたからでございます」
麗孝は答えた。
その答えに可馨はため息を零した。
……西の国――、宋国の仕業か。
西に位置する国という意味で西の国と称されることの多い宋国が反乱を起こしたのは、守護結界の威力が弱まっているのが最大の機会だと踏んだからだ。
……陛下。
愛する人の思いを寄せる。
……あなたを殺した犯人を殺すことができない私を許してください。
宋国を滅ぼすことはできないだろう。
宋国によって誘導された宋国寄りの考えを持つ民の反乱を、鎮静させることしかできない。
「儀式は速やかに行います。犠牲は問いません」
可馨は立ち上がった。
「皇太后陛下。陛下は立ち会ってはなりません。お体に差しさわりがあってはいけません」
「しかし、四夫人だけを犠牲にするわけにはいきません」
「四夫人だけで心もとないのならば、監督として、この楊宰相が参りましょう」
麗孝の言葉を聞き、可馨は座り直した。
……父上が名乗り上げるなんて珍しい。
危険なことは避けて通るはずだ。
それほどのことにもかかわらず、自ら名乗りをあげた。よほど可馨を参加させたくなかったのだろう。
……よほど皇太后の座を渡したくないようね。
可馨は麗孝の考えがわからない。
「楊宰相。お願いできますか?」
「もちろんでございます、皇太后陛下」
「それならば、私も安心できますね」
可馨は麗孝を父上と呼ばない。
皇太后になってから、宰相と呼んでいる。血の繋がりがあるのにもかかわらず、妙なやり取りをしていると噂になっていた。
……信用できる相手を護衛につけるか。
蘭玲は動かせない。
ならば、皇太后になってから護衛になった者をつければいい。
「楊武官を護衛につけなさい」
「憂炎は皇太后陛下の護衛でございます」
「一時的に貸しましょう。あの者ならば、四夫人が抵抗しても抑えられるでしょう。それから、宦官を十名ほど連れて行きなさい」
可馨は命令を下した。
それに対し、麗孝は不満そうな顔をした。
「なんですか。その顔は。私の決定に文句でもありますか?」
可馨は強気に出る。
昔から負けん気だけは強かった。
その性格を垣間見たようで麗孝は懐かしそうな顔をした。
……不気味な男。
不気味だった。
なにを考えているのか、わからない。
「いいえ。陛下。陛下の決定に間違いはございません」
麗孝はにこりと笑う。
その笑顔には裏がありそうで怖かった。
しかし、可馨には助けを求める相手はいない。唯一、助けを求められる肉親である楊家の人間が不気味でしかたがないのだ。
可馨は家族に愛されたことはなかった。
家族に愛されたいと思ったこともない。
仲の良い家族とは理想上の存在でしかなく、実在しないものだと思っていた。だからこそ、愛情を注がれなかったぶん、我が子には愛情を溢れんばかりに注いだ。それが間違った愛情表現だとは気づいていない。
可馨は家族の愛を知らない。
だからこそ、今になって家族に愛されても困るのだ。
「そうですよ、私の決定に間違いはありません」
可馨は自信を持って言い切った。
「四夫人には犠牲になってもらいます」
「他の妃賓はどうしますか?」
「武官や文官に下げ渡しましょう。それでもあまれば家に戻しなさい」
可馨は覚悟を決めた。
てきぱきと指示を出していく。
その姿は仕事をしている麗孝とよく似ていた。
……妃賓が多いのも考えものですね。
褒美と称して渡すのにも限界がある。
家に戻したところで政略結婚の駒に戻るだけだ。
「皇太后陛下」
麗孝はにこりと笑みを絶やさない。
「皇太后陛下の世が末永く続くことを願っております」
「私は皇帝陛下が成人をするまでの後見人でしかありません」
「いいえ。陛下はその後も活躍をしていただきます」
麗孝は紙を懐から取り出した。
そして、その紙を差し出す。
……これは……。
宋国宛の手紙だった。
「なぜ、これを持っているのですか」
「先代に渡しそびれたのです」
「重要書類はすべて私に差し出すように命じたはずです!」
可馨は声を荒げた。
それは小鈴が母国の父親に向けて書いた手紙だった。
検問を通らず、麗孝の手に渡ったのだろう。
「反乱を治めれば宋国も静かになることでしょう」
麗孝の手によって、手紙は破られた。
これで宋国は劉帆が死んだことを知らない。
「宋小鈴には文官に嫁いでもらいましょう」
可馨は笑った。
宋国から嫁いできた者をどのように扱おうが、皇太后の自由だ。
いつの日も最後に笑うのは皇太后――。楊 可馨でなければならなかった。




