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後宮の元妓女は寵愛を受ける  作者: 佐倉海斗
第二話 五年後、元妓女は動き出す

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04.誰もその女を疑わない

 翌日、可馨の元に宦官が訪ねて来た。

 ベッドで眠っていた梓豪を呼び戻しにきたのだろう。


「充媛様」


 宦官は頭を下げる。


「調査は済んでおります。後宮の噂に惑わされないようにしてください」


 宦官の言葉に可馨は首を傾げた。


 ……調査されていたのね。


 形だけのものだろう。


 皇帝である梓豪の意思が最優先だ。妃賓の言葉など無意味でしかない。このままでは、気が狂った妃賓として庶民に落とされるのも、時間の問題だろう。そうすれば、可馨の位が上がる可能性が出てくる。


 早めに判断をしてほしいところだった。


 可馨は女性の権力者になりたいのだ。そのためには、皇太后にならなければいけなかった。


「後宮の噂とはなんでしょうか……?」


 可馨は不安そうに問いかけた。


 可馨と宦官の話声を聞き、目を覚ました梓豪は不快そうな顔をした。そして、宦官を睨む。睨まれた宦官は慌てて深々と頭を下げた。


「充媛は無実だと伝えたはずだ」


「はい。しかし、王昭儀様がどうしても調査をしてほしいと――」


「私の命令よりも昭儀を優先するというのか!」


 梓豪は声を荒げた。


 その声に驚いたように肩を揺らす可馨を庇うように、眠っていた娘、雹華は大きな泣き声をあげる。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


 雹華は声をあげて泣き始める。


 それに、慌てて、可馨は雹華の元に駆け寄っていき、抱き上げる。


 ……良いタイミングで泣いてくれたわ。


 大声を真横であげられたくはなかった。


 眠りを妨げられて怒るように泣いている雹華を宥める。


「雹華が泣いたではないか!」


「もっ、申し訳ございません!」


 宦官は膝をつき、頭を深く下げた。


 それに対し、苛立ちを隠しきれない梓豪は立ち上がり、別の宦官が持っていた剣を手にする。迷うことなく鞘から抜き、剣先を宦官に向けた。


「我が寵妃を疑い、我が娘を泣かせた罰、その命で償ってもらぞ!」


 梓豪は怒りに我を忘れていた。


 ……これで内功がないの!?


 同じ部屋にいるだけで気を失いそうだった。


 それを向けられている宦官は死にそうだ。


 ……正直、宦官の命なんてどうでもいいわよ!


 可馨は雹華を抱きしめながら、梓豪の元に近づく。その顔は涙で濡れていた。演技ではなく、気功や内功、麒麟の加護と呼ばれるべき力による圧力によるものだった。


 梓豪は無意識に発している。


 それを止めるためには、宦官が斬り殺されるか、可馨がなんらかの行動を示さなければならない。


 これは大きな賭けだった。


 気分を害された梓豪の寵愛は別に向けられる可能性もある。


 しかし、可馨は動かなければならなかった。


「陛下!」


「……どうした」



「気を治めてくださいませ。怖くて、怖くて、しかたがありません」


 可馨は怯えながら言葉を口にした。


 ……聞く耳はあるようね。


 完全に怒りに我を飲まれたわけではない。


 それならば、まだ勝算はあった。


「私が怖いか」


「陛下が怒っている姿など、見たくはございません」


「だが、この男は我が寵妃を疑い、我が娘を泣かせた。その罰を与えねばならん」


 梓豪の言葉に可馨は涙を片手で拭う。


 バランスを崩された雹華は泣き叫ぶ。


「公主もお怒りですわ」


 可馨は恐怖の中にいた。


 すべてを丸く収めることはできない。ことの発端は、可馨を疑ったことにある。それなのにもかかわらず、床に伏して震えている宦官を庇わなければいけなかった。


 ……不愉快だわ。


 本音を言えば、今すぐに斬り殺してほしかった。


 自分を疑う者など後宮にはいらない。


 しかし、それを口にするのは大人しい女性ではない。大人しく、お人よしの女性ならば、自分を疑った相手だと知っていても庇うはずである。


 可馨は演技をしなければならなかった。


「陛下。陛下の命令はなによりも尊いものです」


 可馨は冷や汗をかく。


 怒りの矛先が可馨に向けられていないのにもかかわらず、恐怖の中に立たされていた。本当は座り込んで泣いてしまいたいほどに恐ろしかった。


 ……麒麟の加護。


 我が子たちに受け継がれているだろう加護が、もっとも強いのは、梓豪だ。


 ……それがこれほどにまで強いとは。


 音繰は加護の力が弱かったのだろう。


 そうでなければ、小麦アレルギーで命を落とすのに時間がかかるはずだ。


「ですが、充媛宮は第三公子と第一公主を育てる重要な拠点でございます。そこを血で汚されるのは嫌にございます」


「今日ははっきりと言うのだな」


「そこまで言わなければ、陛下は、私の声に耳を傾けてくださらないでしょう?」


 可馨は息を吸う。


 恐怖で倒れそうになるが、それを悟られてはならない。


「想像しただけでも恐ろしゅうございます」


 可馨は梓豪の隣に立った。


 そして、涙を流す。


「人の命を奪わないでくださいませ」


「なぜだ」


「恐ろしいことをしてほしくはないからでございます」


 可馨はゆっくりと頭を下げた。


 命乞いをしているように見えるだろう。


「なぜだ」


 梓豪には理解ができなかった。


 機嫌が悪く、宦官を罰したことなど数えきれないほどにあった。宦官は元は罪人であることが多く、その地位は限りなく低いものだ。その命は妃賓よりも軽い。


「こいつはそなたをバカにしたのだぞ、可馨」


「疑われるような真似をした私がいけないのです」


「そなたが疑われるようなことはなにもない! それなのに庇うというのか!」


 梓豪は可馨のために怒っていた。


 そのことを理解すると、可馨はゆっくりと姿勢を元に戻した。


 ……まだ騙されているのね。かわいい人。


 月日が経っても見破れない。


 それをかわいいという感情で表現をする。


 可馨はまさに悪女だった。しかし、宦官にとっては天女のように見えたことだろう。


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