第40話 遠雷の兆し
暴走カーラの襲撃から一ヵ月が過ぎようとしていた。
ラウルスシティの一部にはまだ破壊の傷跡が生々しく残っているが、復旧は進んでいた。
襲撃が渡星300年の記念行事と重なっていたために、都市中央部に居た人が少なかったのが幸いして、破壊の規模に比べて犠牲者の数は奇跡的と呼べるほどに少なかった。それでも、百人単位の犠牲者を出しているため、ラウルスシティでは、10日後に慰霊祭を行う予定であった。
ラウルスシティとラウルス・プリーマ号の周辺では暴走カーラの再襲撃に備えて、量子エンタングルメント発生機の整備が急ピッチで進められていた。
しかしその反面、暴走カーラの襲撃でルミノイドの存在を知る事になった市民の高次物質科学研究機構への反発も少なくなかった。
新聞社が「隠されたルミノイドの真実」という記事を書き、市民団体が抗議の声を上げた。議会ではダコメ・ムーア議員を中心とした反ルミノイド派の議員がアルケーへの責任追及を議題に上げ、世論としても無視出来ない状況ではあった。
しかし、暴走カーラの再襲撃があった場合、彼らがルミノイドに頼らざるを得ないのも厳然とした事実だった。
カーラたちはラウルスシティから離れた、ラウルス・プリーマ号の中で過ごしていた。
カーラの覚悟を聞いてしまった以上は、ルリもノーマンも加藤も全力で協力する以外はなかった。
ノーマンと加藤はラウルス・プリーマの展望デッキで空を見上げていた。
展望デッキは地上30メートルの高さに設置されたタワーで、ラウルスの森と呼ばれている森林地帯に突き刺さる様に建っていた。
緑の中の白亜の塔という表現がピッタリくる。その頂から周囲を見渡すと、遠く森の向こうにラウルスシティの白いビル群が見えた。反対方向には、薄らと煙を吐くホムスビ火山の姿があった。
どこまでも続く快晴の青空の中、遠くに一瞬キラリと銀色に輝く光点が見えた。
「カーラとルリがデコイにコンタクトしたな」
ノーマンが双眼鏡をかざして遠くを見て言った。
デコイの高機動ドローン群れが雲霞のような密度で襲来した。狙いは飽和攻撃で一箇所に集中し、こちらの対処を狂わせるのが狙いだ。
だがそれは想定済みだ。カーラは防御を固めつつ、複数の高機動ドローンを同時に捉えて確実に精密射撃を連続で決める。ルリは速度で群の中心に斬り込み、回避軌道を崩した個体を片っ端から叩く。
銀の羽は緻密に軌道を描き、瑠璃の羽は雷鳴のように突き抜ける。二つの光は互いを追い抜きながら、同じ空を駆け抜ける。無数の光点が空でチカチカと輝くとすぐに収まった。
「おいおい流石に早いな! まさに電光石火ってやつだね!」
加藤も遠くを見てはしゃいでいると、やがて銀色の光は空を裂く一筋の軌跡となった。その先頭で手を繋いだカーラとルリが白い光を背負いながら降りてくるのが見えた。
カーラとルリの背中にはそれぞれ銀色と瑠璃色の光が羽の様に輝き伸びて、デッキに舞い降りて来る姿は本当に天使の様だとノーマンは思った。
「わたくしの勝ちですわね!」
デッキに足を付くなり、ルリが興奮気味にカーラに話しかけた。
「あら、同時撃墜数は私の方が上よ」
「むう、勝負はドローンの撃墜数でって言いましたわよ」
「お疲れ様。500機の高機動ドローンを40秒で撃ち落としきったんだ、二人とも大したものだよ」
分析用のタブレットを持ったノーマンが二人に割って入った。
「カーラは防御を取りながらの丁寧な精密射撃で二機同時に重なる瞬間を逃さない。一方ルリは速度を生かしてドローンの群れに突撃して、一気に蹴散らすタイプだからね。二人ともタイプが違うから互いの連携によっては何倍もスコアを伸ばせるよ」
「まあ、ノーマンが言うなら……」
ルリは大人しく引き下がった。
カーラとルリは毎日戦闘訓練に明け暮れている。前の戦闘では二人ともただ力押しで戦うしかなかったので、その反省から戦闘技術を磨く訓練に余念がなかった。
暴走カーラとの戦闘は展開の予測がつきにくいため、空中格闘から遠距離射撃まで想定できる訓練はなんでもやっていた。
今日は高機動ドローンの飽和迎撃訓練だった。高速で飛ぶ多数のターゲットを短時間で次々に撃ち落とす訓練だ。
「ところで、アルケーはどうしたの?」
「アルケーはラウルスシティの議会に召集されたよ」
「お兄様は議会とかにはあまり興味がなかったはずですわ」
「アルケーに興味がなくてもな。向こうは大有りみたいだぜ?」
「あの反ルミノイド派のダコメ議員ね?」
「曰く、暴走カーラはアルケーが議会を掌握するための自作自演だそうだ」
「言うに事欠いて、バカも休み休み言えよ!」
加藤が心底呆れた顔をして首を振ると頭を掻いた。
「だが、議会に呼び出しとなると話は別だ。アルケーも今まで通りには行かなくなるかも知れん」
「間近に脅威が迫っている時に、政争もないでしょうにね……」
カーラが森の向こうの都市を望むと、ビル街の向こうから大きな入道雲がもくもくと頭を覗かせていた。
「ひと雨来るかもしれないわね……」
カーラは誰に向けるでもなく、ぽつりと呟いた。
「それは気象予測か……それともカーラの勘か?」
ノーマンが聞くと、カーラは苦笑して「中に入りましょう」と言い、エレベーターの呼び出しボタンを押した。
議会といっても、人口300万人の地方都市ほどの規模にすぎない。
本来はラウルスシティの中心に立派な議場があったのだが、暴走カーラの襲撃で破壊され、今は市民体育館が仮の議場として使われている。
ここに折りたたみテーブルとパイプ椅子が所狭しと並んでおり、88人の議員が座っている。かつての威容は見る影もない。
「アルケー・マーナー君!」
アルケーは名を呼ばれると、壇上に向かった。歩くたび木の床がキシキシと音を立てる。
『この安普請、むしろ今の議会にはお似合いじゃないか?』
アルケーはそんな事を思いながら、壇上に上がり前を見た。
一人の議員と目が合った。歳は50前後の日焼けで浅黒い小太りの男だ、やや後退した白髪混じりの髪をオールバックにして整えている。一見目は優しげに見えるが、その奥には冷たい光が宿っておりアルケーを刺すように睨みつけていた。
『この男がダコメ・ムーア議員か……』
反ルミノイド派の中心人物で、アルケーを議会に召集したのもダコメ議員だ。
アルケーがこの議員に抱く評価は、市民の命を守るためだと声高に叫びながらも、その目は議場の天井を突き抜け、権力の椅子しか見ていない人物だ。
「本当につまらん……」
アルケーはボソッとつぶやいたが、その声は軋むパイプ椅子の音と傍聴席のざわめきにかき消された。
ダコメ議員がマイクを手に取ると、握る拳に血管を浮かせ、大袈裟にアルケーを指差した。
「アルケー・マーナー! 私は君を糾弾する!」
その叫びは、火蓋を切る号砲のように議場全体を震わせた。




