第35話 地に眠る繭
メンテナンスルームを出たアルケーはエレベーターに乗ると、下に向かって降りていった。
ルリや他の面々もアルケーについてエレベーターに乗りこんでいる。
70、60、50……と、階数表示版の数字がどんどん下がっていく。0を超えて-10を表示したが、まだ降りて行く。
「どこまで降りるんだ?」
「機密中の機密のあるところまでさ」
「機密?」
「知っているのは僕と数人しかいない。厳重に封印されている」
アルケーの低い声がいやでも緊張感を高める。
やがて、「チン」とベルの音がしてエレベーターの扉が開いた。
扉の先は天井が高く薄暗い通路が続いていた。通路に出ると空気が肌寒く、吐く息が息が白くなった。消毒液の臭いが微かに鼻をくすぐる。
「なんか、大きな病院の地下みたいだな……子供の頃を思い出すからあんまり好きじゃないや」
加藤が寒そうに肩を抱いて辺りをキョロキョロ見回して苦笑した。
「ふん、病院か。当たらずとも遠からずだな」
静かな通路に靴音だけが響く。
アルケーは大きな扉の前で立ち止まった。扉は見るからに厳重なロックがされており、まるで金庫のそれを思わせた。
アルケーが扉横のパネルに手を当てると、中からゴトゴトッと幾つものロックが外れる音がして、扉が滑るように両側に開いていった。
プシューッと空気の抜けるような音がする。
中は体育館ぐらいの広さの格納庫になっていた。格納庫の中央に置いてある物を見てノーマンが絶句した。
「あれは……クレードル!」
部屋の中央には、3機のクレードルが静かに横たわっていた。白い外殻は無機質に光を反射していたが、その沈黙はむしろ「棺」のようにも見える。
「ああ、全てはこれから始まったんだ……」
ノーマンの声は、広い格納庫に吸い込まれるように籠った。カーラは胸元を押さえ、小さく震える声で言った。
「ええ……そうね。でも、私は自分がどうやってクレードルに乗ったのかまでは覚えていないの」
カーラは悲しげな表情で顔を伏せた。
「無数の人の記憶は読めるのだけど、自分の記憶はまだ曖昧のまま。あの事故の後からの記憶がないわ」
「……君がどうやって一万年も眠りについたのか。本当に興味深い。だが、君自身が思い出せないのは惜しいな」
アルケーの言葉にカーラは力無く笑った。
「本当にあなたは、膨大や知識や知恵はあるのに私の心の中だけはわからないのね」
「人の心の中を完全に理解できる人間など居ないよ」
アルケーの言葉にカーラは目を伏せるとそっとため息をついて小さく呟いた。
「せめて理解する努力はして欲しい……」
「あ、あ。えーと。こんな場所に、なんで……? アルケーはこれを見せるために連れてきたのか?」
二人の雰囲気に堪らなくなった加藤がアルケーに聞いた。
「そうだ。ルミノイドの素体は3機作られた。そのうちの一機はカーラで、もう一機はルリにあてがわれた」
「最後の一機は?」
「まだ素体のままだ。ルミノイド化する人物は決定されていない」
「一つ空席があるということか……」
うーん、とノーマンが唸った。
「それで、わたくしが乗り越えなければならない事とは、なんの事ですの?」
「そうだな……説明するより見た方がいいだろう。気をしっかり持ってくれ」
そういうと、アルケーは一番左の機体の表面に触れた。
アルケーが触れたクレードルは「プシュー」という空気のぬける音がして、まるで二枚貝が口を開くようにハッチが開いていった。
クレードルが開くと中は無人だった。一人だけ横たわれるようなシートが設置されており、シートの周りには小型のモニターやスイッチ類が並んでいた。
「まるで戦闘機のコクピットのような……いや、もっと洗練されているか」
ノーマンは物珍しそうに中を見た。アクパーラ号で見た時はクレードルの中までは見ることが出来なかったので、興味深そうにシートやモニターを眺めていた。
「これにもあんまりいい思い出はないんだよな……」
加藤が苦虫を噛んだような顔で言うと、カーラがクスッと笑った。
「あら、あなた。アクパーラ号にいた頃と今では別人のようよ」
「ちぇっ、いうなよ」
加藤は頭を掻いた。
アルケーは次に真ん中のクレードルに触れて、ハッチを開けた。
「うわ! 誰かいる!」
中を覗いたノーマンが驚いて後退りした。
そこに座っていたのは人形のようなルミノイドの素体だった。肌も髪も白一色で、顔には目鼻が薄く刻まれているだけ。額に埋め込まれたオーブだけが、存在を主張するかのようにダイヤモンドのような鋭い光を放っていた。
「これはマインドアップローディングがされる前の、いわばルミノイドの素体だ」
アルケーが淡々と言う。
「俗な言い方をすれば、魂が入っていない状態だな」
加藤が眉をひそめる。
「なんか不気味だな……」
「カーラやルリは、この素体に生体の意識をインストールして生まれたのだ」
「……!」
ルリは思わず口元を押さえた。自分もこの無機質な器に閉じ込められているという事実に、震えを隠せなかった。
「最後の一機は?」
ノーマンが視線を隣のクレードルに向ける。
「そうだ。この一機のためにここに来たんだ」
アルケーは最後の一機の機体に触れた。
プシュッと空気の抜けるような音を立てて、ゆっくりとクレードルのハッチが開いていった。
「これは!?」
中を覗いたノーマンが絶句した。